ラズベリーパイの中に恋人とテロリストがいっぱい
ここ数年思う「一年あっという間」がここ数日は時空が湾曲して相当な日数を経過させて、佐野さんと飲みに行く金曜日がやってきた。
普通の普通の服で普通の顔で行きますよ。だって元が普通ですからね。相手に合わせてゴテりようがないですし、それにそれそういうんじゃないんで。そういうんじゃないんで。
「嶋井さん、早いですね。すみません、遅れて」
「いえいえ五分前ですんで。私が早すぎてるんだけなんで」
なぜオタは早めの行動をしがちなのか。5分前は遅いくらい、基本は1時間前行動だもんね。少しでも損したくないオタのいやしさ、いや、勇ましさ。
まあ、実際私の方が定時が早く、どうしようもなく駅前で待っていただけだ。
「金曜に早く上がれるのに飲まずに帰るってもったいなくないですか?」
「うーん、でも混んでるとめんどくさいんで」
「今日行く店は大丈夫ですよ、穴場なんで」
「でもぉ、お高いんでしょぉ?」
なんて通販ごっこをしながら線路沿いを歩き雑居ビル(エレベーターなし)に入った。ここの4階らしいが……。
「この階段キツイんで人が少ないんですよ、大丈夫ですか?」
「はい……」
急勾配の階段に私は普段はかない7cmヒールを履いてきたことを後悔した。これ足が死ぬやつやん。や、むしろ酒飲んだ後の帰りが危険なやつやん。油断したら死ぬぞ。
ついて見ればまだ人もまばら、まあそうだよねと急な階段を体験した私としては思う。ここが穴場な理由がわかった気がした。
店員と知り合いのような佐野さんは親しげに挨拶をして奥まった角の席へと進んでいく。
黒板に書かれるメニュー、箸置きのワインコルク、セルフ水差しのボトル、高い椅子のバーカウンター、やはりイケメンはバルなのか……。まだ何も頼んでないのにボトルワインがあけられる。 ボトルでワイン頼むのサイゼリアでしかやらないんだけど……。
「オービタルクラウドも面白かったですよ」
「現代に近い話ですよね。あと2年後? 2年であんな風にはならないかなー。登場人物、同い年くらいでしたね」
「嶋井さんいくつなんですか」
「えーっと29?」
「え、タメなんだ」
ワインを注いだ店員は私を見てにっこり笑った。なんか私、変だろうか。こういうときどういう顔していいのかわからず引きつった笑顔を返すので精一杯だ。テレビ版の作画な感じで。
あ、ワイン美味しい。
多めに一口飲んで目をあげるとグラスを宙に佐野さんが驚いた顔して私を見ていた。
「?」
「……乾杯」
二杯目を飲もうと口をつけたグラスに佐野さんはグラスを重ねて言った。
あ、乾杯、したかったのね……。いや、喉乾いてそれどころでなかったっていうか。駆けつけ一杯っていうか……。
「すいません……」
「ここ、一人分より少なめって思ってください」
佐野さんは苦笑してメニューを差し出した。
比較的食べ物がお安めだ。これで一人分ないとなるとちょいコスパ悪いんじゃないかってところもあるが、でも。
「ありがたいなー、1人で飲むと食べ物が多いと困っちゃって」
「いつも1人なんですか?」
「会社帰りは基本」
「会社の友達と飲んだりとか」
「あ、会社は男性が多くて女性社員は私と時短の方しかいないんで」
「人材派遣ってそんな感じなんですか?」
「コンビニのおにぎりのラップの開発の会社です」
「え、だってLINEで」
「それは嘘です」
とりあえずで適当に二人が頼んだ可愛いモッツアレラチーズとトマトを始め軽いおつまみ群がやってきた。出てくるのも早いし、一人で飲みにきても二、三種類食べられそうな量でこの店に対し好感しかない。たとえ総額が割高になろうと一品しか食べられない量出されるのと二、三種類食べられるのじゃ感じるコスパは違うのだ。
美味しい。いい店だ。あの階段さえなければ。
「ラズベリーパイ、俺も触ったことあるからなんか馴染み深くてまたいじってみようかなと思いました」
「え、そうなんですか」
「SEなんで一応さわったことあるんですよ」
「あ、そうなんですか」
「嶋井さんと違って本当にSEなんで」
あら、ちょっとすねてるのかしら?
「このトリッパのトマト煮美味しいですよ。」
「言いたくないならないでいいですけど……」
トリッパってモツ煮だよね。だったらモツ煮っていえよって思うのは私だけ? おしゃれやきとん屋作ってトリッパの煮込みとかホッピーのネロとか言うめんどくさい居酒屋、あったら面白そうだから行くな。
「SEかー。「オービタルクラウド」も私より楽しめるネタあるんだろうな、いいなー」
「そうですかね、あの白石のセキュリティの穴をつくテクニックはいろいろ面白かったですよ。」
「私だとすごーい、かっこいいーしかわからないんで。なんであかりがアフロなのかも(笑)」
「あれ、昔ながらのハッカーの偏見的な感じがしなくもないですけどね」
「あー、映画的な。そう、すっごく映画な感じだよね。見せ方が」
「映画化してもおかしくないですね、してないんですか?」
「してないし、そういう話は聞いたことないなー……。」
「白石みたいな飄々とした秀才キャラ、映画で映えるだろうなー」
「テヘランの彼みたいに卑屈になっちゃう本当は天才の感じも、ラスト含めてすごくいい! なんか映画で見たくなってきた」
「あの島に暮らしてる億万長者は泉谷しげるな気がしてきた」
「わ! ほんとだ! もう泉谷しげるとしか思えない! 『バカヤロー、なんで俺がお前らに倉庫貸さねえといけねぇんだよ』って」
「見たくなってきた『なんだバカヤロー』とか言って」
なぜかビートたけしのモノマネに移行してしまってはいるがくだらないキャスティング談義で大笑いしながらワインを飲む。めんどくさいから自分で並々注いでグビグビ飲む。
奥まった席に
こういうおしゃれバルにありがちな馴れ馴れしい店員が来ることもなく、邪魔されることなく無駄話でき、注文したくて呼ぶ時にだけ店員が来る。このほっとかれ具合、いい感じだ。
「ガジェットは 馴染みがあるの多かったし、web広告の仕組みも理解できたけど、俺にもなんでアフロなのかはわかんねっす。軌道計算とかあれ正しいんですかね」
「あのラストシーンは計算上正しいラストって作者が言ってました。だからあの日あの時あの場所で出会うんですって」
「見知らぬ2人のままのようにすごいですね」
「だから2020年らしいんですけど、こういう未来になりそうでならなさそうでなりそうな」
「民間ロケット? これは衛星か」
「宇宙テロとか」
「たぶん、2020年はまだ地を這ったテロが続いていそうだな。宇宙はまだ先進国のものって感じだ」
宇宙は先進国に許された道楽。この未来を変えるのに何テラバイト必要だろう。
「このタコの煮込みめっちゃ美味しいですね」
「ワイン、次、白頼みます?」
「ですね」
ここはお魚が得意なのか種類が豊富、タコの煮込みやポワレ、グリル。佐野さんにオススメしてもらいながらチョイスした食べ物ちゃんたちはどれも外れなく美味しい、そして適量。2人でシェアしていてもかなりの品数食べているのはすごく得した気分で嬉しい楽しい大好き。
お魚美味しいところは貴重なので助かるわー。そしてお肉もちゃんとあるってところがありがたいわー。肉なのか魚なのか、どちらを求めているのかは店に入るまではわからない。
「最近の作家なんでリアリティある未来だけど、古い作家だと当時の最新技術から書くから結構愉快なのもありますよ。ほらスチームパンク的な」
「蒸気機関の発達した世界ってことですか?」
「パソコンが真空管のままだとか」
「うわ」
「パンチカードで入力とか」
「げ」
「ロリコン?」
「違いますけど」
「パンチカードのまま発達したコンピューターとか想像するだけで過労死できそう」
「……あのちょいちょいロリコンって聞くのなんでですか。俺、そう見えてる……?」
「あ、いやロリコンだと感動する昔のテクノロジーの未来SFがあって、日本でだけ爆発的に人気があって」
「ロリコンじゃないけど読みます」
夏じゃないけどね。
赤も白も美味しいワインと美味しいご飯をたらふく食べても店はまだ満員ではなかった。このお店大丈夫なのかな?この飲食店乱世の時代にそのうちつぶれたりはしないだろうか。通い支えないとダメかしら。でもあの階段がねえ。
「じゃあそろそろ時間ですね」
「え?」
しまいっぱなしの携帯で時間を確認すればなかなかに良い時間だった。ちょっと気を使って携帯はしまっておいたのでどれくらい時間が過ぎたのかわかんなかったが、終電ギリギリな感じではなかったかったので一安心。
「もう時間も遅いし。おあいそお願いしまーす!」
近くを歩いていた店員に声をかけて
「いや、まだ終電までは時間あるし、あ、この近くにいいバーがあって……」
「終電は酔っ払いや吐いてる人とかいて治安悪いんで少し早めの電車に乗っときたいんですよね」
「今日、金曜だから遅くても……」
「わ、結構食べたし飲んだのに4千円? わ、コスパ最強」
でてきた合計金額に率直に驚いた。なんかこれちょっとオマケしてもらえてるんじゃないか? あーでも計算うまくできないや。
二人だと割り勘の計算も楽でいい。まあ五千円札出しときゃ足りるだろ。
「……奢りますよ」
「なんで?」
「いや、誘ったし……」
「私もご飯食べてるんで払いますよ。当たり前じゃないですか。あ、お釣りも受け取っといてくださいね」
「え、いや、じょ」
「あー美味しかった! またきますね!」
金曜の呑みでこんなに充実したの初めてかもしれない。騒がしくなくてストレスなくて美味しくて。うーん、最高の金曜の夜!
とお店では思っていたのだが、階段を普段の倍の時間かけて佐野さんに心配されようやく地上に降り立った時には、万能感も消えていた。
なぜオタは……女豹のほめぱげでの「なぜオタは」大喜利。特にアイドル系の現場系のオタは1時間前行動しがち。
「オービタルクラウド」藤井太洋……2020年の日本で流れ星の発生を予測して配信するニュースサイトを運営する主人公がおかしなデブリを見つけるところから宇宙開発、スパイ、地球の危機と巻き込まれていく、映画にしたらすごく絵になりそうな小説。第35回日本SF大賞。
ボトルでワイン頼む……サイゼではマグナムである程度酔ってからちょっと値段が高いワイン頼むとすっごく美味しく安く飲める。これマメな。
ラズベリーパイ……シングルボードコンピューター。電子工作する人が使って遊ぶのだがなにができるのかはよくわからない。きっと何ができるかじゃなくて何で遊ぶかが問題なんだろうな。
あかりがアフロ……オービタルクラウド、ヒロインの沼田明利はオレンジのアフロといういでたち。なぜそんな昔のハッカー風な容貌なのかは不明。