出会った時から本を読む運命なの、2人は
一期一会さよならだけが飲み人生の私にとって、居酒屋での知り合いっていうのは正直作りたくない。私は話しに行くんじゃなくてお酒とご飯を楽しむ場所で、まあこの前みたいに好きな話ができればいいけど、私の好きな話ばっかりってわけにもいかないじゃん。SFをみんなが当たり前のように読んでてワイワイ話せるなんて世界線にいるなんて思ってない。と、いうわけで星を継ぐイケメンと遭遇頻度が高いあのお店へ通うのは控えようと思う。
会社に趣味がグルメという人がいて、私はこの人以上に食べることを趣味にしている人を知らない。この人に要件を伝えれば望みの外れないお店を答えてくれる。この相談料もランチだったりデパ地下グルメだったりの奢りなので徹底している。ある時、不味いお店に当たるときはあるのかと聞いたことがある。「あるに決まってますよ。まあ食べるの趣味なんで不味い店でワクワクできるんですよ」
私は不味い店には行きたくない。美味しいところを知っているなら他所に行く理由がない。グルマンには程遠い私には今行けるいい感じの丁度良いお店はない。気に入ってたんだけどな、あそこ。安いし美味しいし座れるし。
フラフラと飲み屋街を散策するもどうもピンとこない。たぶん今日の私は失敗を許せる心とお財布じゃないんだな。あぁ居酒屋ノマド。私はロマ……。疲れたからスタバでも行こう。
私が少しスタバを好きなのはフリー牛乳だからだ。たぶん私ってエスプレッソが好きじゃない。本当に飲みたいのはコーヒー牛乳。だから今日のコーヒーのショートサイズをグランデのカップに入れてもらって、ギリギリまで牛乳を入れる。そう、私はコーヒー牛乳クレイジー。
隣に人が座った。スタバっていつでも何時でも混んでるよね。隣の人も本を読んでいるようだ。
二郎のロットバトルじゃないけど、なんか始まるよね。バトルが。ちょっと前に#bookspyってハッシュタグで隣の人がなにを読んでるかツイートするのが流行ったときは、なにを読めばマウンティングできるかを考えちゃって自意識こじらせて本を持ち歩けなかった。
で、隣の人は……。
ファー! ノヴァ急報! サンリオ文庫の「ノヴァ急報」読んでる! サンリオSF文庫の、肉眼で初めて見た。そりゃさんまの笑い声みたいな声も出るわ!脳内で。
買えなくはないけど私が手にするにはまだ資格が足りていない気がして、買ったことがないサンリオSF文庫が古本屋以外で、街で、スタバであるなんて! こ、これは運命! 運命の出会い!
「あ、あの……」
「あ、どうもー。今日は居酒屋じゃないんですね」
恐れ多くも奏上申し上げる気持ちで勇気出して声をかけて、帰ってきた声は居酒屋の星を継ぐイケメンのものだった。
スーツでイケメンでサンリオSF文庫で「ノヴァ急報」ってどんだけ、どんだけ私にマウンティングしてるんだよ。馬乗りで殴りすぎだろ。メラゾーマからのギガデインだよ、ばかやろー!
あれ? このイケメンSF初心者なこと言ってなかった? あ、あれは嘘で本当は上級者なの隠して私みたいな雑魚を嘲笑っていたのかー!!
「え、え? なんで? え?」
「俺もちょっとSF読み始めてみようかなと思って」
「それでいきなりサンリオSF文庫ですか?」
「これ? これはネットで調べてみたらこれおすすめって」
「それ絶対違う意味のおすすめ」
これ持ってると強い的なおすすめだょ。オタクにありがちな蒐集バトルに勝てるっていうおすすめだょ。バーコードバトラーで言うと海外のバーコードだょ。歩きながら読んでたら狩られちゃうやつだょ。
だいたい本屋で売ってないのにオススメってなんかおかしいでしょ。
「いや、なんか雰囲気が全然違うからおかいしなーって」
ヘラッと笑った星を継ぐイケメンはやっぱりイケメンだった。
あ、イケメンってサンリオSF文庫も抵抗というか恐れなく買えるんだ。すごいな。私も宝生舞のような美少女だったらさっさとサンリオ文庫買ってるのかな。
イケメンは読むことを放棄したのかノヴァ急報を閉じてしまった。その長い指置き場となっている。
「あ、あの、それ、触ってもいいですか?」
「あ、どうぞ、なんだったら読みます?」
「ファー!」
ちょっと興奮してしまって奇声が、声帯震わせるリアルな奇声が出てしまった。
憧れのサンリオSF文庫……。自分、不器用なんでって気持ちで触れさせていただく気持ち……わー、紙!
「星を継ぐ者の三部作も読んだんですけど、面白かった! 最後ちょっとインディペンデンス・デイっぽかったけどあれってこれが元ネタだったりするんですかね。ガルースの気持ちが人間臭くて最高ですよね。いや、SF面白いなーって興味が出てきて。」
本当にサンリオSF文庫!表紙下が火星人。わ、値段が300円ってなってる。まじかよ、これがいくらになっちゃうんだってばー。こういう表紙のほうがなんかSFって感じがする。一時期のラノベ感なんかよりもカッコいいよぉ。
「それでまた……おすすめしてもらいたいなって」
うわー、あらすじから全然意味がわからなーい。すごーい! たーのしー! 興奮して口呼吸になる! 吸って吸って、吐いて吐いてー。
「あの」
「ふぁい!」
そっと肩を叩かれて無駄にびくっとしてしまった。あれ、私今なにしてたのかな。ちょっとすっごく気持ち悪くなってたきがするけど、大丈夫かな。警察呼ばれてないかな。人は見た目が9割だからこの状況だと私が不審者になっちゃう。
そういえばこのイケメンがなにか話しかけていたような気がしなくもないかもしれなくにないない。
「名前、なんていうんですか?」
「私の?ですか?」
なんで名前なんて聞くんだ?アンチSFだから?
「俺は佐野晶っていいます」
「えっと、嶋井です」
「嶋井さん、またおすすめのSF選んでください」
え、私、今それどころじゃないんだけど。このノヴァ急報楽しみたいんだけど。えー、おすすめ?
「『火星の人』、面白いですよ映画にもなったし」
スマホをいじって画像検索する。左手にはもちろん読んだページが閉じないように本をキープしている。
「これ」
「あー、見たことあるかも」
「今は表紙どうなってるんだろ。最近映画だと特別の表紙になるからなー」
目線八割「ノヴァ急報」に移しながら画面をスクロールする。タイトル忘れてもこれは平積みだから表紙の雰囲気覚えておけば探せるっしょ。
「嶋井さん、LINE ID交換しません?」
「交換の仕方よくわかんなくて……」
昔はmixiのIDナンバーがそらで言えた時代もあったなあ、LINEって番号だっけ単語だっけ?
「簡単ですよ、こうして……」
真剣に読んでも意味がわからない……。これが最後の警告なのだ。
サンリオSF文庫……70年代から80年代のSF叢書。一部書籍が高値で取引される。SFステータスではかなり上位、だが2014年にサンリオSF文庫総解説」という初心者でも知ったかできる素晴らしい解説本が発売されたため、錚々たる面子の書評を読みながら最初の一冊をどうしようかと生まれたての子鹿は今立ち上がる。
ノヴァ急報 ……W・S・バロウズ著。わからなくても「これが反SFか」と呟いて知ったような気になるのが様式美。という追体験をすることも初心者感が出てしまって、心が汚いわたしはきちんと読むことができない。
宝生舞……「銀狼怪奇ファイル」のときの宝生舞。
表紙下が火星人……サンリオSF文庫のマークはタコ型の火星人が並ぶカバー下。これがサンリオSF文庫と興奮したものです。
これが最後の警告なのだ……「ノヴァ急報」冒頭。裏表紙のあらすじから訳者あとがきを読んで本編を読み始めるというスタイル。