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これは冗談じゃなくて真面目な話ね

精神の具合が悪い。


「●時にどこどこだよね」っていう確認メールをきちんとする佐野さんが昨日に限って沈黙を守っているの怖くて、そのメール来てたら「ちょっと実家の祖母が具合悪くて」(5年ぶり3度目)な言い訳をしてしまいそうになったがそんな救済も与えられず。


いや、ほんとなんにも考えてないですよ。私だって友達の家に遊びに行くことくらいしますし。そう、それとなんら変わらない。染色体ががXXとXYなだけだから。他意はないし問題ない。


だって私だしねえ。


住所をグーグルマップでナビって来れば、駅徒歩10分の良さげなマンションだった。

あ。いいとこ住んでるんですね。部屋おしゃれなんですね。30男の一人暮らしじゃなくて30代男性の丁寧に生きる充実シティライフ方面ですか。


「あのこれお土産」

「どうもおかまいなく。紅茶もコーヒーも一通りあるけど、紅茶?」

「紅茶でお願いします」


きれいなキッチンだ。作業するために綺麗に整えられているきれいな、キッチンだ。手伝いますよと言いたかったが、ちょっと結界に弾かれちゃってあわあわと踏み込めずにいる。


「料理するんすか?」

「できる時はできるだけ。仕事がやばいときは帰ることもできないから」

「あ、IT土方……」

「シン・ヨイトマケの歌は俺たちの歌になってほしい」


二つのマグカップ、数ある食器。ほんとちゃんと生活してるんだな。自分の部屋の自分しか心地よくない空間を思い出して少し凹む。いや、一人暮らしなんだからそれでいいんだけどね。本来は。


「テレビ、大きいっすね」

「なんでさっきから野球部員みたいな話し方になってるの?」

「そんなことないっす」


佐野さんも佐野さんでなんつうか少し、家モード? ゆるい感じで、私の異質感半端ないですわ。

慣れた手つきでポットに茶葉を入れ紅茶を注ぐ。


「あれ、この茶葉」

「そう、神保町の。あれからまたあの本屋行ってさ。帰りに茶葉買ったんだよ。美味しかったから」


おお、気に入ってくれて何より。自転車でピューんと行っちゃったわけですか。便利だなあ自転車。

じっと蒸らされる紅茶をシンク前でただじっと二人で見ているってのは、なんか変な絵面ですな。でもどうしていいのかわからないですしおすし。


「嶋井さんお客さんだから座ってて」

「いやでも何かお手伝いを」

「もう持ってくだけだから」


ローソファとローテーブル。あ、テーブルにレールがあってキーボード格納できるようになってる。あ、これテレビ兼モニターね。へー。あ、じゃあDVDここに入れちゃえばいいのかな。

円盤片手にキラキラさせていたら佐野さんが笑う。いや、DVDをデッキに入れないと始まらないでしょ。目的はメトロポリスを見ることですから。


「へー、これC-3POに似てるね」

「似てるじゃなくてこっちが元ネタだから。こっちのほうがすんごく美しいデザインだから」


ジャケットを見て佐野さんは呟いた。


「あ、これサイレント映画なんで目で追うだけで大丈夫です」

「いつ製作?」

「1927年」


ファンファーレがなり素晴らしくデザインされた美しいオープニングが流れる。


「え、これアニメ? 実写映像?」

「特殊撮影? なんかとにかくいろいろCGなんて当たり前だけどない時代だから」

「すごい、かっこいい」

「でしょー」


根拠ないドヤ顔も、佐野さんは画面に夢中で気づいていない。


「出てくるもの着てるものがいちいちおしゃれだなー」

「ドイツ表現主義真っ盛りだからね。カリガリ博士とか今見ても最高にかっこいいよ。この時代の服ってやっぱり好きだな」


労働者ゾーンの謎の工場も、その機械で何をやってるのかさっぱりだけどかっこいいから許す的な。庵野秀明がよくやる、リアルな施設じゃなくてかっこよさ優先の謎建物感。


「この工場何やってるの?」

「え、そこ考える?」

「いやだってモダンタイムズみたいにライン工じゃないし、針? を元に戻す? 戻してどうなるの?」

「ここかっこよさ重視だから。ほら、今字幕出たでしょモロクの象徴だから。ビジュアル重視」

「貴族たちもっと効率的に仕事するよう人月計算考えればいいのに」


確かにSFといえどもメトロポリスはファンタジー要素強いからなあ。


「あー、宗教とSFの融合ね。はいはい」

「なにその俺わかってますから感」

「SFにクラシック楽曲使って意外性狙いっていう感じと同じことでしょ。もうこの段階で宗教とSFのマッシュアップあったんだね」

「そうそう。もう我々は模倣しかできませんわ」


私が持ってきたお土産のバームクーヘンが輪っかのまま置かれている。切り分けないのがなんだかんだ男の人だな。フォークで切って自分のお皿に取り分ける。


「このロトワングとカリガリ博士が『マッドサイエンティスト』の原型ですよ。どっちもドイツ生まれ」

「嶋井さん、ひょっとしてドイツだから……」

「そう、バームクーヘン」


ようやく気づいた佐野さんはなぜか冷えた目で私を見てバームクーヘンを食べた。今回の趣旨に合わせた完璧なチョイスじゃないですか!


「これ、このロボット。フォルムが美しいよね。しかも中の人、女優だから」

「見えないのに?」

「そ、顔見えないのに。このロボットウォークじゃなくて滑らかでもない独特の動き、いいなあ。」

「元は友達の奥さんを蘇らせたかったから女性型なのか」

「男の肋骨から作られた女ってことかな」

「右手を犠牲にして」


その友達の奥さんの名前が「ヘル」ってのがいいよね。


「なんかアジテーション気味な映像じゃない?」

「ナチに協力するようゲッペルスがが勧誘してたとか。監督の奥さんはナチ党員になっちゃったし。でも監督はユダヤ人だから亡命しちゃうの。もし仕事を受けてたらレニはいなかったかも」

「確かに」


ある意味でナチスの党集会はこの映像の模倣かもしれない。映像はすごい。


「なんか、もう正直オチはわかってるっていうか結末は見えてるけど、映像がすごくて見入っちゃうな」

「すごいよね、すごい。黒澤映画のお金じゃぶじゃぶ使ってる感じと似たような凄さ」

「乱とか」

「じゃぶじゃぶしてるよね、あれも」

「でもこれも一応少ないエキストラを数回に分けて撮影して合成するっていう節約してるんだよ」

「え? そうなの? それってもうできるんだ」

「すごいよねー」


「いや、なんか面白かったというかすごかった。」

「でしょー? 淀川長治が美しいと誉めそやしたロボットなんで。今でもモチーフに使われてるくらいだもん。もうドレスとか舞台装置がドイツ表現主義、大好き! 監督も舞台装置作った人もヒトラーも建築家志望って当時は建築家が最高にクールな職業だったのかな。街並みにしても最後の屋根、あんなに傾斜なくていいだろうに、なんか気持ちを不安にさせるからそういう見せ方なんだよね。私はアンドロイドマリアのメイクとあのウインクが大好きなんだよね。あれってさ、外見をマリアにしたけどあのパーソナリティーはロトワングがコツコツ作ってた? ものでしょ。ああいう小悪魔ageha的なのにお仕置きされたいマッドサイエンティストってちょっと可愛いよね。鋼の錬金術師アニメの一期ラストがさ、この時期のドイツにエドが転移しちゃうパラレルワールドエンドだったんだよね。その後の映画……」

「嶋井さん」

「ん?」

「好きです」

シン・ヨイトマケの唄 勉強して大学を出てホワイトカラーになれば成功する側になるヨイトマケの唄から40年後は、もっと違った歌になる。


メトロポリス……SF映画の金字塔。当時の特撮技術と人と才能と会社が破産するほどの金を使った超大作。あらすじは貴族と労働者で完璧に二分されたディストピアで労働者の活動家マリアに惹かれるおぼっちゃまフリード。マリアに感化されて現在の労働の仕組みはおかしいということに気づきはじめる。また彼の父親も同様に労働者の反乱を察知しており、地下組織が自壊するようなアイディアはないかと旧友のマッドサイエンティスト、ロトワングに依頼する。ロトワングはかねてより製作していたロボットをマリアの外見に仕上げ労働者社会もそして貴族社会も打ち壊そうと企む。と、あらすじだけ見るとありきたりなディストピア物語ですが、映像の素晴らしさ、出てくる字幕のかっこよさ、ロボットの美しさ、モチーフのカッコヨイ多様。今でもワクワクして見ることができるまさに金字塔。ちなみに最古のSF映画はメトロポリスではなく「月世界旅行」でした。


モダンタイムズ……言わずと知れたチャップリンが歯車に挟まれる映画。この映画は1936年。歯車のシーンが有名だけどこの映画はチャップリンが初めて声を出した映画としても有名。


カリガリ博士……ドイツ表現主義と言ったらこの映画。心が不安になりそうな舞台装置は映画というよりも絵画に近い。ストーリーも面白いのでこれ以上は何も説明したくない。ドイツが(インフラだけど)最高に輝いていた時代の素晴らしい名作映画。


フリッツ・ラング……ドイツの映画監督。アメリカに亡命後も監督として何作か映画を撮っているけれど、やっぱりドイツ時代が素晴らしい。ある意味でナチスの党集会の元ネタみたいだなあというメトロポリスの映像だが、彼がベルリンオリンピックの映画を撮っていたらどうなってたんだろうっていう歴史のifを考えるのは楽しい。


バームクーヘン……「あんた日本語で考えてるでしょ。ちゃんとドイツ語で考えてよ」「……バームクーヘン」


鋼の錬金術士第1期……原作未完結のためアニメオリジナルのラストだったのだが。実は鋼の錬金術師の世界の錬金術の力はこちらの世界の生死のエネルギーでリンクしており、真理の扉を抜けてエドは1920年代ドイツに飛ばされていた。というあの時代のドイツ大好き人間にとっては大好物な流れに、その後の劇場版「シャンバラを征く者」でロケット研究とか! フリッツ・ラング(こちらの世界のブラッドレイ総統、フリッツ・ラングは本当に眼帯してるのでウケる)とか! トゥーレ協会とか!、ミュンヘン一揆とか! 大好物ばかりでごっつあんすぎて、こんな自分好みすぎにるアニオリありがとうございましたという感謝の気持ちでいっぱいです。

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