二人の関係はネイビー 次のレボリューション
人生をうまく過ごしている人に悩みなんてないんだと思ってた。そっか、リア充もリア充の悩みがあるのか……。なんかリア充、リア充言って悪いことしちゃったな。
成功してる側なんだからそんな悩む必要ないのに。と思うのは私が非リアだからであって、そういうことじゃないんだよな。
佐野さんはつまんない人間じゃないし、悪いことなんて何もないよということを伝えてあげられればよかった。でもあの時はうまく口が動かなくて黙ってしまった。
佐野さんは悲しそうに笑ってスコットランドで飲んだウイスキーの話をした。その話をさせてしまったことが私は悲しかった。
5回目の寝返りののち、私はLINEを送った。
「今度の週末暇ですか」
「あいてます」
「ご飯行きませんか、私チョイスの店でよければ」
女の子が好きそうな可愛いクマのスタンプ。
私はポプテピピックのスタンプで返した。
「てっきりもんじゃを食べるんだと思ったけど」
「焼肉です。ここすっごく美味しいですよ」
月島に待ち合わせしたらまあそう思うのもしょうがないけどね。でももんじゃやお好み焼きってお昼ご飯じゃない?
「もう一軒美味しい知ってるんだけど、個人的には月島は美味しい焼肉の街。値段と美味しさと量が素晴らしいハーモニーなのです」
「なるほど、まあお高い焼肉屋が必ずしも高いというわけじゃないからね」
「お高いお店はモツ系充実してない場合もあって好きじゃないな。まあ行ったことないけど」
「嶋井さんモツ好きだよね」
「A5ランクの和牛ってモツもやっぱり美味しいのかな。A5ランクのミノとか」
もうお店のドアをくぐった時から今日の肉スタメンを構成し、嶋井プランを練り上げていたのだが。
「あー、二人だと全然食べれない!」
半個室のテーブルに通されてメニューを開いて気がついた。私、この店来るときは最低四人以上だったわ……。
「俺食べるから嶋井さん好きなの食べなよ」
「お、そういうのおっとこのこって感じ」
「まあ最近は脂っこいものは量食えなくなってきたけど……」
「控えめに頼もっか」
お互いの加齢を憂いてグラスのビールで乾杯する。
「一人焼肉ってどうなんだろ、行ったことない」
「最近よく聞くね」
「焼肉効率厨にとっては最高のパフォーマンス発揮できそう」
「でも座りじゃないから」
「だめだー、最近座れないからっていくつか避けてる飲み屋がある私にはだめだー」
タン塩が来て焼き始める。舌を噛み切った女は咀嚼してその味に満足する。
「パッセンジャー見たよ」
「え、見たの? お話としては微妙SFだったでしょ」
「まあ、そうだけど……ただ、ローレンス・フィッシュバーンが出るとSFとして画面がしまるのはなぜだろう」
「それ完全にマトリックスじゃん! 声は玄田哲章で!」
「名前はわからないけど、吹き替えのあの声。」
CSIもローレンス・フィッシュバーンが出るとSF感がでているのはなぜだろう。もともと近未来科学捜査班だしね。科捜研の女に比べると近未来だよね。だからCSIはSFでいいよね。
「でもセット、すごくよかったよね」
「いい宇宙船だった。ただトラブルシューティングなってなさすぎてこの会社最悪だなとは思ったけど」
「あれほんとは木星旅行くらいの宇宙船じゃないの?」
「豪華客船で地球一周のノリであの宇宙船で木星旅行……いいな」
「『二時間だけのバカンス』のPVみたいな。生きてるうちにそういう未来、来ないかな」
まだ地球を出ることで精一杯の人類に宇宙旅行なんて無理なのかな。ウユニ塩湖も青の洞窟もマチュピチュも興味ないけど、せめて月には行って見たいんだけど。
「日本でSFの映画って何かある?」
「うーん、うーん……日本沈没?」
「そんなに選択肢ない?」
「映像作品とかアニメならたくさんあるのに、映画だと……なんかコレっていう決め手がないまま特撮はSFに入りますか論争で火の海に……」
「広義でSF映像作品だと?」
「けものフレンズ、ですかねえ。最近の超ヒットは」
「へー」
お互いのビールがなくなって、佐野さんは私にメニューを差し出した。
「佐野さんはビールマッコリ飲んだことある?」
頼んだビールを空のグラスに半分注いで、マッコリも同量注ぐ。
「え、嶋井さんこれちょっとやばくない?」
「やばいよ?スイスイ進んでびっくりするほど酔うよ」
「うわー、悪い酒だ」
マッコリで飲みやすくなってシャンディガフみたいに飲みやすくなる。ただしシャンディガフはジンジャーエールとビールで薄めているがこっちはどちらもアルコール。逃げ場なし、だ。
「嶋井さん、せめてサンチュで巻きません?」
「佐野さんはほんとバランスよく食べますね」
「胃にくるんですよ」
「だから私あんまりカルビは食べないんだよね、赤みはハラミメインで」
「あ、さっきから焼いてたハラミないと思ってたら嶋井さん食べてたの?」
「だからカルビ追加してるじゃん」
「いや、俺もハラミ食べたいんですけど」
じゃーネギで間仕切りだっていって網の上に配置していたら「網変えまーす」で全撤去と相成った。
「そういえば佐野さんの嫌いな食べ物って聞いてないかも。なんかどこいっても普通に食べてるよね」
「うーん、嫌いというかフルーツはデザートだと思ってるから酢豚のパイナップルはちょっと……」
あー、いるいる。私は平気だけど、受け入れられない人いるよね。嫌いな食べ物っていうか気の進まない組み合わせ。白米とビールが苦手なように。
「でもまだそれは『想定できるおかず果物』だけど、創作フレンチだと予想外のものがでてくるのが」
「例えば」
「サバとバナナのソテー」
「え、美味しそう」
「なしだろー、サバとバナナだよ?」
佐野さんはほとほとウンザリした顔をしている。きっと忘れられない出会いだったんだろう。サバとバナナと佐野さん。
「焼いたバナナって美味しいじゃん。しょっぱみと合いそう」
「そういう新しさは俺、フレンチに求めてないのに」
「そういうのは普通の飲み屋じゃ出てこないから安心だね」
「いや、最近はチェーン居酒屋でチョコソースステーキみたいなことをイベントシーズンにやっているんだよ」
「え、佐野さんでもそういうとこ行くんだ」
「大人数で突発で飲む時にね。予約なしで20人受け入れてくれるのはそうそうないから」
「もうそれ小さい店なら貸切レベルだから」
「仕事柄というか会社柄なのかな、打ち上げも最初は少人数だったのがダチョウ倶楽部方式でどんどん増えてっていうのがたまにね」
「なーるほど」
あいつが行くなら俺も行くってやつね。
「嶋井さんと最初に会ったのもローンチの日で、なんか無性に飲みたかったんだけど周りでその気力あるやつ誰もいなくて」
「だから一人飲みだったんだ」
「俺、一人飲み始めてだったんだよね、あの日」
「そうなの?」
「そうそう。だから何していいかわからないから周りキョロキョロして」
「何するも何もお酒飲むとこなんだからお酒飲んでればいいんだよ」
「確かにね」
そういえばいつものあの居酒屋であったんだよな。それでこうしてご飯食べてて、人生は何が起こるかわからない。
「今日は自転車じゃないんだ?」
「いや、夜ならアルコールも入るだろうし、飲酒運転になるから。焼肉だとは思ってなかったけど」
自転車も車道で飲酒運転なんだよね。乗馬もたしか。
「自転車って佐野さんはどれくらい移動するの」
「23区内ならまあ」
「え、遠くない? 広くない? そんなに乗れちゃうもんなの?」
「天候にもよるけど、嶋井さんでもいけますよ」
「いやいやそれは無理。デスクワーカーだもん」
「それは俺も。座ってモニターばっかり眺めてるからいい気分転換になるよ? まあ最近は乗れてないけど」
「あれ沼に沈めようとしてる?」
「してないしてない。」
満腹になって私たちは店を出た。
外は暗く、お酒で調子に乗って暖かい体がキュッと締まる。たくさん食べて、少し疲れて、良い感じに出来上がって、このまま布団だけを抱きしめていたい。
「嶋井さん、ありがとう」
「いえいえ」
この前のバーの帰りもこれまで同様、佐野さんは駅まで送ってくれた。何も言えなくて黙って歩き、駅改札の混雑に紛れて帰った。
今日もこうして駅まで私たちは黙って歩いた。黙っていることが正しいんだと思った。何に対してのお礼か、なんの疲労感か、それは全て秘密の色。
ローレンス・フィッシュバーン(cv玄田哲章)……CSIは声が銀河万丈だと今回調べて初めて知る。
二時間だけのバカンス……宇多田ヒカルfeaturing椎名林檎の楽曲。PVの宇宙旅行が大好きで、こういう旅行ができる未来が早くこないかなと待ちわびている。あれは木星を通過し、土星に旅行へ行ってるってことでいいんだろうか。
日本でSF映画……本当に日本映画は予算がないからダメなのか。ハリウッドでSF映画の地位が低い(賞レースで役者が演技を評価されにくい)のがなにかしら影響してるんじゃないかなと思いつつ、本当に何も思いつかない自分にびっくりした。




