ベッドに本と酒とツマミとスマホを引っぱりこめば大惨事
寒くなった。
料理は下手というほどではないけど上手でも趣味でもなく、気合いも入れないと寒さとともに鍋物が増える。いや、全てが鍋になる。毎年のように出る鍋の素は私を飽きさせることなくこのシーズンを終わりまで支援してくれる。
昔は恐れ知らずに肉や魚が八割の鍋なんか作ったこともあったが、30も目前となると野菜のありがたみ、豆腐の優しさが身にしみる。
でも、肉食べたい。でも家で鍋以外の料理する気にならない。
と、なると先週のあそこだな。先週はおでんを満喫したけど、あの店の本当のメイン、やきとんに会いに。
会うだけじゃなくて食べるけど。
「あ、どうも」
先週の星を継ぐイケメンがいた。
「パラークシの記憶」「ブロントメク」とマイクル・コニイ祭を堪能した私は、忘れてた先週の自己嫌悪を思い出した。
あのあと家に帰って漫画って選択肢があったことに気がついて私ってほんとバカ。漫画なら選択肢豊富なのと短いのもあるからオススメしまくりだったじゃないか。敷居も低いし読んでもらいやすいよなって。
「『星を継ぐもの』面白かったです!」
当たり前だ、オールタイムベストだぞ。面白いに決まってるだろ。
謎のドヤ顔を披露しつつ私はサワーを頼んだ。イケメン、読んでくれたんだ。意外といいやつだな。
「あのぱちりとピースがハマる瞬間が、もうアハ体験ですよね」
「いや、俺は最後のダンチェッカーの推理? とそのあとのエピローグが、あれが……」
「今まで確認できる事象でしか話してこなかったダンチェッカーが推論するってのもいいんだよね。いい意味でヴィクター・ハントの影響を受けたっていうか、そこもツボですね〜」
イケメンがハッとした顔で感心した。そうなんだよー、決してダンチェッカーは頭の固い悪役風生物学者じゃないんだよー。そこが、そこがいい!
なるほどと感心するイケメンを見ていたら、私ももう一度記憶を消してまっさらな状態で読み直したい気持ちになる。
「柔軟なヴィクター・ハントと堅物のダンチェッカーがまたいいコンビですね」
「『相棒』感ありますよね。私はダンチェッカーが右京さん派なんで」
「そんな派閥あるんですか。あ、乾杯」
私のサワーにビールのグラスを重ねる。
イケメンは自然に乾杯するんだ。すごいな。あれ、なんか一緒に飲む流れ?
「木星に行けるし、なんだっけスコープ、あのなんとかスコープとか結構未来の話をしているけどありそうな、地続きな感じで……でも科学性善説過ぎる部分がちょっとファンタジーすぎるというか」
「一応その辺は続編で説明はされてるんですよ」
「え、続編あるんですか」
「『ガニメデの優しい巨人』と『巨人たちの星』っていう三部作」
「三部作……」
なぜ人は三部作というと後にしたがって面白くないと思ってしまうのだろう。この気持ちどこで刷り込まれちゃったんだろ。でもわかる、その不安。
頼んだガツ刺しが届いて、昔のレバ刺しに想いを馳せつつ箸をすすめる。さよならレバ刺しと生肉。いつかまた居酒屋で。
「つじつまあわせ感はやっぱありますが、面白いですよ」
「ガニメデってことは木星の謎が解けるってことですね」
それ以上は言わぬが花。
イケメンはどういう話なのか聞きたそうにしたが、それは読んでのお楽しみ。
「SFって面白いんですね」
「あったりまえだろー? 宇宙を駆け巡るもよし、自己の内面を突き詰めるもよし、研究室の密室での科学者の妄想、大いに結構!神話、コメディ、リリカル、サスペンス、社会批判も、ジェンダー論なんでもありの自由な創作空間だよ。」
わ、興奮しすぎた。ただ居酒屋で会った人だろ、なにこんな話してるんだろ。でもイケメンは気持ち悪がらずに話を聞いてくれてる。
ニコニコと、楽しそうだなあと微笑んで、頬杖をついて、酔っているからちょっと目がトロンとしている。ネクタイを緩めてシャツボタンも1つ外していた。あ、これは「娘が得意げになっているのを見守るお父さんの目」だ!
いい歳して恥ずかしい……。お、大人らしい話題を……。
「ここは木曜が肉の仕入れなんでメニューにない串も焼いてもらえたりします。私はフワのタレがおすすめです」
私の精一杯の急な話題転換にイケメンは「よしよし」という音が聞こえるような瞬きをした。
「すみません、フワのタレってあります?」
「ごめんね、お姉さん終わっちゃった」
あるよっていう田中要次がいるお店だったらこんなに気まづい思いをしなくてよかったのに。
「じゃあハツとコブクロと椎茸、コブクロタレであと塩で」
イケメンだと串もの頼むのに野菜混ぜるんだ。すごい、私は肉しか頼んだことない。尊敬する。
マイクル・コニイ祭……「カリスマ」も祭りに参加させたいが絶版中にため不参加。
「星を継ぐもの」……ジェイムズ・P・ホーガンの処女作。月の洞窟にいた5万年前の人間と思われる遺骸からこの地球と、そして太陽系の真実が見つかる! という学者がワイワイ推理するSF。「ふしぎの海のナディア」の最終話タイトルの元ネタ。
相棒……テレビ朝日のドラマの「相棒」。ダンチェッカーの融通の利かなさを右京さんと見るか、ヴィクター・ハントの名推理を右京さんととるか。それはあなた次第。
「ガニメデの優しい巨人」と「巨人たちの星」……「内なる宇宙」を含めて四部作なんだろうか……?
三部作というと後にしたがって面白くない……別に何がってわけじゃない。あなたのその頭に思い浮かべたものだなんて私は何も言ってない。
つじつま合わせ感……星野之宣の漫画版「星を継ぐもの」は三部作の矛盾をうまく解消したコミカライズ。すごいというよりもスムーズで心地よい。
SF……政治と宗教と野球とSFって何の4つの話をしちゃいけないと言われていますが、SFが面白いことについては大いに語りたいので聞いてあげてください。