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あの頃から一千光年

新しき年を迎えても社会人の日常はただ粛々と働くのみ。新年さも出社1日目に霧散。

いつもの通りに働き、そしていつも通りにふらっと気が向いたら気ままに飲みに行く。去年と違うことは飲みに行く前に佐野さんに声をかけることくらいかな。


雨が降っていたら夜更け過ぎに雪へと変わりそうな寒さに、サクッと飲むレベルを超えて鍋がつつきたいということでランチでよくいく地下街の、そういえば鍋やってたなという記憶を頼りに店に向かい、私と佐野さんは今、鍋をつついている。


「嶋井さーん、ハイペリオン読み進められないよー。」

「佐野さん、スターウォーズとかスタートレックとか好き?」

「いや、好きだよ。新三部作も見たし、面白かったし。むしろああいうのがSFだと思ってた。でも文字で読もうとするとなんか、進まないだよなあ」


SFあるあるですな。そんな導入で知らない単語や設定出されても読み飛ばしていいのかもわかんないで頭に全く入ってこない。わかります。蛮人アウスターとか急に言われてもどういうのかわかんないから困る。わかります。どんな速度で移動してるのかわからないから残り一週間がやばいのかやばくないのか、宇宙広すぎてよくわかんない。わかります。


「ハイペリオンはいろいろすっ飛ばして、七人の話だけ読めばいいのです」

「?」

「ハイペリオンにある立ち入り禁止区域に指定されている聖地巡礼を許された7人……が、現場まで行くのに時間かかるからなんで巡礼したいのか理由をお互い話さね?っていって事情を話すのが話の根幹だから」

「そんな話だっけ? なんか宇宙人が攻めてくるとかその宇宙人にはスパイがいてとか怪しいやつがいて、とかそんな話じゃなかったっけ?」

「そこらへんは実は次の『ハイペリオンの没落』でメインになる話で『ハイペリオン』に限っちゃえば、『宇宙人攻めてくるって言われててんやわんやのハイペリオン宇宙港』くらいの認識でいいのよ。ハイペリオンって惑星についてもあーだこーだいうけど、そこも最初は流して、そういう名前の星なんだくらいにして、とにかく7人の話を読むことに集中。」


鍋はもつ鍋。ぷりんぷりんなモツをモギュモギュと噛み締めながら心は締めの麺類のことを考えている。出てきた鍋に興奮して肉ばかりかっ喰らってはあとあと味のしみた豆腐も味わうことができなくなってしまうどころか、鍋のフィナーレ、締めのラーメンにたどり着けない可能性もある。先読みし、プランを立てて黙々と食べ進む。鍋は奉行が支配するのではない。それぞれ各々の戦いの場、そう私は傭兵だ。

モツの歯ごたえととろけ具合、最高にうまー。


「うざいじいさんと重力の関係でゴツくて背が高い女性、しか覚えてないな」

「私は老学者の話が一番好き。三番目だったかな。」

「いたっけ?」

「いるいる。レイターアリゲイター。や、佐野さんの読みづらさめちゃわかるよ。私も全然最初は頭に入ってこなかったんだけど最初の神父の話がすごくてあとはスイスイ。話の内容言っちゃうとあれだけど、SFってなんでもありなんだって私が気づいた話でもある。」

「ほう。詳しく」

「私も宇宙船でビームの大バトル、惑星間をワープで侵略とかそういうのをSFだって思ってたよ。でもSFで設定とかガジェットとかで古い話だと思っていたものを甦らすことができるんだよ。今更聖書って物語として読まないでしょ? 無宗教だし。でもSFに落とし込んだら、物語になったんだよ。」

「なるほど」

「ドラマ化予定らしいけど多分7人……のエピソードのドラマ化じゃないかなー。話のジャンルもバラバラな7人の話だからドラマ映えすると思うんだよね。」

「もう一回トライしてみます」


おー、頑張れ頑張れ。まあ読書なんて頑張るものでもないけれど。


「コンディションが合わないだけかもなんで時間おいてみるってのも手ですよ」

「嶋井さん、苦手なジャンルってあるの?」

「私は登場人物多いの苦手。どーしても『源氏物語』読めないし、『100年の孤独』も無理。あ、すいませーん。100年の孤独、あります?」

「あるよ」

「じゃそれ一つ、ロックで」

カウンター越しに尋ねてみれば、田中要次のように注文を受けてもらえた。あるのか。やだ私は初めての麦焼酎を飲もうとしているではないか。

実は焼酎は苦手だったのだが、芋は伊佐美で美味しさに気づいたというか、まあ美味しいの飲めばそりゃ美味しいよね。でも美味しさに気づいていろいろ飲むようになって居酒屋に普通に置いてある海童も飲む選択肢に入るようになった。

何事も導入って大事だよね。これだけ評判がいいなら百年の孤独もダメってわけではないだろう。いざとなったら佐野さんに飲んで貰えばいい。


「……これ飲んだから百年の孤独読んだってことにしちゃダメかな」

「それどういう理屈ですか」

「佐野さんは読んだことあるの?」

「学生の時、読まされたかな」

「うわ、お坊ちゃんだ」

「なんですかそれ」


肘で小突いたら佐野さんは苦笑いして呆れた顔をした。

いや実際佐野さんは育ちの良いお坊ちゃん臭がすごい。金持ちということではなくて、いや、子供の頃ツールの時期にフランス行ってるとか金持ちだけど……、持っているものがきちんとしていて、どんな場にいても浮いたりしない。安いセンベロで鼻持ちならない態度もとらないし、お値段高い高いの場で卑しい言動をしない。


「はい、100年の孤独、ロック」

「はーい、いただきまーす……」


麦焼酎、美味しいです!

焼酎って基本的に美味しいんだな。この美味しさに気づかずにいたよ。いいちこなんかよりずっと美味しい! 当たり前か!


「……最近さ、ジャンプ読めなくなってきて、モーニング読めなくなってきて、でこの前漫画ゴラク立ち読みしてみたら、すごく、面白かったです……」

「うわ!漫画ゴラク!」

「なんか、大人の階段登っちゃったなって悲しくなってさ」

「イケメンでもより年の波には勝てませんか、アフタヌーンより漫画ゴラクですか!」

「いや、ほんとまじで傷ついてるから俺」


佐野さんがその顔で漫画ゴラクに手を出しているところを想像するとおかしくて。


「嶋井さんだってもう子供の頃読んでた雑誌読めないでしょ」

「確かに……。いや、シュガシュガルーン時になかよし読んでたけど、一番のネックは絵柄だったな。ほんと流行りだったんだろうけど、みんな絵が似たり寄ったりでさ。」

「……って俺のオヤジも子供の頃俺の読んでた漫画見てそう言ってたなあ、そういえば」

「うわー、今すごい鋭い刃のブーメランが脳天直撃セガサターンだわ」

「嶋井さんも漫画ゴラクデビューが近そうですね、待ってますね、こっち側で」

「やめてー!」


ほんとそうなりそうな感じ。好き嫌いはともかく読むだけならなんでもいけてたと思う大学時代、今じゃ好き嫌い以前に「頭に入ってこない」っていう漫画が増えてきた。


飲めるお酒は増えたけど、ほんといろんなことに偏屈になっちゃってるのかなあ。なんかそれってすごくつまらない。


「大人になってみたものの、なんだかどんどん少なくなってくるなあ趣向が……。少なくなる、うーん違うな……」

「幅が狭くなる?」

「遠くなる、かな? 気がつかなかったけど、一緒に走ってたけど、体力なくなっちゃって追いかけられなくなっちゃったみたいな」


宇宙はどんどん膨張するのに、もう私はどんどん取り残されていくばっかりなんだ。みたいな壮大なスペースサブカルサーガを思い描いた。それはそれで悪くないな。


「全く知らなかった新しいこと始めると世界広がりますよ。」

「なにか今年の抱負的な話ですか?」


抱負は特にない。昨日と変わらず明日も面白くあればそれでいい。漫画ゴラクでも、ジャンプでも。


「俺は去年からSFという新しいこと始めたんで。嶋井さんのおかげで新しい世界広がりまくりです」


その新しい世界ってディストピアのほうじゃね?

ハイペリオン……ハルヒのおかげで読む人が増えたとか増えないとか。エンディミオンとエンディミオンの覚醒のほうがラノベ感あって読みやすいっちゃ読みやすいけどこっち読んでないとダメなので頑張ろう。


三番目の話……レイターアリゲイター。インナ・ホワイル、クロコダイル。


源氏物語……与謝野晶子も橋本治も田辺聖子もダメでした……。六条邸できるところで精一杯です。


100年の孤独……マコンドという村の創立から終わりまでが書かれた南米文学。バーナード嬢、曰くでも町田さわこが「南米め!」と憎々しげに言うほど多くの登場人物が似たような名前で出てきておおくのものに挫折を味あわせてきた一冊。それでもチャレンジする方は池澤夏樹「世界文学を読みほどく」の読み解きガイドを見ながらがんばろう。わたしはこれで100年の孤独、読了しました。


ジャンプ→モーニング→漫画ゴラク……経年変化。


シュガシュガルーンのときのなかよし……セーラームーンとミラクルガールズとレイアースが支えていたなかよしとは全く別物だった。

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