あなたのお説教もロマンティックな今日
「あの、嶋井さんは今週末どうするんですか?」
「特に何もなかったかと……」
「じゃあどっかご飯行きませんか?」
「やだ」
「え」
「だって今週末ってクリスマスじゃないですか」
「やっぱり誰かと予定あるんですか……?」
「私、学生の頃レストランでバイトしてたんですけど、クリスマスとかそういうイベントのときってすごく忙しくてやっぱり雑になるんですよね。もちろんキッチンの人は手を抜いたりしてないと思うんだけど、やっぱりギリギリまで詰めた予約の上での仕事なので余裕もないし、ベストな状態ではないんですよね。レストランとか抜きにして、人が集まるときっていうのはそれだけで鉄火場のイレギュラーなんですよ。そういう時って奇跡が起こることもあるけど大抵はマイナス方面のトラブルが多くてやな気持ちになりやすいし。だからイベント時には家にいるようにしてるんです」
「……じゃあ26日、ご飯行きませんか!」
26日は佐野さんオススメのお店は休みで、結局ご飯は日を改めてになった。この年の瀬に。
とはいえ仕事ももうシャンシャンな私は問題なかったが、むしろ佐野さんのほうが大変なようで遅めの時間帯での待ち合わせ。無理しなくていいのに。
「そんな格式ばったお店じゃないんで」のとおり、気軽なフレンチレストランといった佇まいだったが、なによりもインパクトがあったのはシェフその人だった。
客もデザートを食べる1組だけだったので、暇を持て余したシェフが料理を運んできたついでの話が、ついでの枠に収まらない面白すぎる話で、引き出しから散弾銃のような話題の嵐に始終笑いっぱなしだった。佐野さんにとっては聞いたことある話なのか相槌程度に参加していたが。
もうご飯食べにきてるのかトークディナーショーに参加しているのかわからないほどだ。こんな面白い店あったなんて、佐野さんももっと早くに教えてくれていいのに。今度みんなで来よう。
もちろん料理を作るときはきちんとシェフの顔になり、きちんと料理を作っていた。いや、当たり前なんだけどロシアの乱数表の話した人の作る料理ってなんだそりゃってなるじゃん。嘘か本当かよくわからない経歴の持ち主のシェフの作る料理はどれも美味しかった。特に前菜盛り合わせの野菜の種類の多さと味の変化が楽しくこれだけでも十分なくらいだった。いや、お肉もお魚も食べるけど!
これでお高いんじゃないのって思うのですが、これがまた値段の割に量が多くて、ひょっとして良心的なお店なんじゃないって。いや、「格式張った店じゃない」のレベルを超えたすごくサービスにあふれたお店だよ。
「このアヒージョ美味しいなあ……。アヒージョって白米とでもいけるんじゃないかな? アヒージョ丼、ランチに良さそうじゃない?」
「……嶋井さんって、夜景見て『社畜の天の川』っていうタイプですよね」
え? どういうこと? アヒージョ丼、食べてみたくない?
「理知的ですねってことです」
「失礼な、私だって人並みに感情を揺さぶられロマンティックな空気にうっとりすることありますよ」
「読んでる本が、とかそういうことですか?」
なんだかさっきから佐野さんのテンションがダウン気味だ。こんないい店でこんな愉快な話でこんな美味しい料理で何が不満があるんだろう。
シェフはメインの肉料理調理のため席を外している。いや、シェフは同席してないから席外してていいんだけど。
「私レベルだとタイトルだけで充分なのじゃ」
「例えば?」
「時は準宝石の螺旋のように」
「おお、綺麗」
「コードウェイナー・スミスもタイトルうっとりするの多いですよ『青を心に、一、二と数え』」
「赤い靴を探してごらん」
お、佐野さんも読んだのかな。
あの女の子の肉親愛ポテンシャル999.999っていうのが、年上男性スタッフになぜかいい感じに愛されたオードリー・ヘプバーンを思い浮かべてしまう。きっと赤い靴はジバンシィだ。
「コードウェイナーじゃないけど『天の光はすべて星』
「黄金の船がーーおぉ! おぉ! おぉ!」
「あまたの星、宝冠のごとく」
「星の海に魂の帆をかけた女」
「白き日旅立てば不死」
「それうっとりじゃなくてかっこいいですね、どんな話?」
「読んだことない。てへ☆」
「なんだそれ!」
「『時は準宝石の螺旋のように』の作者で『流れグラス』も好きだな、うっとり」
「『歌おう、感電するほどの喜びを!』そういえば、かっこいいタイトル特集やってませんでした」
あったあった。あの特別装丁ダサくて買う気にならなかったんだよね。まあ上から別カバーかけるタイプだからそこまで力入れてるものじゃなかったんだろうけど。と、いうかブラッドベリに関してはこの前装丁変えてかっこよさマシマシにしたばっかじゃん。かっこよかった。めちゃかっこよかったけど。
「かっこいいじゃないけど、アイアマンガー三部作の『肺都』がさ、原題がLUNGDONなの。肺のlungとLondonをかけてて、それを『肺都』って訳すの超素敵!ナイス訳だよね。こういう名訳に出会えた時って日本に生まれてよかったー!って思う」
「『博士の異常な愛情』とか」
「そうそう!」
「まあ、『肺都』読んだことないんだけどね」
紙袋が出てきた。
「いつも嶋井さんにお世話になってるのでプレゼントです」
「……どうも」
当然のごとく私は用意なぞしていない。そういう交換会するならちゃんと事前に予算も含めて言っておいてくれないと。ほら千円くらいでみんなでくるくる回して音楽が止まったところで持ってる物がってクラスのクリスマス会かよ!
見たことないブランド名の紙袋。あー、佐野さんは私よりも女物のブランド詳しそうっていうか詳しいだろうな。
「開けてみてくださいよ」
なんてことを考えて紙袋を掴んだまま硬直している私に苦笑いして佐野さんは言った。開けるまでがイベントなのね。そうか、そうなのか……そこは男女共通なのか。
クリスマスラッピングをとけば、革のブックカバーだった。育てるタイプの革ですね。
「嶋井さん、電子書籍メインだからあんまり使わないかもしれないけど」
それにどやりたい時にはカバーしないで堂々と表紙見せつけて読書するからあんまりカバーって使わないかも。本屋さんでもいらないって言っちゃうし。
「ありがとうございます。恥ずかしい本読むとき使いますね」
「恥ずかしい本、読むんですか?」
「あ、あ! そういう意味じゃなくて、今更こんなの読んでるのかよーってなめられそうな本をよむときっていう意味!」
紙袋にはもう一つ小さな箱が入っていた。やっぱり見たことのないパッケージの中から出てきたのはイヤリングだった。
「嶋井さん、穴あいてないでしょ」
可愛いムーンストーンのイヤリング。チェーンが長くて揺れるタイプの。とても、かわいい。
貴金属を人からもらうの初めて。
ん? でも、人の耳なんてそんなに見てるものなのか? よくピアスの穴がないなんてわかったなあ。
盗み見る笑顔の佐野さんの耳にはピアスの穴はなかった。佐野さんも穴あいてないんだ。そっか。
「私、なんにも用意してないんでお年賀考えときます」
「あ、いいですね。初詣いきいましょう!」
行くの? そう言おうとした時にシェフがメインの肉料理を持ってきてそしてすぐに戻ってしまった。
ラムチョップはきもち、冷めていたような気がした。でもとっても美味しかった。
あなたのお説教もロマンティックな今日……クリスマス クリスマス お釈迦様 あなた今夜はねえ お暇でしょう(SPANK HAPPY「フロイドと夜桜」)
時は準宝石の螺旋のように……サミュエル・R・ディレイニー著。サンリオSF文庫総解説の池澤春菜嬢のコラムが素晴らしい。それだけで読了した気持ち……。
青を心に、一、二と数え……コードウェイナー・スミス著。この肉親愛ポテンシャル999.999の少女はある惑星の美的遺伝子のために選ばれている。新海誠の『ほしのこえ』の主人公がなんで中学生なのに宇宙軍の他星系への調査隊に選ばれてるんだよっていう疑問に、出産可能な若い男女という選考基準で、実は地球へは戻らず世代をまたいで調査し続けるハードSF設定だった!? と気づいて戦慄した。実際小説版はそういうことらしい。
天の光はすべて星……フレドリック・ブラウン著。天元突破グレンラガン最終話サブタイトルの元ネタ。グレンラガンのおかけで再販された。ラストがとてもとても後味悪いと感じたんですが、いいの?
黄金の船がーーおぉ! おぉ! おぉ!……コードウェイナー・スミス著。こんなに素敵なタイトルなのに、なんで話を覚えてないんだろう……?と話そのもののような状態に陥ることしばしば。たぶん、『夢幻世界へ』と勘違いしているんだと思う。
あまたの星、宝冠のごとく……ジェイムス・ティプトリー・Jr著。一番好きなティプトリーは彼女のその人生そのもの。
星の海に魂の帆をかけた女……コードウェイナー・スミス著。ここに書かれた三作は全て短編集1「スキャナーに生きがいはない」に収録されている。光年の距離離れた恋人ものに弱いわたしは例外なくこの話も大好きだ。
白き日旅立てば不死……荒巻義雄著。タイトルがめちゃくちゃーかっこいいのでいつか読んでみようと思います。(だから電子書籍で出して! ハードカバー重いのよ)
流れグラス……サミュエル・R・ディレイニー著。タイトルがめっやくちゃかっこいいのでいつか読んでみようと思います。(だから電子書籍で出して! ハードカバー重いのよ)
歌おう、感電するほどの喜びを!……レイ・ブラッドベリ著。フィリップ・K・ディックと同様に黒い新装丁がかっこ良い。電子書籍になってるけど、まだ読んでない。(これは私が悪い)
肺都……アイアマンガー三部作の三作目。SFではなくファンタジー。一作目冒頭にヒロインが汽車に乗ってお屋敷へ向かう感じが「ダークハリーポッター」という趣でやっぱりワクワクしちゃった。




