これからエヴァンゲリオンの話をしよう
「佐野さんさ、同じ年じゃないですか、私と」
「嶋井さん何月生まれですか?」
「9月です」
「俺、4月なんで完全に同い年ですね」
「それでどうしてエヴァンゲリオンを見ることなくこれまで生きてこれたんですか?」
私たちの世代でエヴァを通らずに過ごせるってなに? 土蔵に閉じ込められて鉄仮面被せられて過ごしてきたのか?
「碇シンジがロボットに乗って逃げちゃダメだって言いながら戦うんでしょ」
「エヴァはロボットじゃなくて汎用人型決戦兵器人造人間エヴァンゲリオン!」
「映画は話題になったし行きましたよ、翼をくださいのシーン……」
「それは別、別物だから!」
ループ説とかそういうの無しにして、旧劇と新劇は別物。名探偵エヴァンゲリオンくらい別物だと思っていただきたい。あくまで私は新世紀エヴァンゲリオンと、エヴァンゲリオンシト新生とTHE END OF EVANGELIONの話がしたいし、これが私のエヴァなわけ。
「はー、佐野さんはどんな子供時代をすごせばそうなるんですか」
「つまんない子供だったと思うよ」
「えーでも、仲がいい男女で遊園地行って写真いっぱい撮って気付いたら二人っきりに仕組まれてマジで門限の5秒前からスピード写真で1時間延長戦みたいな感じでしょ」
「見てきたかのように言わないでください」
「こちとら広末エヴァだっつーの」
さらに言うとエヴァ以前の記憶はほとんどないっつーの。
「と、まあ佐野さんの怠慢を……」
「え、怠慢になるの?」
「佐野さんの人生の怠慢を叱るべく、私、エヴァを見返したんですが……」
「どうしたんですか?」
焼酎のお湯割をすするように飲んで気持ちを落ち着かせる。
「いや、その、やっぱなんていうか、29歳になっちゃってるんで……ちょっといや、最高に面白かったですよ? ……でも14歳の少年と同棲って、アカンでしょ」
「宮川大輔が思いっきり言うだろうね」
「敵が同じ人と言えるのかは難しいけど……」
「え?人なの?」
「そのへん説明すると長くなるから後でね。まあ見た目人間じゃないものとはいえ殺すわけで、そこでノーカウンセリングってないと思うのよ。」
「まだ人間じゃない生命体とは戦争してないから心的負担があるのかどうかはわからないけど、アメリカならきちんとカウンセリングして、兵士になにかしら対策してくれそうなところだな。」
「14歳だぜ? なおのこと必要だろう。大人のフォロー、大事だろ……。なんかそういうこと考えちゃって……。」
佐野さんのエビスの瓶ビールを見て、時代は変わったんだと。アニメでそのまま商品名出した日本酒が売れる時代になったように、私も同じ年月を過ごしお酒の飲める年齢になって……。
「……大人になったってこういうことなのかな」
「来年で俺ら30の大台だし」
そう、いつまでも「たのしー!」でやってきたがもう30歳なのだ。現実は血と肉と同様に体をめぐりめぐっている。
「でもやっぱりあの初号機の最初の戦闘シーンでワクワクしちゃうし、二号機が青空のもとマントのように白い覆いをバットとって赤いカラーリング見えるところ、大好きだし。ていうかそもそもあのシュッとしたエヴァがかっこいい。迎撃要塞都市、スーパーコンピューターによる市政、ジオフロント、カチカチ回って階を知らせるエレベーター、バカみたいに長いエスカレーター、グラフで示される精神汚染……いろいろなかっこよさがエヴァにあって、私は全てのかっこよさをここで学んだんですよ」
ガイナ的なものつまりは庵野的な、それは70年代のロボットアニメ、特撮的な……結局なんなのかわからなくなるけど「それ」なのだ。
「あ、私は綾波レイという宗教に属しているんで」
「あ、あの嶋井さん、コスプレとかしてたりするんですか?」
「しないです。てゆかプレイのレベルじゃねえ。遊びじゃねーんだこっちは。綾波レイとはなにか? それは無。ないものを求め続ける殉難者なんです」
「ごめんなさい」
「そのつくねを綾波レイに献上なさい」
「あれ、綾波レイって肉食べないんじゃなかったっけ?」
「そこは知ってるんだ」
佐野さんの手元の月見つくねを胃袋へ強制徴用する。ここの月見つくねは確かに軟骨要素が少ないものの、甘めで濃いめのタレと卵の黄身の具合を考えるとこの肉具合が絶品なのである。
「本もフィルムブックもたくさん買ったし、当時って謎本も流行ってたから(笑)無駄に買って読んでたなぁ。でも一番の解説本はスキゾとパラノ。今でも読むけどほんとあのとに世紀末だな。あのときのメンバーの年齢にもなってないって思うとちょっとクラクラする。村上龍の本無駄に全部読んだり、R・D・レインの『好き好き大好き』読んでるのは大体エヴァオタ。だし。大人になってからSF読むようになったから人類補完機構シリーズや「世界の中心で愛を叫んだけもの」、これは『思春期に読んでたらこじらせてたな文庫』入り。あ、コードウェナースミス、短編だしタイトルかっこいいから読んだほうがいいよ。」
あと「バイオレンスジャック」読んでみたものの挫折しちゃうやつもだいたい友達。フロイトやユングの本読んじゃうやつもだいたい友達。村上龍のことキューバとサルサって思ってる奴らもだいたい友達。
「本は図書館さんに頑張ってもらえば読むことは可能だけど、映像はね。今の子DAICON3のオープニングとかYouTubeで見れちゃうんでしょ。恐ろしい時代だ! 謎の円盤UFOなんかTSUTAYAにないっつーの!」
「あ、でもTSUTAYAにあるエヴァのジャケはつい読んじゃうし、かっこいいですよね」
「そうそう! あの明朝体で書かれた単語が背景のジャケ……。なけなしのおこずかいでビデオ買ったなー。で、中のエヴァ友の会、ちぎれるほど読んだなー。」
10巻目からあの明朝体背景ジャケシリーズじゃなくなって実はちょっと寂しかったんだよね。好きだったのに。
あれ?というか、今のテレビシリーズのソフトのジャケ、もう、ない……?
「だよね!」
もうあのジャケ知ってるってことも古い世代になっちゃうのか!
ビールを飲もうとしている佐野さんの手を両手で握って上下にふる。ありがとう、ありがとう!圧倒的大感謝! あの頃のエヴァ覚えていてくれてありがとうございます!
と、自分の感情の昂ぶるままにしっかりと佐野さんと私は握手を、居酒屋で熱い握手をしているのだが、え、なんか手なんか握って、そんななかよしみたいな。そりゃ私、なかよし派だったけど。
佐野さんは驚いているのか私を見つめるだけで動かない。いつもの父親的なよしよしムードですらない。
と、とりあえずは気持ち悪がられてないけどなんかこれは変な状態だ……。
握手している手を腕相撲のように組み直してみた。思いついて親指の腹同士を重ねる。
「……いろいろ思考が追いつかないけど、誓いの握手、なつい!」
エヴァはロボットじゃない……つい言ってしまうが、言われた側は「はあ、で?」となってしまうだけなのであんまりそこ力入れるところじゃない。
旧劇と新劇……都市部での大震災と宗教団体による毒ガステロが起こった世紀末という空気は新劇にはない。ある意味で1960年の学生運動時代の牧歌的な国と同じように今だと理解してもらえない牧歌的な殺伐感が旧劇の全て。新劇はその時代を生きる人が切り取ればいい。切り取った結果が「なにがQだよ!」のような気もするが。
マジで門限〜スピード写真で1時間延長戦……広末涼子の歌詞的世界。「大スキ」のPVはドライブデート仕立てだが、彼氏役というのがバッチリ映っている。(=彼氏目線カメラじゃない)今のアイドルPVだと彼氏目線カメラのみで彼氏という存在が抹消されていると思うと広末のPVはアイドルではなくアーティスト側かも。
広末エヴァ……エヴァ実写化するならでいつも話題になるのでもうこの話は「広末エヴァ」。
大人視点エヴァ……作画荒いとか16話オリジナルフィルムないからブルーレイでも画質悪いとか。ファザコン告白する女うぜえとか、マヤガチレズとか、なんでミサトさんちラブホタオルなの?など気になってしまうことが増えてくる。
綾波レイとはなにか?……下記注の「スキゾ・エヴァンゲリオン」に収められている大泉実成のコラム。綾波レイとはつまり。
スキゾとパラノ……太田出版から発売された「スキゾ・エヴァンゲリオン」「パラノ・エヴァンゲリオン」。もうこういう時代だったんですというしかないくらいの大きな男の子たちによるオナニー披露大会。スキゾの「綾波レイとはなにか?」がわたしの存在の理想であるなら、パラノの「私とエヴァンゲリオン」は、エヴァンゲリオンの歴史全て。他の人が本人がどう言おうがつまりは「エヴァはこうして生まれた」なのだ。
好き好き大好き……戸川純でも岡崎京子でも。そんな私のことミリキある?
人類補完機構シリーズ……コードウェイナー・スミスによる一連の作品はある世界観の元に作られている。その世界で強力な支配者が〈補完機構〉。人類補完計画の言葉の元ネタである。作品は年代順に発表されておらず、年表見ながら年代順読みをしていた私に最近発売された年代順に並ぶ短編集は嬉しくもあり少し物悲しい。
世界の中心で愛を叫んだけもの……いろいろな影響で有名なタイトルだが、内容は厨二心くすぐるので大人になるとこっぱずかしさしかない。この短編集の「少年と犬」がわたしは好き。
YouTube……いや、なにがすごいってさ、ウルトラセブン12話も怪奇大作戦24話も愛國戦隊大日本も行けなかったエヴァンゲリオン交響楽(ビデオ買えよ)も見れちゃうってこと。サブカルチャーの聖性という蒐集マウンティングの終わりを感じつつもやっべー、うれしー! って感じでありがたく享受します。
明朝体びっしりのジャケ……ビデオとLDのジャケ。エヴァのことを知らない人でも、あーあれなんか読んじゃうよねと言われて、読むくらいなら借りろよと思っていた。
誓いの握手……家なき子2で安達祐実と堂本光一がやってたあれ「僕が君を守る」「私があなたを守る」「死ぬときは一緒だ」わたしの学校では「エリカが例えてあげる」と同じくらい流行りました。




