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大当たりの季節

私がこうして男性と待ち合わせて買い物に行くことになるなんて。


「嶋井さん、早いね」


つい30分前行動してしまった。という佐野さんも10分前なので早い方と言えるだろう。

にしても佐野さんは、改めて思いますがほんとリアルな肉体が充実してるイケメンなんだなと。待ち合わせ場所として選んだただの交差点がなんかドラマみたいになってますが大丈夫ですか?(私が)

美容院で差し出される雑誌にこういうジャニーズじゃない俳優いそうだもん。おしゃれなチェスターコートに細すぎない黒のパンツでスニーカー。あ、これ進研ゼミでやったとこだ!知ってる!だから。なんでいつも裸眼なのに休日メガネなんだよ。それ伊達眼鏡だろ。伊達眼鏡ってなんだよ。その装備いらんだろ、スロット3つあるんか。


「メガネ……」

「休日はメガネなんですよ。平日は色濃い目のブルーライトカットのメガネ使ってて……あ、そっか嶋井さんの前だといつもコンタクトでしたね」


佐野さんは目が悪いんだ。


「佐野さんて、ほんとモテ側ですよねですよね」

「……そうでもないかな」

「こんなのと休日過ごしてていいんですか?」

「こんなのって、嶋井さんは……可愛いよ」

「いや、正直に言っていいですよ。下半身が変だって」

「……靴、可愛いですね」


可愛いトップスを買った。気に入っているし、私に似合っていると思う。が、これに合うボトムスを持っていないために着ることができなかった。せっかく買ったのに着ることができずに肥やし状態だ。今日はこれに似合いそうな、インスタで見かけたスカートを買うための外出である。

合うものないんならなんで無理してヘンテココーデで買い物来とるねんってお思いでしょうが、オシャレ想像力低い私は実際に合わせて見ないと本当に似合ってるかどうかわからないんです。丈感とか。なんどそれで失敗したことか……。化粧品もファンデーションならすっぴん、色物ならベースメイクまでで実際に近い形でテストしないとわかんないんです。


で、合わない中でも比較的マシで、試着のことを考えた着脱のしやすいスカートを着ているが、まあ、バランス悪いよね。佐野さんのそのスカートをスルーしたフォローの優しさ、しかと心に刻みました。スカート買ったら装備しますか、はいを選択する勢いなのであと数時間に我慢。


「あのほんとにいいんですか。女の買い物ですよ。疲れるやつですよ?めんどいやつですよ」

「いいよいいよ、気にしないから。俺が勝手言ってついてきてるだけだから」



……



買い物を終え、この辺りでも空いてるというカフェにすわってコーヒーなんぞ注文して一息ついたところで佐野さんは笑い出した。


「え、なんでそんなに笑ってるんですか?」

「いや、だってさ、嶋井さん……すげぇ、うける」

「私さなんか変なことしましたか?」

「御目当ての店に満面の笑みで向かって、見つけたスカート、あれ思ってたよりペラくて気に入らなかったんでしょ」

「なんでわかったんですか!?」

「ショップについて、露骨にテンション下がってずっと親指と人差し指で生地触ってて、一応試着してもイマイチ感全開でさ、店員さんかわいそうだったよ、一生懸命『お似合いです』って言ってたのに……嶋井さんのあの下がり具合……」

「でも似合ってなかったし」

「で買わずに出てから他のお店ウロウロしたけど、どんどん疲れて行って、男の俺よりウインドウショッピングで死にそうになってるの、ほんと、もう……」


いや、確かにお目当てのものはないし他のお店もなんかピンとこなくて、だんだんやる気というか生きる気力がなくなってきたのは事実ですけど。


「で、本屋に行ったらみるみる回復して」

「や、もともと本屋は約束だったじゃん!」

「あんなに疲れて死にそうになってたのに時間経つにつれて生き生きとしだしてさ、ガンガン俺のカゴに本入れていって……あの水を得た魚のような、ピチピチした笑顔………ほんと……うける……」

「……」

「そしてここで戦利品見つめて完全回復。その本グリーンハーブ?」


テーブルに広げた私の買った分の本を広げているのをささっと寄せる。


「 あー、これまで我慢してたけど、いやーほんと嶋井さんサイコー!」


大声で笑いだして店員が不安げにこっちを見ている。

確かに佐野さんおおっしゃる通りですけど、ほんとその通りの心の動きしておりましたけど、でもこんなに大笑いしなくたっていいじゃん。


「なんか心外なんですけど」

「ごめんごめん」

「でも佐野さんも、なんつうかお目当てがない買い物ってなんか世界に自分だけがいらないもののような疎外感感じてやる気元気いわきが削がれません?」

「気持ちはわかるけど嶋井さんほどでは……。それに買い物もまあたまにだし」

「佐野さんは休日何してるんですか?」

「え?」


対して難しい質問をしたわけでもないのに佐野さんはひどく驚いた。

え、私はイケメンが休日に何してるかなんて想像もできないことですよ? いやそれで昼から京成立川で飲んでるとかだったら知ってる世界だけど。


「あ、答えたくないならいいですけど」

「休みはだいたい寝てるか友達誘って飯食いに行くか」

「佐野さんって趣味あるんですか?」

「ロードは大学からかな。最近ボルダリングやってる」

「ロードバイクとオーディオとカメラは沼が深いから近づいちゃいけねえって祖母から言われてるんで」

「いや、凝ればそりゃお金はかかるけど」

「私が凝らずにできると思います?」

「無理ですね」


奴隷の鎖自慢じゃないがオタの沼自慢こそ虚しく恐ろしいものはない。また話がうまいからちょっと面白そうなんて思っちゃったら最後、スターターキットが出てきてマジで沼入り5秒前。


「近所を適当に走ったり、旅行いって自転車で回ったり、旅行は最近行ってないけど」

「あ、輪行するんですね」

「嶋井さん詳しいんだ」

「いえ、嗜み程度に知ってるだけです。『茄子』とか『弱ペダ』とか漫画ソースで」

「へー、自転車漫画なんてあるんですか」

「え、逆に知らないんですか? じゃあなんでロードはじめたんですか」

「子供のころ家族でツールドフランスを生で見たことがあって、それから」

「げ、お坊ちゃんだな」


家族旅行というのは高速道路で移動中に森の中にあるラブホを「お城がある」って言っちゃって車内の空気が最悪になる、そういうものじゃないのか。それでガチでお城があったことなんて一度もないぞ。


「キャンピングカー借りて一緒に追うような観戦ですか? でないと山岳ステージちょっと見に行くとかできませんよね」

「……嶋井さんは物知りですね」

「親戚の子褒めてるんじゃないんだから……。別に普通じゃないですか、これくらい」

「自分の好きなこと知ってもらえるのは嬉しいですよ、知らないってことも。嶋井さんもそうでしょ」


酸っぱいタイプのコーヒーは嫌な酸味を全く感じさせなかった。一緒に頼んだチーズケーキはどっしりとしてコーヒーによくあった。どちらも丁寧な仕事から生まれたものだとわかる。

人の少ないカフェは過剰な装飾も装った質素感もなく居心地のいい空間で、窓からの日差しは鋭さを潜めて夕焼けがもうじきやってきそうな穏やかなものだった。


さっきまでの繁華街が遠くに感じられる。実際に少し歩いてここまできているが。

人と物に溢れて混雑する情報で、わかりあえないってこともわかりあえない。知っていたり知らなかったりを1つ1つ手に入れていく。それを自分のためにしてくれるということは。


「そうですね、私もそう思います」


それはとても嬉しいことなんだ。そして嬉しいと笑顔になる。そう、私と佐野さんのように。


「嶋井さんは今日何買ったんですか?」

「んふ、あ、気持ち悪い声出ちゃった。今日はですね実は電子書籍になってるのは知ってるんだけどこの表紙バージョンでおさえときたいなっていう、あ、新しいほうも表紙かっこいいんですけど、やっぱ古いほうが通? っていうか……」

リアルな肉体が充実……頭の中のリアルが充実している人は多いと思うし、それが大事だとチャップリンも言っていた。リア充死ねのジャーゴンは正確には「リアル肉体充死ね」ということで、精神と肉体の乖離が見られてSF的。


美容院……オシャレでウェイ系の子でもわたしと同世代は「美容院」というので美容院は単純に世代を分ける言葉じゃないかと思っている。


ロードとオーディオとカメラ……それ以外にもお金のかかる趣味はたくさんある。沼はあなたのすぐそばにある。


スターターキット……できるやつは布教用の初心者グッズを持ち歩いてすぐ貸してくる。


茄子……黒田硫黄の茄子アンソロジーに収録されている「アンダルシアの夏」アニメ化もした。


弱ペダ……渡辺航の「弱虫ペダル」。最初読んだときは、ロードレースの国体あるわけないじゃんと思ってたらあったのでびっくりした。


森の中のラブホ……大人になって思うのは、ああいう立地のお城ラブホって誰が行くの?


ツールドフランス……逆にツールドフランスはレースに展開が見られないと実況はお城とチーズで話をつなぐ。森の中にラブホじゃないお城がある国、それがフランス。


電子書籍になってるのは知ってるんだけどこの表紙バージョンでおさえときたいなっていう、あ、新しいほうも表紙かっこいい……ジョセフ・ヘラーのキャッチ22。本編よりもこの本に関する言説と一緒にあの表紙を見てきたのでどうしてもあっち側に思い入れがある。が、新しいほうもかっこいいので悩ましい。(=まだ読んでない)

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