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短編集

こちら王都旧市街区中央広場前衛兵詰所

作者: 京 高

 携帯用黒板に書かれた引き継ぎ事項に目を通しながら、昨晩起きた出来事を確認していく。

 僕の名はベイジ。王都の安全を守る新米の衛兵だ。


「うん。酔っ払い同士の喧嘩など些細な問題はあったものの、大きな事件は起こらなかったようだな」


 さて、今日も一日頑張りますか。


「あのお……すみません」


 表からの声が響いてきたのは、携帯用黒板を所定の位置に戻した時のことだった。まだ朝の二鍾(おおよそ午前九時)が鳴ってからそれほど経っていない頃合いだ。そんな時間帯から、この衛兵詰所に人がやって来るというのは珍しいことだった。


「この『王都旧市街区中央広場前衛兵詰所』に何の用だ?」


 僕が動くより前に出口に近い場所にいた先輩が訪ねてきた人物の応対に当たってしまった。


「え、いや、あの……、その……」


 先輩は大柄な体つきで、しかも強面ときている。案の定、来訪者は威圧されてしまい、まともに話すことができなくなっていた。


「ちょっと先輩、怯えさせてどうするんですか」


 慌てて割って入ると、先輩は憮然とした表情のまま奥へと引っ込んでしまった。そして僕は残された来訪者と向かい合う。


「とりあえず立ち話もなんですから、中へどうぞ。茶も菓子も出せませんけどね」

「あ、はあ……。それじゃあ、失礼します」


 この詰所は旧市街区――早い話が昔の王都だ――の中央広場に面していることもあって、かなり大きな造りをしている。

 今いる入口からすぐの来訪者に応対する部屋の奥には、先輩が引っ込んでいった事務作業などをこなすための部屋がある。ちなみに先ほどまで僕がいたのもこの部屋だ。


 そしてそこからは槍や剣、鎧などが置かれた武具室や、騒ぎを起こした者を一時的に収容する留置部屋へと続いている。

 さらに二階には複数の仮眠室や会議室、所長の部屋まで備えられていていた。


 加えて昔は狭いながらも訓練施設や食堂などもあったという話だけれど、現在では民間に払い下げられて、我が国でも有数の商会の持ち物となっている。

 閑話休題。


 訪ねて来ていたのは中肉中背の中年の男性だった。見かけたことのない顔だったので、この周辺に住んでいる人ではないだろう。

 そういえば身に着けている服装もこの王都ではあまり見かけない珍しい装飾が(ほどこ)されている。

 恐らくは行商人か何かで、旅の途中にこの王都へと立ち寄ったのだと思われた。


 詳しい話を聞きたいところなのだけれど、先輩に遭遇したことですっかり委縮してしまっていた。

 先輩は騎士になるのが子どもの頃からの夢だそうで、そのために色々と頑張っている。しかし、その努力の方向性がどうにもズレていて、例えば「騎士には威厳が必要だ」とか言って常に仏頂面でいたりするのだ。

 そのため、現在机を挟んでボクの向かいに座っている彼のように初対面の相手を怯えさせてしまうことがしばしばあるのだった。

 本当は心根が優しくて親切ないい人なのにもったいない話である。


 ともかく事情を聴くより前に、まずはリラックスしてもらう必要がありそうだ。何か男性の気持ちをほぐすための糸口はないものか。

 僕は灰色の脳細胞をフル稼働させて会話の材料を探し始めた。


 衣装や顔、体形など観察眼によって得られる情報からは……、ダメだ。使えそうもない。珍しい服の装飾ばかりが目についてしまう。

 話しをするだけならばそれでもいいが、珍しいということは疎外感を持ったり与えたりすることにもなるので、かえって緊張させてしまうことになるかもしれないのだ。


 この場合の話題としては彼と僕が仲間意識を持てるような、共通項目であることが望ましい。

 そんな訳で題材を探しに、男性についての記憶の旅へ。とはいっても彼と会ったのがつい先程のことだからほんの少しだけの小旅行となる。


 ……ふむ。これが使えるかな?


「あの、もしかして隣国のフッタンド出身の方ではありませんか?」

「え?あ、確かに私はフッタンドの生まれですが、どうしてそれを?」


 おお!当たった。おっといけない、突然言い当てられたことで男性が戸惑っている。


「どことなくあちらの訛りを感じたものですから」

「できるだけ治すようにしてきたのですが……。それほどお聞き苦しいでしょうか?」


 フッタンドは僕たちが住むこのバインデコ王国の北西にある国だ。エルフやドワーフ、そして獣人といった人間以外の種族も多く暮らしているため、挨拶などのいくつかの言葉に独特の訛りができてしまっているらしい。

 まれにその訛りを嫌がる人もいるので、外交官や商人など他国へと赴く機会がある人たちは訛りを矯正するようにしているそうだ。


「いえいえ。多分ほとんどの人が指摘されたところで気が付かないと思います。僕は親族にフットスタンとの境に近い町の出身の者がいて、幼い頃は何度か足を運んだことがあったのでそんな気がしたんですよ」

「そういう事ですか。失礼でなければどこの町かお聞きしても構いませんでしょうか?」

「フォツリという町ですけど、ご存知ですか?」

「おお!フォツリは隣なのでよく行き来しておりますよ」

「そうですか。そうなると拠点にしているのはウーオーリーでしょうか?」


 ウーオーリーは国境間際にある町で、さらに街道沿いにあるためフッタンドからの玄関口の役割を持つ町でもある。

 余談だけど国境警備部隊の拠点や、国境を超えるための通行証の発行などを行っている王国の直轄機関も置かれていて、国内有数の重要な都市でもある。


「なんと!正解です。どうしてお分かりになられたのですか?」

「フォツリの周囲には町よりも村の方が多いですから。それにフッタンド出身であるという話でしたので、それならば交易のしやすいあの町かな、と思っただけですよ」

「いや、お見逸れしました。おっしゃる通り、ウーオーリーならばフッタンドの少々珍しい品でも手に入れることができます。例えばこの服の装飾はエルフのとある一族に伝わる伝統的な文様に手を加えたものになります。私はそうした品々をウーオーリー周辺の町や村に売り歩くことを生業にさせて頂いているのです」


 簡単に言っているが、直接的であれ間接的であれ、他国の商品を取り扱うということは即ちこの国の金が流出することと同義でもあるため、誰にでもできるというものではない。

 実はこの男性、かなりやり手の商人なのかもしれない。


 さて、随分と心の方もほぐれてきたようだし、大まかにだけど人となりも見ることができた。そろそろ本題へと入るとしようか。


「ところで、この詰所にどんな御用があったのですか?」

「そうでした、そうでした!実は少し困ったことになってしまいまして……」




 男性、ポメイトスさんの話によると、彼はつい先日に所用でこの王都までやって来たのだそうだ。

 そこで久しぶりに会った知人に連れられて、この旧市街区にある酒場へと足を運ぶことになった。ところがその知人が急用とやらで酒場から出て行ってしまったのだそうだ。


「置き去りにされてしまったのですか?」

「結果的に言えばそうなります。ただ、あの時は私もかなり酔っていて、止めるどころか早く行くように急かしてしまったので、彼に責任を負わせる訳にはいきません」


 その後しばらく待ってはみたものの、戻ってくる気配がなかったのでポメイトスさんも帰ることにしたのだそうだ。


「支払い自体はいつの間にかあいつが済ませていたようで、特に問題もなく店を出たのです」


 むしろその後の方が問題だった。ポメイトスさんが王都に来たのは初めてのことであり、当然土地勘などない。そんなことさえ忘れるほど酔ってしまっていた彼は、足の向くまま気の向くままに歩き回ってしまった。

 そして気が付けばどちらに向かえばいいのかさっぱり分からなくなってしまっていたのだとか。


「帰りもあいつがいればなんとでもなると思っていましたし、何より久しぶりに会ったということで行きの道中も話が弾んでしまっていまして……」


 泊まる宿が新市街にあるということは覚えていたようだが、残念ながらそれだけでは進むべき方角すら確定できない。

 それというのも、この王都は茹で卵を縦に半分に割った断面のような形となっているからだ。黄身に当たる部分が僕たちのいる旧市街区で、その周りを囲む白身の部分が全て新市街となっている。


 どうしてこのような不思議な形になっているのかというと、旧市街区にある元王城が王立の騎士学校と魔法学校、並びにその宿舎として使用されているからだ。

 手狭になってきた王都を広げ、王城を移転させることが決まった時点でこの計画は既に存在していたという話だ。


 そしてこの二つの王立学校には貴族の子弟も多く通うことになり、さらには友好関係にある他国の王侯貴族の留学を受け入れることにもなっていた。

 そのため、安全を十二分に確保するという名目で新市街は旧市街区をぐるりと取り囲むようにして造られることになったのだった。

 実はそれは表向きのことで、本当は学校に集められた貴族の子弟が逃げられないようにするためだ、などと言う説もあったりするのだが、今は関係ないので割愛しよう。


「それは災難でしたね。だけど、宿の名前くらいは憶えていたのでは?」

「それが、宿の手配もその知人が行ってくれていまして。宿にはあいつと一緒に行って、荷物だけを置いてすぐに出てきてしまったんです。用心のために宿の名と地区名を書いた木切れを財布に入れておいたのですが……」

「その財布をなくしてしまっていた?」

「はい。気付いたのは酒場から出て歩き回った後のことでした。焦って走り回ったのですが、結局その酒場を見つけることはできず、いつの間にかこの詰所の近くにある広場に置かれた長椅子の上で横になっていたようです」


 夏が近い時季で良かった。これが冬場だったなら最悪凍死、運が良くても風邪をひくことになってしまっていただろう。

 そして目が覚めたらこの詰所があるのが見えたので、恥を忍んで訪ねて来た、ということだった。


「事件の匂いがするな!」

「うわっ!?」


 突然の大声にポメイトスさんと揃って大きな声を出してしまった。


「せ、先輩、何ですかいきなり!驚いたじゃないですか!」

「見知らぬ町に置き去りな上に、宿を記した木切れの入った財布までなくなっている。これを事件と呼ばずになんとする!」


 僕の苦情もどこ吹く風といった様子で、先輩は腕を組んで仁王立ちしていた。


「その知人とやら信用できるのか?急用だというのも本当の事だか怪しいものだ」

「いえ、それは大丈夫です。急用だというのも間違いありません」

「どうしてそこまで言い切れるのですか?」

「実はその用というのは、あいつの奥さんが急に産気づいたので急いで戻ってくるようにという連絡だったのです」


 予定日にはまだ日数があったので男二人で飲みに出かけた訳だが、一応行き先を告げていたのですぐに連絡が付いたのだとか。

 その呼びに来た相手というのも産婆さんのお弟子の一人だったそうだ。バインデコ王国では産院や産婆を名乗るには国の許可が必要なので、疑う余地はない。


「この度私が王都に来たのも、あいつからもうすぐ子どもが生まれそうだという手紙をもらったからでして。長らく会っていなかったので、この機に祝いの品でも渡そうとやって来たのです。まあ、新しい販路が開けないかという期待もありはしましたが」


 ポメイトスさんの知人は間違いなくシロだな。そして以上のことから限りなく事件性は低くなったともいえる。


「残念でしたね、先輩。これは酒酔いからくるただの紛失事故ということになりそうです」

「むう……」


 悔しそうに唸っているが、先輩だって別に事件が起きて欲しかった訳じゃない。ただ、騎士になるための訓練その一――先輩談――である推理が見事に空回りしてしまったことが残念なだけである。


「そういえば、その知人の方はこの王都で何をされているんですか?」

「ああ、申し訳ありません。気が動転してしまっていて、そんな大事なことも伝え忘れていました。新市街の方で『ウリンス商会』という小さな個人商店をやっている男です」

「先輩、知っていますか?」

「どこかで見かけた気はするが……、すまない。はっきりとは思い出せないな」


 これまた騎士になる訓練として非番の日には王都中を歩き回っている先輩ですら思い出せないとなると、かなり小さな店なのかもしれない。


「拾得物として財布が届けられているかもしれないし、そのウリンスという人が捜索願を出しているかもしれない。もう少ししたら所長たちも帰ってくるだろうから、見回りも兼ねて一緒によその詰所を回ってみたらどうだ?」

「案外その方が早いかもしれないですね。それじゃあポメイトスさん、とりあえず先に紛失事故として調書を作っておきましょうか」

「ご面倒をおかけします」


 先程聞いた話を改めて調書――正確にはその下書きとする黒板。安くなってきたとはいえ、紙はまだまだ高価なのだ――へと書き記していく。

 その際改めて気になる部分を確認していったのだが、やはり問題解決に結びつくような新発見が出てくることはなかったのだった。




 しばらくすると、衛兵隊の定例会議に出ていた所長を始め、管轄内の見回りをしていた同僚たちが続々と戻って来た。

 もしかするとポメイトスさんのことが話題に出ていたかもしれないと淡い期待を抱いたけど、残念ながらそうした話は一切なかったそうだ。やはり彼が連れて行かれたのは、同じ旧市街区ではあっても僕たちの詰所の管轄外にある酒場のようだ。


 そうこうしている間に、太陽は天の高い位置へと昇っていた。表の中央広場からは屋台のものだろう、肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきている。


 事態が進展したのは、本日の早番だった先輩の腹の虫が動き出したちょうどその時だった。

 その人物はどたどたと駆け込んで来たかと思うと、


「旦那様!こちらに旦那様がご厄介になってはいませんでしょうか!?」


 と叫んだのだった。


「ミーチェス!?どうしてお前がここに!?」


 そしてその人物を見てポメイトスさんも驚きの声を上げたのだった。


「良かった……。いつまで経っても宿に帰って来ないので心配したよ」

「それは、すまないことをしたな」

「いえ。私は構わないのですが、ウリンス様が責任を感じておられていまして……」


 その言葉を聞いて、ポメイトスさんが慌てて立ち上がる・


「それはまずい!急いで謝りに行かなくては!」

「ちょ、ちょっと待ってください、ポメイトスさん!急ぎたいのは分かりますが、相談を受けたからには、すぐにさようならとはいきませんよ!」


 僕が懸命に引き留めている間に、同僚たちが何事かと顔をのぞかせていたのだけれど、事件が起きた訳ではないと分かり、すぐに奥へと引き返していた。

 二人の関係はともかく知り合いであることに間違いはないようだ。だからといって僕一人に任せて全員いなくなってしまうというのはどうなのだろうか?


「しかし……」

「安心してください、別に拘束したりするつもりはありませんから。事の顛末を確認する必要があるので滞在場所とその期間を教えてください。あ、もちろん直接報告しに来てくれても構いませんよ」

「あ、ああ。……申し訳ありません。知人に迷惑をかけていたと分かり取り乱してしまいました。ミーチェス、宿泊先の名を」

「はい。この度は私どもの不手際でご面倒をおかけしました。私たちが滞在している宿は新市街の『月華の輝き亭』でございます」


 ポメイトスさんの宿泊先はなんと王都でも老舗の最高級の宿――ただし旧市街区にある本館『月華の灯亭』の方が建物などにも歴史があるということで、貴族などはそちらを使用することが一般的だ――だった。


「随分と格式が高い所に滞在されているんですね……」


 ちなみに、その後彼らが飲みに行った酒場の方はごくごくありふれた一般的な格の店である。


「私としては分不相応に感じてしまうのですが、なにぶんあらかじめ手配をしてくれていたものですから……」


 まあ、断る方が失礼に当たるだろう。


「しかし、そんな宿に僕のような衛兵がのこのこと顔を出すとあちこちに迷惑が掛かりそうですね……。ウリンスさんでしたか?彼に会って一段落したら、ご足労ですけどもこちらまで報告に来て頂けますか?明日、もしくは明後日でも構いませんので」


 財布の方は相変わらず行方不明なままなので、こちらとしてはその調査をする期間が必要となるからだ。


「分かりました。引き続きよろしくお願いいたします」

「もしも僕がいなくても誰かが対応するように申し送りはしておきますので、時間は気にせずに来てください」


 最後にポメイトスさんはミーチェスさんと一緒に深く頭を下げた後、いそいそと立ち去って行ったのだった。


 ふう……。

 さて、予想外の流れではあったが、いつまでも呆けてはいられない。所長にこれまでの経緯を報告して、財布探しに出かける許可をもらわなければ。

 僕は下書き用の黒板を急いで書き上げると、二階にある所長室へと向かったのだった。




 ポメイトスさんがミーチェスさんを伴って再びこの詰所にやって来たのはそれから二日後のことだった。


「失礼します。先日お世話になったポメイトスというものですがあ!?」

「ああ、ポメイトスさん。どうもお久しぶり……、と言うほど時間が経っている訳ではありませんでしたね」


 僕が顔を出すとやたらと驚いていたが。


「はあ。……あの、随分とお疲れのようですが大丈夫なのですか?」


 ううむ、どうやらかなり酷い顔になっているようだ。一部の先輩や同僚たちも同じような顔になっていたので気が付かなかった。


「ええと、まあ、色々とありまして。立ち話もなんですし、奥へどうぞ。お茶も菓子も出ませんけれど」


 彼にも関わりがあるといえないことはない事柄だったし。奥の部屋を潜り抜けてさらに詰所の奥、階段を上がって会議室の一つへと案内する。


「すみませんね、部外者に聞かれてしまうと少しまずいもので。とりあえず席にどうぞ」


 困惑している二人に座るように促す。


「それを私たちがお聞きしても構わないのですかな?」

「その前に一つ確認させてください。ポメイトスさん、あなたはウーオーリーを拠点に活動されている『ポメイト商会』の会長で間違いありませんか?」

「ええ。その通りですが……」


 やっぱりかー。できればそういう大事なことは最初に言っておいて欲しかった。まあ、いまさらの話か。

 それに彼の名前からそのことに思い至らなかった僕にも落ち度はある。なにせ、ポメイトスと『ポメイト商会』だものなあ。


「……もしや、私が詳しいことを話さなかったので何か問題でも起きてしまったのでしょうか?」

「直接的には関係がないのですけど、あなたの財布を拾った連中の一人がそれに気付いて強請るか集るかしようと企んでいました」


 財布が落ちていたのはポメイトスさんたちが飲んでいたという酒場から数十メートルほど離れた路上だったそうだ。

 あくまで拾ったと主張しているが、はてさて本当はどうなのかは分かったものではない、というのは先輩の談だ。方向違いの推理が先輩の十八番ではあるけれど、今回ばかりはあながち見当外れとは言い切れないものがあった。


 それというのもその一団の中に、国内でも大手の商会の元従業員や元行商人の経歴を持つ人間が複数含まれていたからだ。

 『ポメイト商会』は規模だけでいえば精々が中堅程度だ。しかしフッタンドとの独自の交易ルートを持ち、国内の北西地域では領主である貴族たちとの付き合いも深く、御用達商人の地位を確立している。


 今回の件は、その地位を掠め取ろうと虎視眈々と狙っているどこかの商会の仕業ではないかとも考えられるのだ。

 そして、そんなことを画策できるとなるとそこそこに大きな商会であり、その背後には懇意にしている貴族の存在があるかもしれないのだった。


「まあ、そんな訳で大っぴらに動き回る訳にもいかず、僕を含めた少数があちこちと走り回っていたんですよ」


 しかも残念ながら芳しい成果は得られていない。あちらとしては今回の件は上手くいけば儲けものくらいで、小手調べの側面もあったのかもしれない。


「そんな大げさなことになっていたのですか……。そうなると、私が王都に来ることも知られていたのでしょうか?」

「はっきりとしたことは言えませんが、その可能性もあるかと」


 知人のウリンスさんだったか、その人とは手紙でやり取りをしていたというから、それを盗み見られたりして行動を知られていたかもしれない。まあ、先輩の推理なのでどこまでが正解なのかは分からないけれど。

 ポメイトスさんたちは自分たちの情報が筒抜けになっていたのかもしれないと青ざめていた。


「一応確認の意味も込めて聞いておきますが、こんなことをしでかすような相手に心当たりはありますか?」


 僕の質問にポメイトスさんはゆるゆると首を横に振る。


「地元でライバル関係にある商家や商会はいくつかありますが、王都でとなると見当もつきません」

「我々商人は同格である横の繋がりを公言することはあっても、師弟関係を含めた縦の繋がりは秘密にすることが多いのです」


 どうしても手腕などに似通った点が現れてしまうため、そこから次の手を類推されてしまうのだとか。中にはそうした点を上手く使って相手をかく乱させる者もいるらしい。


 しかし、そうなると財布を拾ったやつらの方から探っていくしかないか。

 ……妨害とかが怒らないといいけれど。

 と、不謹慎なことを考えたのが良くなかったのか、バタンと大きな音を立てて扉が開いたかと思うと、血相を変えた先輩が飛び込んできたのだった。


「……悪い話ですか?」


 心の底から湧き上がってくる嫌な予感を顔に出さないように、努めて冷静を装いながら荒く息を吐く先輩に尋ねた。


「例のやつらがアジトに使っていた建物が、燃えているそうだ……」




 旧市街区東南部のスラムで起きたその火事は周囲の建物数胸を巻き込んだ大火災となり、丸一日以上燃え続けることになった。ほぼ燃え尽きてしまったことから出火元は特定できなかったという。

 さらに焼け跡からは複数の遺体が発見されたが、こちらも損傷が激しく個人を特定することはできなかった。

 ただ、その日以降あの連中の姿を見かけたものはいない。


「結局、見事に口封じをされてしまったな」

「ですね……。裏にいたのは一体どこの貴族様なのやら」


 ポメイトスさんの一件の報告書をせっせと書きながら先輩の呟きに返す。


「貴族だけとも言い切れないのが怖いどころだがな」

「…………」


 あの火事をきっかけにスラムは解体されることになった。しかもその総指揮を執るのは王族の誰かだという話なのであった。


 ポメイトスさんと部下のミーチェスさんは用事が終わったこともあり、昨日の時点で早々にウーオーリーへと帰って行った。知人のお祝いに訪れただけだったのに思わぬ事態になったものだ。

 ただ、自分たちの座を狙っている者がいると認識できたことは利点だったのだろう。別れ際に、


「今回の借りは次回王都へ来る時に熨斗を付けて返してやることにしますよ。そのためにまず足場を盤石なものにしなくては」


 と意気込んでいたので、再開の日は案外近いのかもしれない。


 報告書を書き終えて、ぐっと背筋を伸ばす。


 僕の方もポメイトスさんの件を担当したことで同僚からは衛兵の一人として扱われるようになった。この調子で町の人たちからも一人前の衛兵として頼りにされるように頑張っていきたいと思う。

 そのためにも一つずつできることをやって、一つずつできることを増やしていこう。


「それじゃあ先輩、見回りに行ってきます!」


 僕は勢いよく詰所前の中央広場へと飛び出して行くのだった。


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