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9、花好きのガイコツさん

 日も沈み、閉店の看板を下げ終えた頃、店のドアを叩く音がした。

 ちょうどディーが帰ってすぐの事だったので、私はどうせあのうっかり者が忘れ物をしたのだろうと思い、何も考えずに扉を開けた。


 扉の前に立っていたのはフードを深くかぶったガイコツだった。

 人の中では小柄だと認めている私よりも、更に小さい。

 ただ小さいからと言って、店の前に見知らぬガイコツが立っていれば驚くのが普通である。

 そういうわけで、驚き固まっている私の前で、ガイコツがぺこりと頭を下げた。


「い、いらっしゃいませ?」


 通常であれば、営業時間外にお客さんを店にはいれない。

 しかしどういう事か。

 すーっと音も無く中に入ってきた存在を追い払うわけにもいかず、店の中をさまよう小さなガイコツを、私は持て余していた。


 こんな時にディーがいれば、衛兵仕込みの何かで対処してくれるのかもしれないけれど、今日はもう帰ってしまった。お呼び出しできれば良かったのだけれど、彼の住所や街術番号、それどころか名字さえもすでに怪しい。

 くだんのガイコツは、時薔薇が入っていたバケツの前をウロチョロとさまよっている。


 おお、ガイコツよ。お前もか。お前もそれなのか。


 言葉はなくとも、先ほど同じような行動をとったお客様を見たばかりである。私は目元を覆った。


「時薔薇が欲しいんですか?」


 私の言葉に、思った以上にガイコツが反応した。頸椎がネジきれるのではないかという速度でこちらを向くと、ふわふわと上下に浮遊する。


「ちょっと待っていてくださいね」

 

 私は奥から半分ほどトゲ取りの終わった時薔薇を一本持ってくると、トゲを取りはじめた。

 カウンターの横に休憩テーブルを持ってきておいて本当によかった。知り合いを招き入れてお茶を飲んで良し、ラッピング作業をして良し、細かい作業をする時にも便利だ。


 ガイコツはトゲが取れていく様子を興味深そうに見ていたが、ハッとした様子でフードの中から文字の書かれたボードを取り出した。

 ウィジャ盤、だったか。単語の書かれた文字を丸いルーペのような器具を使ってなぞると、空中に文章が浮かび上がる仕組みだ。言葉を話せない人や、アンデッドなんかが意志疎通のためによく使うと聞く。


『ご、め、ん』


 最初に浮かび上がったのは謝罪の文字だった。心当たりが多すぎるので首を傾げると、ガイコツは暗い眼孔を再びウィジャ盤に向けた。


『ワタシ、墓、バラ、とった』


 とった、という文字が盗ったという意味なのか取ったという意味をさしているのかは分からないけれど、恐らく、このガイコツがエミリオさんの供えた時薔薇をとったという墓守なのだろう。なら、これだけは聞いておかないといけない。


「それはエミリオさんたちに、悪意をむけるため、やったことなの?」


 少しだけ怒りをこめて睨みつけると、ガイコツは首の骨が分断しそうな勢いで首を横に振った。そして『いいえ』と書かれた文字を何度も指さす。


『かりるだけ、おもた。しりたい。花、どこ、あるのか』


 ゆっくりと文字が浮かび上がる。ずいぶんと時間のかかる会話だけれど、通じるだけマシなのかもしれない。


『花屋。はな、たくさん。同じもの、あるかもしれない。ワタシ、持って行った。見せた。でも、だめ。おんなのひと、もっていった』


 焦っているのか、次第に文字にアラが目立つようになった。


「つまり、これと同じものが欲しいって花屋に聞いたら、勘違いした花屋さんに花を持って行かれちゃったってこと?」


 ガイコツは『はい』を示しながら、何度も首を縦に振る。残像で顔が三つくらいに見えて来た。墓守のガイコツが花を盗んだのは、どうやらわざとではなさそうだ。不幸なすれ違いが重なった結果だろう。

 

「そんなに時薔薇が好きなの……って、ああ、私が悪かったからそんなに首振らないで。取れちゃうよ」

 

 興奮しきったガイコツからは『トゲなし』『スゴイ』『クララの墓のひと』『おそわった』『ここ』『きた』『きれい』『きちょう』『びっくり』などの支離滅裂な文字が飛んでくる。

 トゲ取りなんて、うちの村では誰でも普通にやっていることなので、そんなに持ち上げないで欲しい。あと、クララの墓の人って誰だ。


 ただ、褒められて悪い気はしない。時薔薇を栽培しているのは土蜘蛛のヤッさんだ。隠居したら薔薇を育てると、ローワンフォードに越して来た。

 老後の趣味で終わるかと思いきや、あっというまに村一番の時薔薇栽培農家になってしまった。

「知らん! ワシは薔薇を育てとるだけじゃ! 持って行きたきゃ勝手に持って行け!」と捻くれたことを言っているものの、見渡す限りバラ尽くしというメルヘンな世界に、金色の蝶が飛び回り、その隙間から麦わら帽子をかぶった頑固爺さん蜘蛛の頭がぴょこぴょこ跳ねている光景は見ていて和む。


 うちの村に来たら、バラが沢山見られるんだけどね。言うのは簡単だけど、相手が墓守なら難しい。

 墓守が墓地から出る事はない。年に数度、許可をもらった日以外、出る事を認められていないのだ。

 墓守とは元罪人だったり、何かのきっかけに蘇ったガイコツさんみたいな理性のあるアンデッドだったり。けれど人権が認められていないから、町の外で見かけたら討伐対象になってしまう。


「よし、できた」


 ならせめてと、トゲの取り終ったバラにリボンをつけて渡してあげる。ガイコツさんは嬉しそうに両手で時薔薇を抱くと、フードの下からジャラジャラとたくさんの小銭を落とした。


 ちゃりん、ちゃりんと小銭を落としながら上機嫌でガイコツさんは店から出ていく。

 お金が足りるのか足りないのかはともかく。あのガイコツさん、花以外のことを考えていないっていうのは、よく分かった。


 

□□□


「帰ったぞーう」

「エミリオ様、復帰初日から失踪とはどういうつもりですか!?」


 王都一番街『ヴァルトロメイ・ル・ヴィ』、王室御用達のヴェルヴェットパープル紋章を掲げた店先にふらりと現れた茶髪の男は小指の先で耳に蓋をした。

 青筋を立てる制服姿の女性はいかにも茶色を基調とした店に合っていて、編み込んだレンガ色の髪ごと壁に溶け込んでしまいそうだ。

 

「そう怒るなよ。ケイシー。はい、お土産」

「お土産って」


 ケイシーと呼ばれた女性は手渡された一輪の赤い薔薇に目を丸くした。

 親子二代、揃って非凡なる才を発揮し、王室御用達まで上り詰めた茶問屋『ヴァルトロメイ・ル・ヴィ』の社長兼調合士、エミリオ・ヴァルトロメオ。彼が愛妻家であったのは誰もが知るところであり、それは妻クララが亡きあともそうであると断言できた。

 クララの葬儀が終わってからのエミリオは魂の抜け柄も同然であり、ここ一年という間、彼は生きた屍と化していた。それがどういうことか、今朝現れたかと思えば仕事に復帰すると言い出したのだ。


 従業員一同、エミリオの復帰を喜んだ。しかし中には、急激な振るまいの変化に戸惑うものもいた。ケイシーもその一人だった。妻以外の女性に薔薇を手渡すなどという気障な振る舞い、エミリオらしくない。

 何を企んでいるのだと伺うケイシーに、エミリオは以前と変わらぬ明るい笑顔を向けた。


「キレーだろ、その時薔薇。一番良いガラスケースに入れて、目立つように飾っておいてくれ。ああ、リボンは外すなよ。ローワンフォードって文字も見えるようにな」


 はぁと曖昧な顔をしてケイシーは薔薇を手に店の奥へと去って行く。その後ろ姿を見ながら、エミリオは満足そうに髭をさすった。


「いやーっ、はっは。俺の店を広告代わりに使うとは、悪い嬢ちゃん坊ちゃんがただ!」


 アンやディーがその場にいたのなら「勝手にそっちがやったんでしょう!?」と言っただろう。

 しかし残念ながら居なかったので、王都一等地に建つ高級茶店の軒先に時薔薇が飾られたことに気づかなかった。



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