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8、ティーブレンダーのため息

「包装は」

「いりませんっ、そのまま全部ください!」


 身を乗り出しながら女性は言う。

 全部とは豪気なことだ。挨拶に出ていこうかな。いや、店長が目の前でにょきにょき生えたらお客さんが逃げるかもしれない。


「それではニ十本。合計で金貨一枚となりますが、よろしいでしょうか」

「はいっ」


 金貨一枚をぽんっと出したお嬢さんは時薔薇の花束を奪い取り、鼻息荒く去ってしまった。滞在時間は二分にも満たないだろう。あっさり置かれた金貨がカウンターの上でキラリと輝く。


「嵐のように来て、去ったね」

「ですねー」

「凄い剣幕だったな」

 

 カウンターから顔を半分だけ出してみるも、すでに影も形もない。空になったバケツだけが、時薔薇の名残だ。そしてもう一つ、嵐の名残が。ディーとは違う軽めの男性の声が会話に交じっている。


「よっ、お二人さん。昨日は世話になったな。取り込み中だったから、勝手に邪魔してるぜ」


 片手を上げて気さくに挨拶をしてくるジャケットの男性。ちらほら生えた無精髭とブラウンヘア。垂れた目が印象的な、中々の色男だ。


「い、いらっしゃいませー」


 どうしたことでしょう。

 きのう時薔薇を購入したお客さんの目が、蘇っている。


□□□


「昨日はありがとな。嫁さんも天国でよろこんでるよ」

「それは良かった」


 キッチンでお茶を淹れ、カウンター横の簡易休憩所でお茶を飲む。すっかりくつろぎの姿勢を見せている昨日のお客さんは、軽く胸に手を当てて敬意をあらわした。


「とりあえず自己紹介だ。俺の名はエミリオ。一番街で茶の調合士ブレンダーをやっている」

「アンです」

「ディーです」


 調合士。茶葉を混ぜてブランド品のお茶や様々な味のお茶を作る人だ。それ以上のことは知らない。

 キッチンにあった茶葉で淹れたけれど、本職の口に合うだろうか。「うわ、マズ」なんて言われるかもしれない。


 勝手にふるえあがるこちらの心情などお構い無しに、エミリオと名乗った男性はティーカップに口をつけていた。


 ボサボサだった髪はまとめられ、服装にも清潔感がある。一番街に出店できるような高級店で働いているなら、昨日感じた金持ちの若旦那という印象はあながち外れていなかったことになる。

 嫁さんも、と微笑みながら言う今日の彼に死相は見えない。あの後、色々とふっきれたようだ。良かった良かった。


「それで、俺が今日来たのは昨日の礼と、忠告にだな」


 いつまでたっても私たちが茶を飲んでいるので、エミリオさんは自分で口火をきるはめになった。


「実は、嫁さんの墓に供えたバラが消えちまっててな」


 口に含んだ紅茶を吐き出さなかったのは奇跡だ。

 まぁ、落ち着けとなだめたのはエミリオさん本人だった。


「墓守りの仕業だ。知ってるだろう、墓の掃除や管理をする代わりに、供え物や花を、腐る前に回収して食ったり売ったりして生計を立てている奴らだよ。そんで、その中の一人がトゲの無い時薔薇を『メリー・ベリー・ハニー』っつう、でかい花屋の所に持って行ったらしいんだ。あれ、時薔薇の中でも相当珍しいもんなんだって? 俺も言われて初めて知ったよ。それで、厄介事になる前に知らせようと思ったんだが一足遅かったようだな」


 そう言って、エミリオさんは苦笑いを浮かべた。

 なんだ、ただの善い人か。

 普通、墓守はすぐに供え物を回収しない。一目でうちの時薔薇を良品と見抜いたのなら、その眼力は称賛に値する。だが許すとは言っていない。


「ああ、それで『メリー・ベリー・ハニー』の社長秘書、ゼイ・マードック女史がまとめ買いされたんですね」


 お茶請けと称してポテポテ君なる駄菓子を出したディーがさらりと言った。袋にマンドラゴラ味って書いてあるけれど、それ、口に入れても大丈夫なんだろうか。

 とにかく私とエミリオさんは同時にぎょっとした。


「なん、なんで客の名前を知ってんだ。お前さん」

「俺、税金処理の関係で、何度か彼女とお会いしているんですよ。兜をかぶっていたので、向こうは気づかない様子でしたが」


 そういえば衛兵だったっけ。普段は鎧姿だから、買って行ったゼイさんは店番がディーだと気がつかなかったのか。


「こいつが衛兵? 何で衛兵が雑貨店なんかで働いているんだ」


 エミリオさんが眉と声を顰めながら、私に聞く。それはね、話せば短いんですよ。


「彼、間違えてこの店に接収勧告を貼ってしまいまして。謹慎処分をくらっているあいだ、罰として店番を手伝ってもらってるんです」

「へぇ、そりゃあ災難だったな」


 お恥ずかしいとディーは首をすくめ、エミリオさんは私に同情的な視線を向けた。


「まとめて買ってもらった時は嬉しかったけど、花屋に買われたなら転売される可能性が高いわね。それはさておき」

「嬢ちゃん、それはもっと気にしていいことだぜ」


 エミリオさんは言うが、いつまでも、暗い事を考えても仕方ない。どういう形であれ、今日は売れたのだから喜ばしいことだ。

 私は奥からトゲ取りの終わった時薔薇を一本出し白いリボンを巻きつけエミリオさんに渡した。


「はいっ、今度は持って行かれないように、気をつけてくださいね」


 驚いたエミリオさんが目を丸くする。


「時薔薇は全部売ったんじゃあないのかい」

「店に出ている分は、全て売りましたよ。先程の剣幕に押されて、在庫のことを忘れていただけです」


 ディーが穏やかに言う。


「時薔薇は『毎日見ても、見飽きない』『長く保つほど良い品質』がキャッチフレーズですから。奥さんも一日しか見られないなんて勿体ないです。商売人としては失格かもしれませんが、どうにも、個人的にモヤモヤするので受け取ってください」


「気を使ったつもりが、逆に気を使われちまったなぁ。賄賂としてありがたく受け取っておこうか」


 手ぶらじゃ悪いと乾燥したハーブの束やスパイスをいくつか買いこんだエミリオさんは、白いリボンの結ばれた時薔薇を片手に昨日とはまるで違う足取りで店を出て行った。


「私たち、サービスし過ぎかしら」

「どうでしょう。こういうの、俺は好きですけれど」

「女の子に向かって軽々しく好きなんて言ったら誤解するわよ。気をつけて」

「えっ、あっ! それ、ごご、誤解し」


 チリンとベルが鳴って、一人のお客さんがやってきた。昼前に来た、三人組の一人だ。「私、こういうの興味ないから」と突っ張っていたけれど、一番長い間、時薔薇の前をウロウロしていた子だ。


 青い髪を切りそろえた彼女は空になったバケツを見てうろたえた後、決心したようにカウンターまでやって来た。ぶっきらぼうを装ってはいるけれど、ハラハラしているのが目に見えるようだ。


「あ、あそこにあった薔薇。もう売れちゃったの」

「いえ、ありますよ。奥から取ってきますね」

「っ、早くしてよ。ちょっと焦ったじゃない」


 一瞬だけ満面の笑みになった彼女は、慌てたように仏頂面を再現する。


「こちらでよろしいでしょうか」

「それでいいから」


 彼女は財布から中銀貨を大切に取り出すと、赤い時薔薇を受け取った。


「あんがと」


 それだけ言って、店から飛び出して行ってしまう。誰かにプレゼントとしてあげるのだろうか。


「こういうお買い上げで売れたら一番嬉しいんだけどね。ところで、ディー君、さっき何か言いかけなかった?」

「いえ、大したことではなかったので……」


 今日も売り上げのほとんどが時薔薇である。どういうことだ。また明日からプチプチ棘取りコースなのだろうか。



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