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6、挙動不審なお客様

「午後からお客さんが来るかもしれませんねっ。アンさん」


 うきうきとした声で立ち上がった鎧が、表の看板を裏返した。


「そうですね……ディーさん……」


 一方で私は暗い。看板、次からは気をつけよう。

 いつまでも衛兵さんと呼ぶのも戸惑われるので、相手に合わせて「ディーさん」と呼ぶことにした。呼ばれた相手も驚いたようだったが、何も言わないので、このままディーさんでいいのだろう。心の中では呼び捨てだ。


 落ち込んだときは別のことを考えるに限る。ガチャガチャ鳴る鎧に目を向けた。


「ところでその鎧は脱がないのですか」


 私が尋ねるとディーは即座に首を横に振った。


「俺、目つきが悪いので鎧のままで接客します。何だったら壁際にインテリアとして立ってます」

「お止めよ」


 人工精霊によって店の空調は一定に保たれている。けれど、全身鎧が店内を微動だにせず立っている光景は見ているだけで暑い。何より、中に人が入っていると分かっているだけに怖い以外の感想が浮かばない。


 ディーに隙ができたので後ろに回って兜を引っこ抜く。

 足の運びは悪くないけれど、死角部分が多い。軸がぶれないように足腰もうちょっと鍛えてー、動体視力はいいから反射する速度上げたら結構いい線いくかもー……と母なら言うだろう。うん、母なら。


 引っこ抜いた兜の下には驚いた顔の白い青年がいた。灰色の髪に鋭い灰色の目。顔立ちは整っているのに、くっきりと浮かびあがる目の下のクマが痛々しい。そこで私はようやく相手が頑なに兜を脱がなかった理由を察した。

 白髪白目は北アマヤ地方の人によく見られる特徴だ。昼がほとんどない地方にいて、光を見る器官が退化している。モグラや深海魚の目に近いと言えば分かりやすいだろう。


「あー。確かに見た目と印象は違うかもしれませんけど……目つきが鋭かったり、クマが凄いのは目に入る日光が痛いせいでしょう? 兜で隠してたんですね。ごめんなさい、気がつかなくて。なのでパワーハラスメントで訴えないでください。ロロなら遮光硝子眼鏡サングラス作れるんだろうけど、ここには居ないし。今度頼めばいいか」


 ロロというのは村にいる偏屈なガラス職人だ。引きこもり同士、私とは波長が合いやすい。私の眼鏡も彼女に作ってもらった。作品も繊細だが当人も繊細なので、滅多に人前に出てくることはない。気がつけば、三日ぐらい工房にこもって彫刻カーブをしている。そして倒れている。……大丈夫かな。


「店内に直射日光が入る事はないけれど、眼鏡これ貸してあげます。かけたら随分楽になると思いますよ」


 お気に入りの黒ぶち眼鏡をディーの顔にかけるとクマが目立たなくなった。スタイルの良さと相まって、こう見ると街によくいそうな若い青年だ。かけた瞬間ヒェッと悲鳴をあげられた気もするけれど、聞こえないふりをする。可愛い女子を前に悲鳴をあげるとは失礼な。まぁ、気配なく背後とられたあとに急所かおを触られたら、フツウは悲鳴をあげる。


 見れば顔が赤く染まっていた。ポーカーフェイスと威厳が大切な衛兵にとって分かりやすさは致命的。だけど、雑貨屋に大切なのは愛想と人の良さだ。


「あ、あ。ありがとうございます」


 顔を赤くしたディーの挙動が怪しい。今さらながら、間違ったことをしたのではないかと不安になってきた。

 眼鏡が気に入ったのなら、ロロの遮光硝子眼鏡を紹介しよう。少々値がはる品物だけど、品質はしっかりしているし、目も楽になるはずだ。商売を持ちかけようとしたその時、ちりんとベルが鳴った。


「いっ、いらっしゃいませー!」


 入ってきたのは皺くちゃのジャケットを着た若い男性だった。中肉中背、ブラウンの髪。特にこれといって目立つ特徴はないが「人生に疲れました」と言わんばかりの負のオーラを纏っている。


 私の声にも反応がない。彼は、なぜ雑貨屋などに足を踏み入れたのだろう。毒物危険物を購入しようとしたら、さりげなく止めよう。売った商品で死者なんか出されたら夢見が悪い。


 入ってきた男性客は店内をぐるぐると回っている。けれど、商品などまるで目に入っていない様子だ。もしかしたら、自分が店の中にいることすら気づいていないのかも。


 嫌がらせにしては地味。けれど、普通のお客さんとしては不気味。何度も店内を往復している。食器や写真立ては避け、お香や花といったフレグランス商品の前を何度も通っている。けれど、ハンドクリームや化粧品は避ける。布やレースの前は通る。

 どうやら彷徨い方にも規則性があるようだ。もしかしたら、何か探しているのかもしれない。 


「何かお探しでしょうか」


 ディーが客に声をかける。男性を不審者とみて声をかけたのかもしれない。万が一、男性客が万引きをしようとしていたのなら、それこそ衛兵の出番だ。頼りないと思っていたけれど、さっそく役に立った。

 男性客はうつろな目でディーを見上げた。


「プレゼント、ですか」

「ああ……そう、そうだった」


 男性客の目に、一瞬だけ生気が戻った。

 花や香の前を行ったり来たりしているから、女性へのプレゼントかもしれない。


「アンさん、女性へのプレゼントで、何か良いものはありますか?」


 なぜ、そこで私に話を振る。

 いや、恐らく女性目線での助言を求められているのだ。相手の言葉の断片から、欲するもの、真のニーズを引き出す。それが高度接客カウンセリング販売法。


「時薔薇なんて、いいんじゃないですかね」


 カウンセリングって話を聞いたり、話しかけたりするんでしょ? 無理だわー。荷が重すぎだわー。


 店員としては最低なことを考えながら、私は棘取りの終わった時薔薇を差し出す。

 真っ赤なバラの花は綺麗だし、匂いもいい。何より、さっきプチプチ地道に棘を取ったばかりだ。


「今ならラッピング、無料で承りますよ?」


 ちょうど、微妙な長さのリボンの切れ端や、大きさの不揃いな包み紙が背後に散乱している。片づけるのが面倒なので、ラッピングという名目で少し数を減らしてしまおうか。

 

「じゃあ、それください……」

「ありがとうございますー!」


 さっそくラッピングをしようと意気込む私をディーが止める。


「すいません。包むのは俺がやっても、いいですか?」

「うん、お願い」 


 やる気に水を差すのも無粋だ。会計を代わり、ディーにラッピングを任せた。


 白いリボンを巻き付けた、シンプルな一輪の時薔薇が男性に渡される。

 時薔薇の仕入れ値は一本小銀貨二枚。売値は中銀貨一枚。

 花一輪に対しての値段としては高いが、時薔薇は長持ちするから長く楽しむ事ができる。それに、棘を取るのは非常に面倒な作業なので手間賃を上乗せしている。それを含めてもお買い得品だと思うのだが、この在庫の山はどうしたことか。


「ありがとうございましたー」


 結局、店を出るまで男性はぼんやりしたままだった。買った一輪の時薔薇を落とさないか、ハラハラしながら見送る。


「売れた」

「売れましたねー」

 扉が閉まった瞬間、お互いに顔を見合わせる。

 お客さんは一人、そしてお買い上げも一人。中銀貨一枚。

 初日にしては、なかなかの好成績だ。


「それにしても、ディーさん。どうしてラッピングの紙を使わなかったんですか」

「謝罪する時は飾らずシンプルが一番だと、今日感じたからです。それにしてもアンさん。プレゼント選びが上手いですよね」

「おだてても、ノルマは変わりませんよ」


【本日の収入 中銀貨一枚 時薔薇-1 利益 小銀貨三枚】


「日給で割ると、二人で銀小一半」

「いいんです。売れたことに意義があるんです」


 二人でぷちぷち、時薔薇の棘を落としていく。新聞紙の上に、トゲトゲとした緑の山ができあがっていった。




 結婚指輪をしていたのに、シャツの襟はよれよれ。髪と髭はぼさぼさ。

 着ていた高そうなジャケットは高級洋品店のものだけど、汚れていて、手入れをしたようには見えなかった。あんなひどい恰好なのに、きっとあの人はお金持ちなのに、誰も注意をしなかった。できなかった。聞いてもらえなかった。


 人目をはばかるようにして、誰もいない店に入ってきた。

 女性用のプレゼントを探している。自分でも無意識のうちに、ルーチン化したイベントを実行しようとしている。物が残る写真立てやハンカチを避け、匂いの良い香や花といった失せ物を探す。

 すでに理解しているのだ。認めたくないだけで。それが分かれば自然とプレゼントの行先も想像がつく。


「プレゼント、よろこんでもらえるといいですよね」

「ええ。きっと喜んでもらえます。何といっても時薔薇ですから」






□□□


「クララ、来るのが遅くなって本当にすまなかった」


 あら、あなたが遅刻するなんていつものことじゃない。

 むしろ私、あなたが来た事に驚いてる。


「結婚記念日のことを、忘れていたわけじゃないんだ」


 知ってる。でも、忙しかったから来ることができなかった、なんて言ったら、私、怒るわよ?


「あの日のこと、許してほしい」


 差し出されたのは真紅の時薔薇。花言葉は『永遠にあなたを思う』

 花が咲くのはたった一瞬。けれど摘んだ瞬間、自分の時間を止めて咲き続ける不思議な薔薇。

 飾り気のない白いリボン。不器用なあなたの言葉によく似てる。


 怒って出て行った私を、追いかけなかったあなた。

 あの時、本気で怒っていたわけじゃないの。

 ただ、忙しかったあなたに気にかけて欲しかった。見て欲しかった。それだけだったの。

 わがままなのはお互い様。私たち、肝心な事は何一つ、口に出さなかったんだもの。


 最初から、許しているわ。だから謝罪することなんて何にもない。


「時薔薇だ。いつだったか、見せると言っていたのに」


 昔は貧乏だったから、新婚旅行先は馬車で少しの田舎町。

 何にもないねと一緒に笑いあった。

 宿にからまった時薔薇の木をゆびさして、いつか咲いているところを見せてくれると約束してくれた。

 ちゃんと覚えていてくれたのね。


 いつしかあなたは忙しくなって、家に帰らなくなった。

 無理はしないで、帰って来て、ご飯を食べて。そんな約束は一つも守ってくれなくなった。


 怒鳴るようになった。会話してくれなくなった。私の事を、見なくなった。

 だから寂しかったの。またあの日に戻れたらなって思ったら、悲しくなってしまったの。


 馬車に轢かれたのは私の所為。だからもう、泣かないで。自分を、許してあげて。


「愛しているよ」


 やっと言ってくれた。

 だから私も、やっと素直に言える。

 本当にごめんね、エミリオ。おいていってしまって。

 あなたのこと、愛してた。


 花はいつか枯れる。けれど一輪。墓地に供えられた赤い薔薇の花は、いつまでも燃え続ける鎮魂の炎によく似ていた。


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