5、プラス1の臨時店員
「つまり、昨日の騒ぎはすべてあなたの勘違い?」
今日から一週間、店を手伝います。
聞き違いでなければ、衛兵は開口一番そう言って頭を下げた。地面と一体化しそうな彼を店内に放り投げ、急いでドアを閉める。
こんなところを見られたら、別の誤解が生まれそうだ。あの店は入ったら二度と出られないだとか。あそこの店員は見かけによらず物理特化で客を沈めるとか。そんなこと言われたら、立ち直れない。
謝罪に来た衛兵は、昨日とはがらりと印象が変わっていた。
余計なことばかり言って相手を怒らせるので「単語で会話しろ」と上司に厳命されていたのだと言う。鬼上官だと思うが、衛兵に同情の余地はない。
たった十五分の会話で分かるほど、このディートリヒという衛兵は騙されやすい人間だった。ローワンフォードにもこの種の、素直が服を着て歩いているような人間がごまんといるので、その厳命、もとい忠告は正しいものだと納得する。
「あの後、ジョルジオさんが衛兵所にいらっしゃいました。その時に、アンさんと、お店のことを聞いたんです」
アンさん、と。いきなり名前呼びですぜ。
驚きはしたものの忌避感はない。村の人はみんなその愛称で呼んでくるし、なにより私の周りには人との距離を一足飛びで詰めてくる輩が多かった。
ただ、どうして名前を知っているのかと疑問に思い、すぐにギギ老を思い出す。
「それじゃあ、留守番よろしく。アンちゃん」そう言って別れた彼が衛兵所で「アンちゃん」と言った可能性は高い。
「隊長に事情を説明して、一週間の休みをとりました。ジョルジオさんにも店内に立ち入る許可は頂いています。お願いしますっ。迷惑をかけてしまったお詫びに、俺にも店の仕事を手伝わせてください!」
「はぁ」
店を間違えて接収するなんて。人のうわさが、集客にどれほどの影響を及ぼすのか知らないのか。
用意していた恨み言のネタは、もう言ってしまった。もう少しストックしておくべきだったか。
まっすぐ目をみて「損失分は俺が何とかします」と断言されてしまえば、「ならば良し好きにやれい!」と言いたくなるのが人のさが。
怒りも売り切れたし、何より。これ以上どうやって話を続けたらいいのか分からない。
無言の私に、再度、頭を床に打ち付ける衛兵。床板に穴が開く前に、誰かこの人止めて。
手渡された紙にはギギ老のサインと、手伝いを許可する文言が書かれていた。添えられた衛兵隊長の詫び状も本物。問題を起こした衛兵を一週間の謹慎処分にすると書いてあった。謹慎処分を休みと言える根性は気に入った。
無償で人手が増えるのは嬉しい。むしろウェルカム。カモン。
相手の身元はしっかりしているし、処罰と考えれば遠慮なくこき使える。衛兵だから重い荷物を運ぶ時に手伝ってもらえるかもしれない。それに、休憩する時の交代要員についても、うすうす必要性を感じていた。店番が一人だと、奥に引っ込んでゆっくり昼ごはんを食べるわけにもいかないからだ。
ギギ老が許可をだしたのだから、受け入れることに変わりはない。「はい、そうですか」とすぐに謝罪を受け入れられるほど素直ではない私も、すでに「よろしく」の体制に入っている。
けして、生のドゲザを見られたから満足とか、必死過ぎて怖いからとか、思っていない。
ギギ老に踊らされた気分だ。あの人のことだから、今頃「あとは若いもの同士、仲良くやりなさい」なんて言って親指を立てているかもしれない。文句を言いたくても汽車のなか。一晩話して分かったことだけど、あの人は、確かに、母の知りあいだった。こめかみを叩いて考えをまとめていく。
「休みをとったのに、鎧は返してこなかったんですね」
「あっ」
一週間のまとまった休みが受理されたのは新兵のためなどではなく、彼直属の上司のためかもしれない。いや、きっとそうだ。
「分かりました。先に宣言しておきますが、過酷な一週間になります。私は人使いが荒いです」
「力には自信があります」
衛兵が胸部プレートを叩いた拍子に、飾り金具がガチャガチャ音を立てて鳴った。籠手と肘当てに多少のすり傷が見えるが皮脂による曇りはない。牛革の接合部は摩耗が少ないものの、油を染みこませた濃い色合い。見るからに新兵だけど、全身鎧の手入れの仕方は知っているらしい。
金属や革製品に対する扱いは意外と面倒くさいので、基本的な扱いを知っている方が教えやすい。
「その上、人見知りだし口下手だし王都には昨日来たばかりだし」
「接客は任せてくださいっ」
「……文句ばっかりだし、ひねくれてるし、手際は悪いし。そんな上官の下でも耐えられますか!?」
「平気です! うちの隊長もそんな感じです!」
「よろしい、衛兵君。ならば君を認め、臨時店員として着任を認めよう。そして、当店における最大の問題を君に教える。心して聞きたまえ!」
「はっ、光栄であります!」
本当は話し相手が欲しかったのかもしれない。口に出してみれば、思いのほか来店者ゼロを気にしていた。こういう日が続くと、きっと余計なことを考えてしまう。衛兵の存在は気がまぎれるかもしれない。何よりボランティアだし。少しぐらい愚痴に付き合ってもらってもばちは当たらない、と思う。
「……このお店、手伝ってもらうほどお客さん来ないんですよ……」
「えぇーっ!?」
血を吐く思いで告げた言葉。この衛兵も私と同じく、少しでも売り上げを伸ばしてギギ老の役に立とうという思いだったに違いない。しかし現実は無常なのだ。どんなにやる気があっても、お客がこなけりゃ売れる訳もない。自腹を切っても、それは純粋なプラスではない。
「昨日騒ぎがあったのに、様子を見に来る人もない。あなたが、私にとって最初のお客様なんです」
「それは、店が閉まっていたせいだと思いますよ。ほら」
示された先、扉にはOPENと掲げられた看板がぶらさがっている。私からOPENの文字が見えると言う事は、外にかかっているのはCLOSE。そういえば、掃除をする前とした後、それぞれひっくり返してしまった、かも、しれない。
「うぎゃーっ!?」
頭を抱えて絶叫する私を、衛兵が宥める。
「よくあることです。これで看板のミスはもうしませんね!」
今まで相手の非を責めていただけに、顔から火が出るほど恥ずかしい。うっかりミスに関して、私、人を叱る資格なかった!