21、交渉は地震の後で
「アンさん、あそこに飾ってある時薔薇。リトルマーケットにある時と雰囲気が違いますねぇ」
凄いですよぉと、感心したようにディーが顔をほころばせる。
悔しいが、彼の言うとおりだ。
鮮やかな赤が店の落ち着いた雰囲気と調和している。
街はずれの雑貨屋と一等地の高級専門店。
取り扱う商品も客層も、ディスプレイにかけられるお金の額も異なる二つの店。けれど同じ商品を飾っていても、ここまで印象が違うとは思ってもみなかった。
リトルマーケットが雑多な蚤の市であれば、バルトロメイ・ル・ヴィは管理の行き届いた宝石店。
黒色の缶に封じ込められた紅茶は全てカウンターの後ろで管理されているし、ピカピカに磨かれた木製の什器はどれも完璧に管理され統一されている。
この店で見ると、時薔薇が芸術品だともてはやされる理由もわかる。手で触れることすらためらう、ビロードの花弁。自然が生み出した奇跡のルビーとエメラルドが静かに、しかし凛として存在を主張している。
「どうだ? 少しは何かつかめそうか」
「おうっ!?」
後ろから現れたエミリオさんは何やら楽しそうに笑っていた。
「規格外の新規客をむりやり呼び込んだ責任は、俺にもあるからな」
「いえ。こんな凄い店で飾って頂いていたなんて、ありがたいです。お礼が遅くなってごめんなさい」
深く腰を折って感謝を伝えると、エミリオさんが気にするなと言わんばかりに手を振った。
「詫びをするのは俺の方だ。しかし今日、君たちをここに呼んだ理由は別なんだよ。なぁ、ケイシー」
「はい、何でしょう。爆弾発言だけはやめてくださいね」
ケイシーさんはきりっとした表情をつくると、箒の柄をつよく握りしめた。
「まったく爆弾じゃないから安心しろ。うちの喫茶店で出すジャム、この子たちの店から仕入れようと思うんだがどうだ?」
「フルスイングー!!」
目前を茶色いつむじ風が通り過ぎる。箒はエミリオさんに向かってまっすぐに飛んでいき、殺意高き清掃用具は難なく受け止められた。
「スイングというより、いまのは全力投球でしたね~」
「うん。私もそう思う。とりあえずディー君、お口にチャックしようね」
うちの従業員がケイシーさんの怒りを買わないよう祈りながら二人そろって一歩後ろに下がる。
「ふむ、前より攻撃力が上がったな。箒を変えたか? いや、それは後で聞こう。怒っているところを悪いんだがケイシー。喫茶店についてこの子たちに説明してやってくれないか」
王都の高級店には、一流の店員が揃っている。
専門の教育を受け、骨の髄までマナーが染み込み、商才と気配りに溢れ、知能が高い一流の人間が働く場所。私のあこがれる場所。そこの店長がホウキをぶん投げるわけない。
そう、さっきのアレは春の陽気がみせた夢幻。気をしっかりもつのよ、アンジェラ。
「ケイシーさんって投擲スキルのレベルが高いんですね」
「やめて、ディーくん! 脳みそがさっきの光景を忘れようと奮闘している最中なの! 思い出させないで!」
「し、失礼しました」
顔を覆って嘆く私の姿に冷静さを取り戻したのか、こほんとケイシーさんの恥ずかし気な咳払いを耳がひろう。
「近々、この辺りでバルトロメイ・ル・ヴィが監修した紅茶専門店をオープンする予定なんです。そのために紅茶に合わせる菓子や砂糖といった軽食類の開発をすすめているのですが、こンのボンクラ親父が……」
「ボンクラってひどくない?」
「親父と言われるのは別にいいんですね」
「どれもこれも却下して、メニューの開発が間に合っていないんです。開発会議に顔もみせず、かと思えばフラッと現れては口だけ出して帰る。そのうえ内容ときたら『これはダメ、こっちは甘すぎ』と否定ばかり。それでも、エミリオ様の舌だけは、舌!だーけーはー! 一流だと信用しておりますので受け入れておりますが、このままではオープン予定日に間に合わないぞ、と。そして私たちの我慢もそろそろ限界だぞ、と。そういうことでございます」
うんうんと店内の礼服たちがいっせいに同意を示す。最後の方に滲んだ本音に、雇用側の闇を見た。
ケイシーさんの苦労人ぶりと、エミリオさんのフリーダムさは分かったが……。
「この前、試食で出していたキャラメルのようなジャムがあったろう? あれは悪くなかった。慣れない見た目でとまどったが、味は素晴らしかった。一度食わせれば誰だって気づくだろう。いい作戦だったな」
あぁ、賞味期限やら消費期限やらがヤバイかったので物量作戦で食わせたミルクジャムのことですね、とは言えないので得意げな顔をしておいた。
「だから定期的に発注をさせてもらいたい。可能であれば、作っている人間に直接会って味の交渉をさせてもらいたいんだが、紹介を頼めるだろうか」
「エイダに?」
考える。エイダと旦那のギョームなら「ヤダー、いいに決まってるじゃ~ん! チョー嬉しい~」「遂にエイダが至宝であると世に認められたか。ワタシも鼻が高いな。フフフ」と喜ぶことだろう。あの夫婦は暗雲と雷鳴轟く尖塔に住んでいそうな重厚な見目に反し、すさまじくノリが軽い。汗もかかないのに麦わら帽子の下に商店街のタオルをわざわざ引くような吸血鬼なのだ。
「紹介するだけならいいですよ。あそこの夫婦、牧場の経営や果樹園の手入れを二人でしているから、大量に作れっていうのは無理かもしれません。あ、作ってるのはローワンフォードに住んでいるエイダ・チェレンターノという吸血鬼です」
「ありがとう、感謝するよ。ケイシー、忙しいところすまないが今度ローワンフォードまでついて来てくれないか?」
「待ってください。いま吸血鬼って聞こえたんですけれど」
「夜に訪問した方がいいか?」
「二人とも昼は牛の世話してますから、夜の方がゆっくり会話できると思います」
「あの、聞き違いでなければ吸血鬼が牧場経営して片手間にジャム作っているように聞こえるんですけれど?」
小さく手を挙げてポツポツと呟くケイシーさんの顔色が悪い。
これがローワンフォードについて具体的な話を聞いた人の当然の反応だ。
牧場を経営している吸血鬼夫婦も、時薔薇を育てている女郎蜘蛛のお爺ちゃんも、つい二十年前までは討伐対象として見られていた……らしい。現状しか知らない私にとっては、彼らはただの、愉快なご近所さんだ。
「あのな、ケイシー。ローワンフォードだぞ?」
たしなめるようにエミリオさんが苦笑をこぼす。
「あの村の代表はな。サトクリフだ」
続いた言葉にケイシーさんはハッと息をのみ、口を手で覆った。
「そうでしたね! ローワンフォードはサトクリフ家直轄領でしたね!」
王都の人はうちのペアレンツをモンスターか何かと思っているのだろうか。
こういった会話を聞くのはもう慣れっこなので死んだ目と乾いた笑いで切り抜ける。
「そういう訳だから、」
エミリオさんの言葉が不自然に途切れた。
私たちも異変に気づいていた。カタカタと茶葉の入った棚が揺れている。小刻みに震えるのは棚だけじゃない。足の裏から伝わってくる僅かな、しかし不気味な振動は次第に大きくなっていく。
「地震だ!」
誰が叫んだのか分からなかった。強い揺れと、落雷に似た音。
足元から崩れていく眩暈にも似た感覚に、私たちは一斉に床の上へと這いつくばっていた。




