19、キークロシェン墓地
「あそこが墓地への入り口です」
ディーが緑が濃い場所を指さした。
ここから見るとこんもりとした巨大な緑苔のようだ。黒く塗られた細く鋭い鉄柵が隙間なく続き、道に雪崩れ込もうとする葉を押しとどめている。
近づくにつれ墓地特有の神聖で厳かな空気が濃くなっていった。死者封じの結界がはってあるせいかもしれない。巨大な遺跡への入り口。街中なのにそんな雰囲気を感じる。
「ゼイさん、いるかなぁ」
私は黄色い淑女の姿を思い浮かべながら言った。
彼女がいるなら、少しはここも華やかになるだろう。
「彼女の事だから、良い墓守をスカウトに来ているかもしれませんね」
正面門を入ってすぐの所に小さな教会が建っていた。
ほとんど倉庫と言ってよい大きさ。尖った三角の屋根のてっぺんには風見鶏の代わりに十字架がくっついている。
「神父様に挨拶してこっか」
「そうですね」
二人で、小さなドアを開けた。
「聞けーい! 古今東西、花を愛する者たちよ!!」
可愛らしい声に応えるかのごとく、ビリビリと音なく空気が揺れた。
「新たなる門出に賛同してくれた同士諸君! ついに、我らの愛を見せつける絶好の機会がやってきたぁー!!」
宙に浮かんだ黒いローブたちが一斉に骨を鳴らす。
「まだ仕入れられる花の種類は少ない。けれど、そこは皆さんの気合と根性とセンスで何とかしてくださいっ。売れたら明日があるっ。金が手に入る。そして金があればもっとたくさんの花が仕入れられるのです!」
説教台の上で熱弁をふるっていたゼイさんが、だんっと拳を叩きつけた。
「今日はお墓参りに来る人たち用に、花束を作りまーす!」
もし、骨である彼らに肉があれば、ゼイさんを讃える盛大な拍手をしていたのだろう。
中は阿鼻叫喚。もとい狂喜乱舞。
キェェェと亡者の声が衝撃となって教会に満ちる。
樽に入った花を掲げ、黒いローブを着たガイコツたちが次々にウェーブをはじめた。
「ほっほ、皆さん元気ですねぇ」
「活きがいいのは、良い事ですよぉ」
教会の主であろう、年老いたシスターと神父は壁際に並んだ椅子に座りその様子を見ている。
その手の中には色とりどりのリボンが握られ、ときおり、テープシャワーのように放り投げていた。
「では、朝の朝礼を終わります。ご清聴、ありがとうございました」
最後にぺこりとゼイさんがお辞儀をして壇上から降りて行った。
と同時に整列していた黒いローブたちもざわざわと散らばっていく。
「これは何の集会だ」
「見なかったことにしましょう」
私たちは扉を閉めた。
なんだか教会の権威をゆるがすような、見てはいけないものを見た気がする。
死霊属性もちって、教会に入れるんだ。初めて知った。
窓から見えるガイコツたちは次々と小さな花束を生み出している。
その中の一体、他のガイコツに指示を飛ばしているであろうリーダー格の黒く窪んだ眼窩の中には、見覚えのある時薔薇が刺さっていた。
「ヒツジさんっ、この花の花言葉は分かります? えーと、『安らかなる愛』ですね。はいっ、ではこれを白でまとめて……あっ、ひとつの花束に使っていい花の数は銅貨八枚分までですよっ! それ以上は駄目です利益出ません!」
ヒツジさん、と呼ばれたガイコツさんはゼイさんと親しそうに話していた。そうか。ゼイさん、あのガイコツさんを見つけられたんだ。今度会ったらお祝いしてあげよう。
「死霊使いの面目躍如だねぇ」
「葬儀の方法は、本人と遺族と話し合って決めるそうです」
私たちは、そっとその場から離れた。忙しそうだし、邪魔をしたらマズイと思ったからだ。断じて怖気づいたのではない。
キークロシェン墓地は都会のど真ん中にある、静かな森の散歩道のような場所だった。墓地といっても身近な存在なのか、朝の散歩がてら来た人の姿もちらほら見かける。
小道の脇には苔むした石塔や、真新しい彫像が点々と並んでいた。故人とゆっくり語れるように設けられたベンチや椅子に座る人の姿もある。その中に、見覚えのある茶色い髪を見つけた。
「こんにちはー!」
声をかけるとその人物、エミリオさんは一度驚いたように目を開いて振り返り、すぐににっこりと手を振り返してくれた。
「よう、お二人さん。散歩かい」
「はい。今日は定休日なので、一日、ディーに街を案内してもらう予定なんです」
「そりゃあ、いい。お前さんたちも、ようやく動いたのか」
エミリオさんはニッと笑みを深くして、意味深な視線をディーへと向けた。
「はい。久しぶりの休みです!」
視線を受け止めたディーは、力強く頷いた。
「今日は好きに動きます!」
同調するように私も頷いた。
「うん。そうか……」
そしてエミリオさんは微妙に生暖かい顔をして頷いた。
「二人ともがんばれ。色んな意味でな」
エミリオさんの座っているベンチの前には、見覚えのある時薔薇が添えられた白い石碑が建っていた。金色の文字で「クラリッサ・バルトロメオ、ここに眠る」と書かれている。
ベンチに座ったエミリオさんは、その文字を愛おしげに見つめた。
「ここは?」
「俺の奥さんの家だ。仕事前に寄るのが日課でな」
彼にかける、上手い言葉が見つからなかった。
どうやっても下手ななぐさめにしかならないだろう。
「そうだ。二人とも暇なら、俺の店を見て行かないか?」
しんみりしてしまった空気を振り払うように明るくエミリオさんが言う。
エミリオさん、確かお茶の調合士だったっけ。実を言えばどんな店なのか興味がある。どうかなとディーを横目で見ると、彼もまた同じような目で私の反応を伺っていた。
「はいっ、ぜひ!」
「行ってみたいです!」
後から考えたら、エミリオさんの苗字をもっと気にしておくべきだったのだ。
それから十分後――。
「あわわわわ」
「あわわわわ」
王都で最高の店を探すなら、王都一番街に行け。
もっとも、中に入る事ができるならな。
そんな決まり文句がある場所に、私たちは立っていた。
「これが俺の店だよ」
王都オールドチェスの一等地。外観までピカピカに磨きあげられた店がまえ。
店先に掲げられた小さな黒い看板には紫と白い王冠の描かれたヴェルヴェットパープル紋章が掲げられ、第一級調合士が所属していることを表す七つの藤の葉も描かれている。
「さぁ、そんなところで固まってないで。二人とも遠慮せずに入った入った!」
そんな。そこは行きつけの居酒屋とは違うんですよ。一級店なんですよ、エミリオさん。
「お邪魔しますー」
そんな。のれんを潜るようなポーズをして入らなくていいんですよ。ディーさん。




