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14、安売り木箱とミルクジャム

 本日までの売り上げ。

 時薔薇24本。

 水玻璃硝子の欠片5つ。

 猩々鴉の飾り羽が5つに、春泣き麦の束が3つ。

 仕入れ値を差っ引くと、利益は小銀貨72枚と銅貨78枚。


 つまり大銀貨7枚。中銀貨1枚。そして小銀貨四枚と銅貨8枚が三日間の売り上げで出た利益。

 ここから、エミリオさんに渡したサービス時薔薇の仕入れ値、小銀貨2枚を引く。

 さらに消耗品代。毛虫の背骨、マンドラゴラの鉢、女王烏賊の墨を購入した合計大銀貨1枚と小銀貨4枚を引けば。


「三日間の利益、大銀貨六枚に中銀貨一枚、銅貨八枚」


 出てきた数字に口をあける。

 三日間。あれだけ働いて利益が金貨一枚にも満たない。

 いや。冷静に思い出してみよう。ほとんどの時間、暇だった。部分的に忙しい時間もあったけど、暇だった。事件(イベント)に左右されて目がくもっていたが、ゼイ女史をのぞいた大きな売り上げは無しである。あえて言おう。暇だった。


「マッドドッグ」がくれた見舞金も、ガラス修理代と警備陣の張り直し(特急料金)で露と消えた。請求された額が渡された額とぴったりだった時は、感心するやら、呆れるやらだ。少しくらい色をつけてくれていてもよかったのに……いや、癒着を疑われると非常にまずい。結果的に言えば、プラスマイナス0で良かった。


「店員二人……一時間あたりの最低賃金が小銀貨八枚。人員二人でまる一日働いたら利益は……」

「アンさん、それ以上考えてはいけません! 心が荒みます! 俺は手伝い、アンさんはローワンフォード村からの派遣。人件費は店の売上から計上せずとも大丈夫です、別口です!」


 あやうくトリップするところだった。

 焦った声に我にかえり、握っていた拳を下ろす。あぶない、あぶない。また破損額が増えるところだった。

 叫びだしたい衝動をなんとかこらえる。ディーの目の前には、ここ数日で発生した領収書が並べられていた。私が来てからの破損額が異常に多いのは、気のせいだと信じたい。


「そ、そうね。冷静に。冷静に現実を受け止めなきゃね」

「そうです。このお店の収入は、ほとんど業者への納品です。個人相手にお店を開いているのはあくまでギギ爺さんの趣味。『お店の存在』と『ローワンフォード』の名前を知ってもらうためなんですから。帳簿を読んでも、個人客への売り上げはほんの一割に過ぎません」


 このお店を仲介せずに、ローワンフォードから来る農家と取引先が直接取引すればいいじゃないか。そうすればお店と作り手、お互いに得だ。なんて考える事もある。しかし実行すれば、お店の収入の大半が消えてしまうだろう。

 恩を仇でかえすような真似はしたくないが、ゼイ女史からの提案を聞いてから、どうしても考えてしまう。

 だからこそ、個人客の売り上げも伸ばしたいのだがどうしたものか。


「それよりアンさん。この辺のジャム、賞味期限がとても近いです」

「ひっ、すっかり忘れてた!」


 殴ろうが蹴ろうが踏みつぶそうが、まったく素材が変化しない時薔薇ばかりを見ていて失念していた。

 そう、商品とは劣化するもの。

 食品なら賞味期限。ポーションなどには効果的な薬効が期待できる使用期限がある。

 表示されているのはあくまで限度であって、使い切るのは早い方がいい。よくあるように劣化防止の魔術を練り込めば長持ちはするけれど、体の解呪細胞によけいな負担がかかってしまう。

 時間経過による劣化以外にも、日光や室温、湿気にも気を配らないとアイテムの劣化が早まってしまう。そうならないように、保管や管理に気をくばるのも雑貨屋の役割だ。


 ジャムは保存食としての印象が強いけれど、物によっては早めに賞味期限が設定されているものがある。

 その際たる例が、棚に並んでいるミルクジャム。果物とミルクを使い、火加減を調整して煮込んだものだ。味や食感は、とろけたキャラメルに近いかもしれない。通常のジャムが一年から二年保存できるのに対して、こちらは三カ月しか保存できない。期限を見ようと思ってはいたけれど、後回しにしたまま、すっかりと忘れていた。


「ヤバイのはどれ!?」

「アプリコット、サクランボ、ラズベリー、スタールビー、ココアオレンジ……大変申しあげにくいのですが、上段は、ほぼ全部です。どれも在庫が一、二個だけというのは幸いでしたね」


 ジャムのラベル横に書かれた数字を指でなぞりながら、ディーが読み上げる。上段と中段の半分が対象になるようだ。あれだけ暇だと言っておきながら、チェックの甘さを呪いたくなる。


「……裏の食料品庫で在庫見た……」


 オゥ、と悲しげな声が聞こえた。私も同じ心境だ。出してない、手付かずのミルクジャム。


「安売り木箱の中に、ぜんぶ詰めておいて!」


 安売り木箱とは、空になったリンゴ箱のことだ。リンゴ酒の瓶と共に屋根裏から発掘された。以前、大量のリンゴが納品されたらしい。ちょうど良いサイズなので小さめのアイテムをまとめて保管したり、洗濯物を入れておいたりと、公私共にご活躍頂いている。


 野菜や果物のなかでも、リンゴやサクランボを入れる木箱は頑丈で壊れにくく、なおかつ大量に納品されるため、他の店でも見かけることが多い。

 出入り口に積み重ねられたリンゴ箱の中には、お宝が入っている。キズモノや訳アリ、賞味期限が近いものなどだ。


 それは暗黙の了解。だから通称安売り木箱。なかには、何軒も入り口近くの木箱だけ覗いては去る、伝説のお買い得品ハンターも存在しているらしい。


 このミルクジャムも、私のミスで廃棄されるより誰かに食べてもらいたい。なぜって、すごく美味しいのだ。一度食べたら、絶対にやみつきになる。

 毎日食べたら破産しちゃうけれど、誰かの生誕祭やプレゼントとしてオススメの逸品だ。


 ここまで自信をもってすすめられるのは、私自身、このエイダが作ったジャムを小さい頃から食べ続けているからだ。普通のジャムより少し高いけれど、母が連れて行ってくれる高級料理店に出てきてもおかしくないほどの出来だといえる。


 素材にこだわり鮮度にこだわり季節にこだわり。

 とにかく凝り性で、自然派食品にドはまりした牧場経営中の吸血鬼が、鋭い五感と不老不死性をもてあました結果完成した、とんでもなく美味しいジャムなのである。牧場経営する吸血鬼するってどうなんだろう、と幼いながらに思っていたけれど、美味しさは正義である。まさかジャム作りにはまって果樹園まで経営し始めるとは思わなかったけれど。


 今日から時薔薇は大銀貨二枚に値上げして高級品扱いだ。購入するお客さんはがくっと減るだろう。テーブルの上に置いた陶器のピッチャーに、今日の分の時薔薇を入れる。昨日の夜は奮発して、十本もトゲを取ってしまった。おかげで手が痛い。

 高額商品としての目玉は時薔薇。安売り商品の目玉はミルクジャム。

 ミルクジャムは仕入れ値と同じ。売っても儲けが出ない額にした。その分、時薔薇が売れたらいいんだけど。


 安売り品は、ふらっと店を覗くお客さんが、手に取ってくれる可能性が高い。ここの立地は三番地。住宅地も近く、個人客は「日用品を買い求めるような人」「家族」がメインターゲットで、値下げしたミルクジャムの購買層と一致している、はずだ。せめて半分は売れるといいんだけど。売れなかったら、私の朝食が素敵になります。


「アンさん、あの」


 歯切れ悪いディーの声に顔をあげた。ディーは規則正しく並べられたジャムの瓶を一つ取り、しどろもどろで何かを言おうとしている。


「……し、試食を、やってみませんか?」


 思わず指を鳴らした。捨てるより、来たお客さんに少しずつ食べてもらえばいい。在庫は減るし、商品の宣伝にはなるし、良い案だ。ミルクジャム以外の瓶はまだ賞味期限が長いし、ミルクジャムを気に入ってくれた人が定価で他のジャムを買ってくれるかもしれない。けして、抱き合わせ商法などではない。


「いい考えだね! 朝食用のバケット切ってくるから、ディーは他にも劣化や壊れた商品が無いか、見ておいてくれる?」

 

 どうせ捨て値で売るなら、試食用にしても構わない。初めて見る濁った色のジャムを敬遠する人は多いが試食ならば気軽に手を出してくれるだろう。キラキラ光るジャムの瓶がじっとこちらを見ていた。

 




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