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13、マッドドッグの花売り

『メルバノ・ツォツェン、脱税容疑で逮捕!』


 多少の差はあれど、並べた新聞の一面はどれも同じような見出しばかり。花屋メリー・ベリー・ハニーの脱税スキャンダルはしばらく紙面を騒がせるのだろう。パンにかじりつきながら、畳んだ新聞を放り投げた。


「謹慎処分の期間が一週間伸びました。もう一週間、よろしくお願いします」


 蜂の巣をつついた張本人はいつも通り、シャツとズボンというラフな格好で店に現れた。追加で謹慎処分となったにも関わらず楽しそうだ。店先を箒で掃いていた私はじっと相手を見つめる。


「そう。それで、ディー君」


 少しばかり尖った声が出た。


「どうして隣にその人がいるのかしら」


 同伴出勤とはいい度胸だ。


「あっ、あー、彼女ですか。彼女はですね」


 ディーの目が泳いだ。


「そこで偶然、お会いしたんですよ」

「ディートリヒ様の隣。ディートリヒ様の隣。うふふふふ」

「そう。偶然」



 その出会いは偶然ではない気がする。頬に手を当てディーの隣でくねくねと体を揺らしている黄色い女性。ゼイ女史の顔は赤い。


「偶然だなんて、運命的……」


 待ち伏せじゃないの?

 昨日はギギ老との見分けがつかなかったくせに、今日はてのひらを返してベタベタしている。何があった。

 

「それからこちらは『マッドドッグ』の皆さん」

「ご迷惑をおかけしやした」

「……ったー」


 一部に反省の色が見えない黒い服の軍団。もう一度、マンドラゴラの洗礼を受けたいのか貴様ら。睨みつけるとブルリと震えて数人が後ずさった。


 朝からぞろぞろ。ローワンフォード・リトル・ショップの庭先が人で埋まっている。


「はぁ」


 何なんだ。この溢れる二次被害の予感は。


□□□


「私、メリー・ベリー・ハニ―には戻らないことにしました」


 謝罪もそこそこ、キッチンに通したゼイ女史は晴れ晴れとした顔でそう言った。

 彼女と黒服たちを一緒にしていいものかと悩んだが、お互いに知り合いのような空気を纏っていたので……むしろ、黒服たちはゼイ女史に付いてきたようなので、気にせず隣の席をすすめている。


 さすがにキッチンに黒服全員が入るわけはないので、一番偉そうな黒髪尻尾のおじさんと、窓を壊した坊主野郎を残してあとの人にはお帰り頂いた。


「そうですか」


 マンドラゴラの鉢を抱えながら話を聞く。いざとなれば引き抜く事も厭わない。

 優雅な仕草と微笑みで紅茶を飲むゼイ女史の真意がつかめず、ややぶっきらぼうな返事をかえしてしまう。


「みんなとも話したんです。私、花屋になりたいあまりに、周りのことも、自分のことも見ていなかった。こんな家を継ぐなんて真っ平ごめんだって外に飛び出したけれど、たくさんの選択肢があるってことも忘れてた」

「アタシらがメルバノに従ってたのは、お嬢のためさ。クビになったんなら、話は変わってくる」


 うんうん、と隣に座った黒服の二人が頷いている。


「は、はぁ」


 まるで話が見えない。

 なにこれ。彼女たちが持ってきたケーキを切り分けるディーに視線で問いかける。


「ゼイさんは『マッドドッグ』、暗部組織マードックファミリーの跡取りなんですよ」 

「イスファンと申します。こっちの丸刈り頭はギーヤ。お嬢の護衛をつとめております。これは昨日の迷惑料になりまさぁ。綺麗な金を用意したんで、ご安心を」


 不穏な単語混じりにひっつめ髪、イスファンが頭を下げた。


「……お嬢を泣かせんのが悪い」

「止めな。ギーヤ」


 こっちの坊主とは一度しっかりきっちり肉体言語で話し合う必要がありそうだ。


「私、家を継いで、花屋もすることにしたんです」


 襲撃理由への抗議をする前に、ゼイ女史が口をはさんだ。


「いつの間にか、私、方法を間違えていたんです。会社に執着してたのは、花と関わりたかったからなのに。いつの間にか怒られないように毎日毎日働いて、積もっていく仕事を片付けることしか考えなくなってた。仕事が終わったら次の日が来て、次の日の仕事も終わったらまた次の日。そういうことを繰り返しているうちに、自分の道が分からなくなってました。いえ、考えないように蓋をしてた。花屋になって、手軽に花を楽しんでもらいたい。そう言って家を飛び出したのに、結局、何も考えず、言われた通りに動いてた。だから一度、原点に戻ろうとおもうんです。ゆっくり、自分で考えながら動こうって」

「はぁ」


 私、流れに取り残されてないかしら。肝心な説明、抜かされてないかしら。けれど話の腰を折るわけにもいかず、じっと耳を傾ける。


 暗部組織マードック家のことが気になって仕方ないけど、聞ける雰囲気じゃない。暗部ってたしか暗殺部隊の略称だと思ってたんだけど。疑いの目に気づいたのか、ゼイ女史があわてた様子で手をふった。


「あっ、暗部と言って誤解されているかもしれませんが、うち、やってることは葬儀屋さんですから! そうだよねっ?」


 そーうでーす、と黒服二人が声をそろえた。


「だから、お墓に供える花を墓地の教会で売ったり、ご葬儀のお花を用意したり、そういった事業をはじめようと思うんです」


 それは……例のガイコツさんが狂喜乱舞しそうだ。目に浮かぶ。


「つきましては、ローワンフォードの花をうちに仕入れさせては頂けないでしょうか」

「ディー君、ちょっとこちらへ来なさい」


 彼の耳をひっぱり小声で囁く。


「これ謝罪じゃないよね。新規取引だよね!?」

「そうですね。マードック家と言えば元々は屍使いが集まって興ったと言われる組織。墓守のアンデッドを雇用して墓用の花を売るのは良い案だと思います。教会との兼ね合いさえ何とかすれば、売り上げも期待できるかと」


 はい、とゼイ女史が微笑んだ。聞かれていたのか。


「時薔薇を買いに来たキークロシェンのガイコツさんなんて最適な骨材だと思うんですが」

「確かに花好きそうだったし、適任だとは思うけど……」

「ディートリヒ様が言われるのであれば、帰りにキークロシェン墓地に寄ってみますね!」


 ゼイ女史はそう言って嬉しそうに手を叩いた。その様子に坊主は不機嫌そうに横を向く。イスファンさんはヤレヤレと首を振った。


 それから、ゼイ女史からだいたいの仕入れ予算を聞いた。詳しいことは来週、花を持ってくる人も含めて改めて決める予定だ。


「そうそう。余計なお世話かもしれませんが」


 帰り際、ゼイ女史が振り返った。


「トゲの無い時薔薇は高級品として扱うべきだと思います。あの値段では時薔薇やバラの価値が相対的に低く見られて栽培者が減る可能性もあります。それに、品種改良をしている研究者のやる気も奪いかねません。一本大銀貨二枚あたりが適切な価格だと、私はおもいます」

「……ご忠告ありがとうございます」


 ありがとう、ゼイ女史。

 トゲ無しの時薔薇の値段をどうするか、実は困っていた。


 普通の時薔薇はそのままの値段で、トゲ無しは大銀貨二枚で売ろう。

 それだけ単価が高ければ、トゲ無しが出るのは月に二、三本程度だろう。毎日プチプチしなくて済む。


 それでは、と頭を下げて去っていくマードック一行を見送ってから、隣のひょろながい影に問いかける。


「ところでディーくん。私、ガイコツさんがキークロシェンから来たって、いま初めて知ったんだけど」

「そ、そそ、そうでした? あっ、そろそろ開店時間ですね」

 

 立ち上がり、クローズの札をオープンへと変えるディートリヒの背中を見て思う。


 この男、悪いやつではないけれど……報告連絡相談の文字を知らないらしい。


 


 


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