12、さよなら、メリーベリーハニー
「……百歩譲って正当防衛は認めよう」
銀の鎧、所属を示すアカシアの花のマント。
死屍累々と転がる黒い服の人たちは、鎧の衛兵たちによって運ばれて行く。
その数の多さに、搬出は半ば機械的な作業と化していた。ふははは、さらばだ黒服たちよ。二度と敷地をまたぐなよ。
「だが、この惨状はなんだっ! やり過ぎだろう」
地面に正座した私は小柄な衛兵に説教されていた。
近隣の住民からの通報。そして街中にいきなり現れた魔物の反応。
第一級装備の衛兵にとりかこまれ、私は状況を説明した。
目を回す黒服たちは衛兵の間でも有名な団体だったらしい。もちろん、悪い意味でだ。
そのお陰か、目撃者の証言か。おもったよりすんなりと事情を衛兵に理解してもらえた。マンドラゴラも無作為に住民に危害を加えるモンスターではない。それは認めてもらったが特許はおりなかった。
これで解放される! と思っていたのだが。
やり過ぎたのか、いまだに黒服連中が一人も目を覚まさないのである。その責任を問われている。わたし、被害者なのに。
そもそもマンドラゴラの悲鳴の一つや二つで気絶するなんて、鍛え方が足りない。0対100でむこうが悪い。つーん。
元凶の犯マンドラゴラは地面に座り込み、ひげ根の先で目を覚まさない黒服の一人をつついている。あれは窓を割ったやつだな。いいぞ、もっとつついてやれ。
私の恨みが通じたのか、良い仕事をしたマンドラゴラが怨霊のような顔をパッと輝かせた。
「何か申し開きがあるなら言ってみろ」
私を説教しているのは、衛兵の中でも相当偉い人のようだ。マントにディーと同じアカシアの花が刺繍されているが、素材も刺繍の豪華さも桁違い。身分が違いますとの全力アピール。もしかして、この人が文句ばかりといわれていた隊長なのだろうか。
じりじりと怒りのオーラが伝わってくる。思い出せ、アンジェラ。お前の母ならやりすぎた時、どうやって誤魔化す?
「だって、とつぜん沢山の怖い人にかこまれて……ガラスまで割られて、私、すごく怖くてっ、とっさにマンドラゴラを……」
とっさにマンドラゴラ。うん、いい語呂だ。
泣き落としをしながら、そんなことを考えていた。
ようは相手に、こちらが冷静だと思わせなければいい。言葉尻をふるわせると拳を目元に当て、鼻をすすってみせる。案の定、困り果てた溜息が頭上から聞こえた。
「まったく! こういう時のための番犬だろうが!」
怒りの矛先がこの場にいないディーへ向かった。そういえば買い出しに出たまま、帰ってこない。迷子?
「隊長……」
噂をすれば影だろうか。
しかし現れたのはディーではなく、鈍色の鎧を着た別の衛兵だった。
「どうした」
「そ、それがですね……驚かないで聞いてくださいよ……」
兜越しでも分かるほど引きつった声。よろめく姿に、何かよくないことがあったのだろうと、状況を理解できない私にもしっかりと伝わった。
□□□
「休日一緒に出かけるなんて、まさか、まさに、これってデート……ちゃんと誘えた……よしよし、やったぞ……」
「死んでくださーい!」
店から飛び出たディートリヒは、道すがら指を折って考え事をしていた。
なので曲がり角から飛び出した黄色の塊が、叫びながらディーに突進してきた時も、こんどの休みはどこにアンジェラを連れて行こうかという計画ばかりを考え、特に何も感じなかった。
渾身のタックルをよけられた。むしろ勝手に目測をあやまって転んだ相手の「きゃーっ」という悲鳴を聞いて、ようやくディートリヒは現実へ目をむけた。
「あれ。ゼイさん? そんなところに寝転がってどうされましたか」
「ふ、ううぅぅぅ」
綺麗に舗装された道のど真ん中で棒切れを握りしめ、大の字に倒れたままのゼイ・マードックは、とつぜんボロボロと涙をこぼし始めた。
ディートリヒは慌てた。ふだんから人一倍、気を使っていたはずのゼイの服には汚れがつき、髪の毛には落ち葉がくっついている。
「うわーん! あなたのせいですー!! 呪います恨みます末代まで祟ってやるぅー!」
「落ちついて下さい」
泣いている知り合いを見捨てるわけにもいかず。彼女を落ち着かせるのに時間と精神力をつかったディーは、気力の半分を犠牲にしながら公園のベンチで話を聞くことに成功した。
メリー・ベリー・ハニ―のメルバノ・ツォツェンがとげの無い時薔薇を欲しがっていること。時薔薇の卸しを自社限定にしようと企み、ゼイがくびになったくだりまでを聞いたディートリヒは文字通り頭をかかえた。
「……分かりました。ツォツェン氏へは、俺から話をつけましょう」
「本当ですか。ジョルジオさん!?」
「いえ、ですから俺はジョルジオさんではなく」
「そうと決まったらすぐに行きましょう! いまなら私のクビも撤回してくれるはずです、ジョルジオさん!」
「だから」
ディートリヒの腕を引っ張るゼイの目はキラキラと輝いていた。そんなゼイに、ディートリヒは不可解なものを見たといわんばかりだ。
「ゼイさんは、そうまでしてあの社長の下で秘書を続けたいのですか」
「いいえ。私は社長の下ではなく、メリー・ベリー・ハニーというお店で働き続けたいんです。小さい頃から、ずっと憧れていて。いつか大きくなったら、こんな素敵な場所で働きたいと思っていました。正直、今の社長は苦手ですけれど、私にはできないド汚いことを平然とされますし、それはそれで、思いつく発想がスゴイと思っています」
「そ、そうですか」
遠回しに「ゲス過ぎて参考になる」と言われているメルバノに対して、ディートリヒは何とも言えない気持ちを抱いた。
その頃、タイミング良くメルバノが「くくく、そろそろ雇った者たちが店を襲撃していることだな」とまさに悪い顔をしているところだとは、思いもよらなかった。
メリー・ベリー・ハニ―の本店は中央街、かつての聖堂を利用した店舗だ。ゼイに連れられ、白いアーチ状の天井を抜け、奥まった社長室へと続く回廊を進む。襟元の襟留めを気にするディートリヒを見上げると、ゼイは社長室の扉を三度叩いた。
「失礼します」
扉の奥には、でっぷりと太ったメルバノがいつもと変わらない姿でふんぞり返っていた。勝手に入室して来たゼイを見るなり眉を吊り上げる。
「ゼイ、貴様は首にしたはずだぞ! さっさと出ていけ! 警備は何をしている!」
「社長、ローワンフォード・リトル・マーケットの店主を連れて来ました」
「あぁん?」
メルバノはゼイの隣に立つエプロン姿の長身の青年を、じろじろと値踏みした。
「馬鹿を言うな。こんな若造がジョルジオの爺なわけなかろうが」
「へぇぇ!? あな、あなた、私をだましたんですかぁ!?」
「騙したわけではなく、話を聞いてもらえなかっただけです。はい」
ディートリヒは改めてメルバノへと向き直った。
「こんにちは、ツォツェン氏。ローワンフォード・リトル・マーケットから来た、ディーというものです。このたびはトゲの無い時薔薇をお気に召されたそうで、従業員一同、心より嬉しく思っております」
「おぉ、そうか。話はゼイから聞いているな。貴様の店にあるトゲの無い時薔薇をすべてこちらに渡してもらおう。そしてトゲのない時薔薇を作る方法も業者もだ。私の店で売った方が、箔がつく」
「ありがたいお申し出ですが、お断りいたしま」
メルバノは両手で机を叩いてディートリヒの言葉を遮った。
「んんー、聞こえなかったな」
ひっ、とゼイが悲鳴をこぼした。
「一つ言いわすれていたのだが、今、不思議なことに君の働く店が『狂犬』の連中に襲われているかもしれない。君の言い間違いによっては、本当に、店がつぶれるかもなぁ」
「狂犬」とは王都に昔から存在する任侠集団である。かつては右腕をあげるだけで、盗賊、闇商人、死霊使いが揃って頭を下げたと言うが、近年では暴力に訴えるだけのチンピラ集団に成り下がっている。一般人に迷惑をかけないという昔からの掟すら平気で破り、金のためなら何でも引き受ける悪漢たちだ。
「それは脅迫ですか」
「そう聞こえたかね?」
「分かりました。ここで時薔薇の販売権をゆずれば、店には手を出さないんですね」
「間違えるなよ、時薔薇ではない。トゲのない時薔薇だ。普通の時薔薇など、ゴミだ。金になる、トゲのない時薔薇にしか価値はない」
ディーはぐっと奥歯を噛み締めた。
「あなたのところに時薔薇を卸し、トゲをとる方法を教えれば、そこのゼイさんの解雇も無しにして頂けますか」
「それは無理だな。そこの女はすでにクビにした。使えん女だ。人の話は聞かず、時薔薇一つ独占できない能無し。だが体はいいな。おい、ゼイ。秘書は無理だが愛人としてなら戻ってきてもいいぞ」
メルバノはゼイへ粘ついた視線を向けた。
「むっ、無理です嫌です気持ち悪いですぅっ」
涙目になったゼイはディーの背後にかくれた。
「それで、時薔薇の納入はいつからだ。さっさと持ってこい、このグズ。くれぐれも、私に逆らおうと思うなよ。私は王都一のフラワーショップ、メリー・ベリー・ハニーのトップだ。地の底までも貴様を追いかけ見つけ出してやるぞ」
「……一つ言いわすれていたのですが」
襟章を外したらディートリヒは、いままで必死に堪えてた笑顔をぺらりと表に出した。
「今、不思議なことにあなたの目の前に衛兵がいて、正面きっての独占禁止法違反、雇用者責任法遺棄、恐喝罪、女性への暴行未遂を自白されたので現行犯逮捕しますけど、驚かないでくださいね」
驚きかたまるメルバノの目の前で、カシャリと手錠の音が響く。
「なお、記録された音声は証拠として裁判で扱われることもあります。ご了承ください」
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「ディートリヒが、王都最大の花屋『メリー・ベリー・ハニー』の社長、メルバノ・ツォツェン氏をいい笑顔で緊急逮捕したそうです……」
「なにぃいぃーー!?」
「おいおい、メリー・ベリー・ハニーって」
「あぁ、隊長が脱税で長年追いかけてた腹黒親父だろ。ウチからも、何人か潜入りこんでるはずだぜ」
「ディートリヒって、謹慎中の新人だろ。あいつ笑うのか」
「しらん。こわい」
マンドラゴラに負けない声量で叫ぶ銀色の鎧。
メリー・ベリー・ハニーという有名な店名に騒然とする現場。
その声で目覚めた一人の黒服。
その男を流れるような動きのヒゲ根ではりとばし再度昏倒させたマンドラゴラ。
正座がつらい私。
「んっ」
よし。今日はもう、店じまいだ。




