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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

四首の導き手

作者: 古井雅

がらっと視点を変えて練習してみましたシリーズの一つです。監視カメラ的な視点を意識してみましたが、なれない書き方というものは難しいですね……。そんな見苦しい物でよければご覧になってください。



 人間は必ず誰かを参照する。言ってしまえば、自らの御手本(ロールプレイ)を見つけてそれに従って生きていくものだ。

 だがその御手本は必ずしも良い結果を招くわけではない。その目測を誤ってしまえば、自分はなんておかしな間違えを犯したのか、そう感じるだろう。

 そのミスを補完するか受け入れるかは人それぞれである。だが、その先さえもお手本がなければ出来ないこともある。

 これはそんな一人の青年の物語。



***




 頭が割れそうに痛む。周りには四つの照明、そして青年の周りに四つの自殺体がゆらゆらと躰を軋ませる。

 青年はその死体を一人、また一人とその人物の顔を確認していき、恐怖で顔を引き攣らせる。

 一つ目の死体は鬚髯を蓄えた男性、二つ目の死体は幼い少年、三つ目の死体は痩せた中年の男性、四つ目の死体は青年とほぼ同年代の男性の死体がそれぞれ、中心に立っている青年の周りを取り囲むように吊るされている。

 青年は自らの躰の向きを変えて、一つひとつの死体を眺めていく。青年の表情筋は強張り、四肢は恐怖に震えて生まれたての子鹿のように足元を軋ませる。恐怖の色に顔を歪める青年の心の中には、平常心などというものは既に存在しなかった。

 ひと通り自らの周りに吊るされた死体を見渡した青年の視界には、一番最初に目の前にあった死体が戻ってきた。その鬚髯を蓄えた老人の死体は、死んでいるにもかかわらず顔を不気味に歪ませて笑みを零し、強く低い声で青年に声をかけた。


「……君はこの状態を見てどう思う?」


 青年に問いかけるというよりは独り言のように言い放つと、それに連動するように一人、また一人と言葉を紡ぎだした。

 四つの死体は時計回りで言葉を繰り返し、その間にも体中からだらだらと体液が漏れでていて、雑踏にも似た言葉と滴り落ちる体液の水音が青年の皮膚に張り付くように残った。


「君もこうなるんだ」

「一緒に死体になろうよ」

「そうしているのは辛いだろう?」

「はやく、僕らと一緒に死のう?」

「苦しいことなんてないから、早く死ね」


 そこまで言葉が並んだ所で、目の前に首吊り用のロープが垂れ下がってくる。その帷幄のようなロープの先端は丸く輪っかが作られていて、周りの死体たちはそれに頭をくぐるように促してくる。

 青年はその言葉を拒否し続けるのだが、何故か勝手にロープを首にかけて、そのまま床に着いていた足が離れて首に全体重が掛かる。

 その瞬間、四方向に存在する死体たちは嘲笑うように笑みをこぼし、それらがいつまでも青年の頭の中に木霊していた。そして、意識を手放した所で、いつも青年は夢から醒めるのだ。





「(....はぁ、またあの夢か)」


 口の中に吐瀉物の残骸のような感覚と首に残った強い痛みで、青年は目を覚ました。ここ数週間、青年は常にこの苦痛が目覚まし時計となってあの悪夢から意識を取り戻す。最初は数回に一度の頻度だった悪夢も、最近では毎日それに魘されている。

 未だに強い倦怠感の残る躰をそっと起こすと、全身に激痛が走り立ちくらみに近い視界の乱れが辺り一面を歪めて、再び強い吐き気を青年へと届ける。雑踏に近い死体たちの声はまだ青年の頭の中に残っていた。

 精神的にも身体的にも満身創痍の躰に力を入れてベッドからのそのそと抜け落ちる青年の姿は、蚕繭に包まった昆虫のようなもので、青年自身もそれを自覚しているのか鏡に映った自らの姿を見て、自嘲気味な笑みを浮かべて鏡の目の前に立った。


「首まで……一体何が起きてるんだよ....」


 鏡の前に立った青年は、自らの首元についた紫色の擦痕に指先を這わせて嘆くように言葉を漏らした。まるで自殺体のようなその紫色の擦痕は気味の悪いほど燦然と輝きながら、青年を哀れんだ。

 青年は、その擦痕を鏡で見るたびに陰鬱な気分にされる。乱されるような気分を抱えている青年だが、机横の講義メモが視界に入った瞬間、一気に現実味の増した目の前の光景に従うように、家を出る準備を始めた。


 大学に向かう途中さえも陰鬱な雰囲気が辺り一面を囲繞していて、重苦しい空気を肺に取り込む青年の心は晴れること無く俯きながらいつもの道を下る。

 靄然とした辺りは陽炎のように揺らめく。青年が感じる靄然とした空気たちは、実際のものではなく青年の晴れぬ心が創りだした紛い物であるのか、近くの空き地には猫達が愉快に微睡んでいる。

 そんな愉快なヒトビトの群れに触れること無く、青年は辛そうな表情を浮かべながら気だるい躰を必死に運んでいった。



 大学について、最初に向かった先は、講義が行われる研修室だった。選択科目で適当に選んだ講義に出ているだけで単位がついてくる科目で、適当に教授の話を聞き流すだけ。別に受けても受けなくても変わらない選択科目の講義、いつもの青年ならば受けようとも思わないその講義を受けにわざわざ大学を訪れたのは、友人に会うためだった。

 家にずっといると、日に日に鮮明になっていく不気味で気味の悪い悪夢たちに押し潰されてしまうような気がして、出来る限り友人や家族と接するようにして気持ちを紛らわせていた。青年の中では、誰かと話さずにただ一人、冷たい部屋の中でがたがた震えるという行為そのものが悪夢と同等の恐怖があった。

 鮮明になっていくのは悪夢だけではない。悪夢から覚めたあとの首や躰に残る激痛、口の中いっぱいに広がる嫌な感覚、首についた紫色の擦痕、それらすべてが徐々に強まっていっているのだ。擦痕に至っては薄れることすら無く、薄い擦痕の上に強い擦痕をつけたような傷跡が幾つも残されていた。

 その擦痕を隠すために巻かれたマフラーは、暖房の効いた部屋の中でも外すことは出来ず、後ろめたい気持ちばかりが募っていく。そんな青年を励ますように、友人たちは彼の悪夢について尋ねた。


「おはよう……って顔色相当悪いぞ? 大丈夫か?」

「うん、一応大丈夫なんだけど体中が痛い」

「前から言ってる変な夢か? 病院にはいったのか?」

「行ってないよ。悪夢に魘されて体中が痛いですなんてどこに行けばいいんだよ……」

「夢とかなら心療内科とか精神科とかに行けばいいんじゃないか? とりあえずすぐに病院にいけよな」

「……うん」


 遅れて入ってきた青年の友人は、青年のあまりの顔色の悪さに顔を顰めながら病院に行くことを促した。それほどまでに青年の顔色は悪く、窶れきった表情をしていたのだ。

 だが、病院に言うことを促した友人の言葉を聞いても、青年は病院に行くことはなかった。彼は理解していたのだ。この悪夢が、病院にいくことで改善されることなど無いことを。

 感覚的なことでしかないが、青年はその悪夢を改善することを諦めるしか無いと感じていた。病院にいって治療を受けたとしても、それはあくまでも一時的なものでしか無く、根本的な解決にはならないことを承知(りかい)していた。

 だからこそ青年の精神状態がさらに落ち込んだ。終わりの見えない悪夢から逃れるすべを模索してはいるものの、それを索めた所で何も見つかることはなかった。残ったのは強い絶望感と寂寥感だけ。いつまでも終わらない悪夢を繰り返すことを無意識に受け入れている自分がいたのだ。

 だがそれは青年の無意識での理解であり、青年本人は理解していないことである。だから解決策を求めて必死に現世(いま)を生きていた。




 その夜、青年はいつもどおりの悪夢をみた。四つの照明と四つの死体に囲まれている青年が、周りの死体に自殺を促されているという夢。

 相変わらず言葉巧みに四つの死体たちは青年に自殺を促し、帷幄のようなロープが見えない天井からぶら下がっている。だが、そこから先はいつもと少し違った。いつもは青年の意思にかかわらずに最後に降りてくる首吊り用のロープに首をかけるのだが、今日に限って青年は自らの意思で首吊りロープに首をかけたのだ。

 その行動をすぐに察したのか、死体たちは歪んだ笑みを浮かべて、青年に賞賛の声をかけた。


「そうだ。君のやろうとしていることは少なくとも間違えじゃない」

「ありがとう、はやく僕らと行こう」

「おいでおいで、お前のやろうとしていることは正しいことだ。お前は正しいことをしているんだ」

「はやく、はやく」


 青年はその木鐸(こえ)に導かれるように、青年は首にまとわりついたロープに全体重をかけ、そのまま瞳を閉じた。

 青年の顔には苦痛はなく、むしろ心地よささえも感じているように安らかなものだった。






 次に青年が目を覚ましたのは、とある病院の個室だった。彼が最後に悪夢を見てから既に数日が経過しており、異常に眩しい日差しが窓の外から無音で降り注ぎ、奇妙な感覚が頭に存在していた。

 感覚のない部分とある部分がやけに強いコントラストのようにゆらめき、聞こえない耳を手のひらで弄って実感に浸ろうとした。何が起きたのか分からず、ただ強い痛みだけが青年の体に残っており、最後に覚えているのはあの悪夢だけだった。

 唐突な自体に混乱している青年は、定まらない視点であたりを見渡し、ナースコールを押した。青年自身、今のこの状況を説明してもらいたい気持ちの現れだったのかもしれない。


 青年がナースコールを押した数分後、慌ただしい様子で入ってきた看護師に存在しない自分の記憶について尋ねた。

 その看護師によると、青年は部屋で首を吊っていたが、同居していた家族に発見されて、自殺は未遂に終わった。その後この病院に運ばれたが長い間昏睡状態が続いていた所、今目を覚ましたといった状況だった。

 青年は自分が自殺未遂を行ったことなど頭になく、ただ最後に残った悪夢だけが脳裏に焼き付いている。自殺願望などないと思い込んでいる青年は、看護師のその話を話半分に聞いていたが、数時間後にあらわれた家族の様子を見て、看護師の話が本当だったこと理解することになった。


 意識を取り戻した青年は、そのまま治療のために入院することになった。青年の躰には倦怠感と痛み、くらくらするような視界の歪み、強い吐き気が残っていて、暫くの間大学を休学することになり、一時の間あの悪夢を見ることはなくなった。

 少しだけ精神的に回復していた青年の元には何人もの友人や知人が訪れ、自殺未遂をした青年に励ましの言葉をかけて、青年は少しずつ回復に向かっていた。




 だが、青年は意識取り戻してから一ヶ月後に自殺した。彼が治療を受けていた病院の一室で、未遂の時と同じようにロープを垂らして、そこに躰を吊っていた。

 青年は、治療から数週間経った時には再び悪夢をみるようになっていた。その悪夢の内容は今までのものとほとんど変わらなかった。むしろ、変わったのは青年の方だった。青年はその夢を、心の拠り所にするようになり、最期には一日の殆どを眠って過ごすようになった。

 青年の唐突で謎に満ちた自殺は、多くに人が悲しんだ。何故彼は自殺してしまったのか、彼の自殺は止めることが出来なかったのか、多くに人が嘆き悲しみ、青年の死を悼んだ。

 その中に、青年の悪夢の存在を知っていた人間は存在しなかった。だからこそ、青年は自らの悪夢に従い自殺を選んだのかもしれない。




***



 さて、この物語はここで終わり。

 自殺した青年には、悪夢がどのように見えていたのか。それはきっと青年にしかわからないものだろう。

 でも、青年はその悪夢の意味を理解してしまったのだろう。だから自殺という最も原始的な方法を選んでしまったのだ。

 それをお手本にしていなければ、彼は今も生きていただろう。


 彼の夢の中には、今も照明に照らされた彼自身の影が四つ、青年の周りを囲繞しているだろう。

 今日はここまで、そして彼の命を悼みましょう。






 

この物語は、冒頭と最後の語り手が読んだ物語という設定です。語り手さんは全くもって主人公の青年については語ってくれませんが、一体どういう意味だったのでしょうね。解釈は人それぞれです。


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