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エピローグ

 ただ、ぼんやりとヒミキは日々を過ごしていた。

 イレーネが、カイルを刺したあの日以降、訪れたのはありふれた日常だった。最初は上手くプログラムが改変されたのか不安だったが、その心配も杞憂に終わり、気づけば何の不安もなく、通りを歩いている自分がいた。

 チトの言う通り、プログラム改変を行った後も犯罪に問われることもなかった。どこにあるかわからない機械のプログラムが改変されたところで、気づく人間などいないのだろう。ただ、プラーナの中で、ヒミキとイレーネだけはその事実を知っていた。

 イレーネは、研究成果をまとめるのに忙しいらしい。定期的に新たな「人柱」は現れていないことを連絡してくれる。その連絡も手短に済まされる。彼女の研究の結果はおおよそでている。いい発表が出来そうだということもわかっている。だが、何を発表して、何を発表しないでいるべきか、その取捨選択が難しいらしい。

 あれ以来、カイルが学校へ来ることはなくなった。当然だ。彼の意識は、永遠に失われてしまったのだから。それでも、学校の人間達は、不審に感じてはいないらしい。きっと「人柱」ではないかと、考えているようだ。プラーナに根付く、キュベレーへの信仰はなかなかぬぐい去れそうにもない。


 今でも、眼を閉じれば、あの時の光景が思い浮かぶ。

 カイルに突き刺さったペン状の機械。その表皮こそ、ほとんど人の体といってよい身体あったが、深い部分は、機械そのものだった。精巧に出来たヒューマノイド。それこそ、カイルの器であり、彼の身体だった。

 そして、彼は安らかな表情を浮かべていた。

 あの表情を見て、怒ることも、泣くこともできなかった。

〈ごめんね〉

 ヒミキの横に転がった片耳だけのイヤフォンから、音が聞こえた。

彼の耳元で響いた巨大な音。あれはチトの声だった。聞きとり難い程、大きな音は思い返してみれば、〈突き刺すの!〉と叫んでいた。ヒミキじゃない。イレーネに向けた言葉だった。

 チトは、イレーネの手助けをしたのだ。

 つまりカイルを殺す手助けを。

 もはや、怒りも湧かなかった。ただ、やってしまったという、後悔の念だけが残った。


〈また、私の所にこない?〉

 チトが話しかけてくる。もはや習慣と化してしまった片耳のイヤフォン。今でも、使っていて問題のない場所では、常に付けている。

〈私に会いたいのでしょう?〉

 昔はそんなことを言ったっけ。あの時は、キュベレーに監視されて、居住区の外に出ることは出来なかったが、今ならできるだろうか。

 どちらにせよ、今はそんな気分ではなかった。二度とそんな気分にはならないかもしれない。

〈もう過ぎてしまったこと、後悔しても仕方ないじゃない〉

 わかってる。だが、しかし――

「オハヨウ」

 突然機械魚の電源が入り、彼の肩から浮かび上がった。カイルがいなくなり、エリーは、ヒミキの肩が定位置と化していた。こんなにも重い機械を、よくずっと肩に乗せていたものだと思う。しかも、無表情な機械だ。彼の趣味を疑う。

 機械魚は辺りを見回した。

「カイル、ドコ?」

 彼が死んだことを認識していないのだ。いつまでも、死んだはずの人間を探し続けている。ヒミキについて来るものの、主人はカイルのまま変わっていない。

〈それにしても、無能な機械ね。普通のペット機械なら、主人の死くらい認識できるはずなのに〉

「仕方ないよ、エリーは魚なんだから」

〈それは見た眼の問題でしょう。むしろ普通のペット機械より大きいのに、なんでこんなにも使えないの? 特注品のくせに〉

「特注品? まて、カイルはエリーを普通に買ってきたって言ってたぞ」

〈リュウグウノツカイなんて、マイナーな機械ペット、普通に売ってるはずないでしょう。彼が自分で作ったのかしら〉

 ヒミキはまじまじと機械魚を見た。そうか、確かにこれはカイルが作ったのかもしれない。彼が持っている以外で、こんな機械を持っている人間など見たことがない。

 エリーは、彼の大事な形見なのだ。こんな無愛想な魚が。重いだけの機械が。

「ドコ、カイル?」

 機械魚はなおも問い続ける。

「カイルは死んだんだよ」

 ヒミキは答えた。すると、じっとエリーは彼を見つめた。

「カイル、シンダ?」

「そう、あいつは死んだんだ」

「シンダ……」

 わかったのだろうか。この機械魚は、人の死と言う物を。

「エリー、バックアップ、アル」

「はぁ?」

 あまりにも、不適切な言葉に思わず笑いそうになった。こいつは、死を理解していない。ペット機械は壊れても、記録カードさえ残っていれば、新品と取り換えることで、同じような物を得ることができる。それと同様に、カイルにもバックアップ機能が付いているのではないかと言う。

 身体だけでなく、キュベレーと同じ機械の中にあるカイルの意思さえも消し去ってしまったのだ。カイルはもういない。彼の意思は消えてしまった。眼から温かい物が流れ出すのを感じた。

「バックアップ、アル」

 何度も、機械魚は同じことを繰り返す。

「ないんだよ」

「アル、エリー、バックアップ」

 機械魚とは違うことが認識できていない。

〈もしかして!〉

 突然大きな音が響いて驚いた。街の通りで、思わず跳ね上がりそうになってしまった。チトが叫び声を上げたのだ。

〈ねえ、機能の割に、エリーの身体大きいような気がしない?〉

「そんなこと……」

 確かに二メートル程もあるその身体は、大きすぎる気がするが、これは効率的に機能を詰めこめることができなかったのか、あるいは飾り部分が大きいだけだろう。

〈エリーの中に、カイルの意思のバックアップが入っているなんてことはないの?〉

 まさか!

 そんなはずはない、エリーは大きいが、チトのような機械に比べたらかなり小さい。こんな小さな機械の中に、彼の意思が――心が入っているなんて。あり得ない。

〈訊いてみてよ〉

 ヒミキは頷いた。

「エリー、お前の中には、カイルのバックアップが入っているのか」

「ハイッテル」

 機械魚ははっきりと、言った。思わずヒミキは眼を見開いた。

「こんな小さな所に、なんで」

〈プログラムだけなら、それを入れておくことができたのかもしれない。動かさない限りは、大きな容量も必要なかったのかもしれない。どれほどのものが残っているかはわからないけれど〉

 記憶を忘れてしまっているかもしれない。全然違う物かもしれない。

 でも、ここにカイルは残っている。

「彼の意思を甦らすことは出来るのだろうか?」

〈やってみないとわからない。それに大きな機械が必要よ〉

 そうだ。もともと居住区を管理する機械だったのだ。それと同じ意思を動かすには、相応の大きさの機械が必要だろう。管理機械の場所もわからずじまいだったのに、この機械を動かす方法など――

〈でも機械は、私がある。幸いにも余った部分があるから、使える〉

「ありがとう、チト」

 心からの感謝の気持ち。

 元のカイルには戻らないかもしれない。入れてみれば、全く違う物かもしれない。けれども、やってみないことにはわからない。

 ヒミキは久しぶりに、笑みを浮かべた。


 今すぐ、チトに会いに行こうと思う。


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