共通ノ秘密
不思議なことに、他の生徒は先ほどの事を全く覚えていなかった。大きな地震が来たということさえ、覚えていなかったのだ。命と蓮見と藤家の三人は、数学資料室に集まっていた。中からしっかr鍵を閉めて。
「さっきのこと、みんな覚えていないけど、事実だよね?」
命は不安になって、二人に尋ねた。二人も何だか腑に落ちないような顔をしていたが、うなずいた。三人ともが同じ記憶を持っているということは、あれはやはり現実のことなのだ。そして、正体が分からない声が話したことも…
「あの声、ミコトの巫女と狛たちって。じゃあ、もしかして、お前が…。」
藤家が少し青ざめた顔をして言った。命が小さく頷くと、藤家はゆっくりフーッ、と息を吐いた。
誰も一言も話さず、静かである。ただ、時計の針のカチ、カチという規則的に時を刻む音だけが、その部屋中に響き渡っていた。息が詰まりそうだ。こんな状況が一番苦手なのだ。だからと言って、どういう言葉でこの沈黙を破るかは考え付かず、ただ命も黙って俯いているのだった。
こんな状況を破ったのは、蓮見だった。
「お前ら、ちょっとついてこい。」
そう言って蓮見は席を立った。命たちはあまりにいきなりのその発言に、戸惑うばかりだ。
「ついてこいって、蓮見どこにつれてくつもり?」
すると蓮見は振り向きざまにニヤリ、と笑った。
「俺ん家だ。」
蓮見に半ば無理やり連れて行かれた命たちは、その家を見て愕然とした。
「蓮見、実家住みだったんだね…。」
「ああ、出たいんだけど、まだ金がな。」
いや、蓮見、この生活に慣れてしまっているのなら、多分普通の生活は無理だと思うよ。蓮見の実家が地主だということは聞いていたが、地主ってそんなに儲かるものなのだろうか。
蓮見の家は、命の家があるあの山のすぐ下にあった。昔から、やけに馬鹿でかい屋敷があるな、とは思っていたけれど…。まさかそれが蓮見の実家だったとは…。
「ほら、ボーッとしていないで、ちゃんとついてこいよ。途中で捕まるぞ。」
「捕まる!?」
命と藤家はあわてて蓮見のすぐ後ろにピッタリとついていった。
「お帰りなさいませ、坊ちゃん。」
「ああ。」
――坊ちゃん!?
玄関に入ると使用人のような人がいて、頭を下げていた。あの、蓮見に対してだ。
「ぼ、坊ちゃん!?」
あまりにそのキーワードと蓮見とが結びつかず、似合わなかったのでつい吹き出してしまった。
「おい、何か文句あるか。」
バシッと蓮見に頭を叩かれる。暴力反対だ。
笑っているのは私だけなのだろうか、と思って藤家を見てみると、いつも通りに無表情に見えるが、よく見ると、口の端が引きつっており、鼻の穴がヒクヒク動いている。必死に笑いを耐えているんだね…。そんな藤家の姿も見て、命はまた笑いそうになってしまった。
蓮見の部屋へ向かう途中。蓮見は、使用人のおじさんのような人を途中で捕まえた。
「今日、親父とお袋は?」
「今日、だんな様と奥様は、町の方に出て行かれてまして、夜は遅くなるかと。」
「そうか。奥の俺のところには、誰も通さないように。」
「分かりました。」
そんな風に命令する蓮見は、学校での姿と全く違っていて、本当に坊ちゃんのようだった。というか、事実そうなんだけど…。その姿は、年相応にやはり大人びて見えた。
三人は、本館からすぐ出て、庭を通ってはなれのような所に着いた。
「蓮見の部屋って、この中にあるの?」
「いや、このはなれ全部俺の部屋だけど。」
しれっと言ってのける蓮見にぎょっとした。この人、普通に言うことじゃないだろう。
命の家は神社を経営しているが、もちろん半分廃れているので全く儲からない。
結構神社の仕事も雑用というか、内職のようなものがあるので、地味に大変なのだが。このはなれと命の家全体とそう大して大きさは変わらないだろう。
中に入ると、和風の外観と全く違って、フローリングの洋風な造りになっていた。そのギャップで入った瞬間変な感じがする。いっそのこと全部洋風にすれば良かったのに。そう蓮見に言ったが…
「口うるさいばばあが、伝統的な我が家の雰囲気を破壊するものは止めなさいとか何とかで、せめてもの抵抗がこの現状だ。」
と、口をとんがらせながら、蓮見は言った。
「まあ、そこらへんに適当に座ってくれ。」
はなれに入って一番手前の蓮見のプライベートルームとやらに通された。
本当にはなれは、一軒の家のようだった。大きな部屋が一つと(実際、蓮見はこの部屋しか使っていないらしい)、客間のような部屋が二、三あった。
蓮見の部屋は物がスペースの割りに少なかった。命のイメージでは、物が溢れかえって汚いイメージだったのだが、これでは命の部屋の方が汚そうだ。帰ったら掃除しよう…。そんなどうでもいいことを考えてしまった。
蓮見は自分のベッドに腰かけ、命と藤家は床に座った。先ほどまで一言も発していなかった藤家が、いきなり話し始めた。
「この際、みんな正直に話して、隠し事は無しにしましょうか。」
すると蓮見はフッと笑った。
「お前、性急過ぎるだろう。まあ、でもお前の言うとおりだ。多分、俺たちは同じような秘密を抱いてこれまで生きてきただろう。たとえば……瞳の色…とか。」
藤家はバッと蓮見を見た。
「そうか…先生も、榊も、か。」
命と蓮見はコンタクトをはずした。それぞれの本当の瞳の色が露になる。藤家はじっと私たちの目を見つめていたがが、ふいに制服のズボンの裾をあげた。そこには、ミサンガのようなものがくくりつけられていた。
「藤家?それは…。」
藤家は俯くと、器用な手つきで、きつく結ばれたその紐を解いた。再び藤家が顔を上げたとき、その瞳の色は変わっていた。
「綺麗…。」
思わず私はそう呟いた。藤家は目を細めた。
「本当、綺麗な紫色だな。」
「藤色です。」
藤家はキッと蓮見を睨んだ。
「何か、お前俺には冷たくないか?」
「気のせいです。」
藤家はツン、と顔を背けながら言った。
その間も、命は藤家の瞳をじっと見続けていた。透き通る藤色。最近、カラコンとかが出回っていて、紫色のものもあるそうだが、そんなものとは全く違う。何てったって、天然物なのだ。深い色合いで、光の具合によって淡かったり、濃かったりと。私はついつい魅入られてしまった。
「不思議…。三人とも瞳の色に秘密があったなんて…。こんな偶然…」
「いや、偶然じゃないだろう。」
「え?」
そう言った蓮見の顔を真剣そのものだった。
「榊。さっきの声が言ったこと。ミコトの巫女、そして狛たち。狛たちって俺たちのことでしょう?」
藤家が神妙な顔で言った。
「そう、それでミコトの巫女ってのがお前のこと。」
蓮見が続けて言う。
「何で?何で二人とも知ってるの?」
すると蓮見と藤家が顔をあわせた。
「俺は、小さな頃、おばあさまから聞かされたから…。」
藤家が目線を床に落として言った。
「そうか。俺は割と最近蔵で古い本を読んで…。あれは確か去年の四月くらいかな。榊は?」
「私は…この目が先祖帰りだって言われて。父親から耳にたこが出来るほど、何度も、何度も…。」
三人とも前から知っていたと言うことは、確かにただの偶然ではない。むしろ必然的、運命的な何かが…。
「じゃあ、光の狛と影の狛って…。」
「ああ。多分俺が光の狛。」
蓮見が腕組みしながら言った。
「じゃあ、俺が影の狛か…。おばあさまが生きていたのって、俺がまだ小さな頃だったから、あんまり詳しくは話してもらったこと覚えてないんだけど。」
「それより、さっきのアレは何だったんだ。何だって、いきなり…。」
蓮見が命に聞いた。
そうだ、あの出来事は私が多分引き起こしてしまったんだ。
「私の…せいなの。」
命はこの間の金曜の出来事を二人に話した。いつもと様子が違う何者かが封印された石。それを蓮見に会ったことで中途半端な状態にしてしまっていたこと。それが多分、ミコトの巫女が命がけで封印した者で、先ほどのアレは多分それだろう、ということ。
「そうか。俺のせいだな。そんな大事なときに声をかけてしまって。」
蓮見が頭をかきながら申し訳なさそうに言った。
「そんなこと無いよ!すっかり忘れてたのは私だから…。」
「おもしろくないな。」
「え?」
いきなり藤家が口をはさんできた。少し驚いて藤家の顔を見ると、ものすごくいじけた様な顔をしていた。
「藤家…どうしたのその顔…。」
少し呆れて笑ってしまう。だって、あまりにらしくないから。
「先生だけ、榊の巫女さん姿見たんだ。おもしろくない。」
「おいおい、今の話で食いついたのはその部分かよ。そこはどうでもいいだろう。」
蓮見も呆れて笑った。藤家は更に機嫌を悪くした。
「俺だって、ちょっと見てみたかった。」
少し口をとんがらせながら言う藤家。その姿はさながら幼稚園生の男の子のようで。思わずプッと笑ってしまった。
「何だよ。」
「ふ、藤家可愛いんだもん。」
口に手を当てて笑ってしまった。藤家の顔が少し赤くなる。
「あ、それも可愛い。」
「――!み、見るな。」
顔を背ける藤家。その様子がおもしろく、ますますからかいたくなる。藤家のそむけた方向に命も追う。見ると真っ赤だ。
「わあ!藤家そんな顔もできるんだ。」
「俺は見世物じゃない。」
だんだん藤家の赤みが引いてきて、いつもの調子に戻ってくる。すると、藤家は何か思いついたようにニヤリと笑い、顔をズイ、と近づけてきた。突然綺麗な顔がすぐ目の前にあるものだから、命の方は少し引いてしまう。
「じゃあ、今度、見せてくれる?」
「え…。」
グイ、と藤家は右手を支えに命の方に上半身寄った。
非常に、近い。
今度はこちらが顔が赤くなってきてしまう。
「いいだろ?」
「わ、分かった!分かったから離れて!!」
藤家の肩を掴んで押し戻す。藤家は機嫌を良くしたようで、満足そうにしていた。そしてチラリ、と蓮見を見た。
「藤家…お前、分かっててやってるだろう?」
「何をですか、先生。」
無表情で言ってのける藤家に、蓮見は言葉が出ないよう。しかし当の命は赤くなった顔を冷やすにに必死になって全く見ても聞いてもいなかった。