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終ワリノ始マリ

 また月曜日がやってきた。

 悠々自適に過ごしていた休日はまるで一瞬だったかのように終わり、補習の日がまた来てしまった。とはいっても、以前ほど補習は苦にならないのだけれど。しかし、そんなのんきに考えている場合ではない。現在、手元の目覚まし時計は恐ろしい時刻を指していた。


「9時…ジャスト?」


 あーあ、ちょうど補習が始まる時刻だ。終わった。頑張ろうと思った矢先がこれである。


「まあ、行かないわけにはいかないけれど…。」


 おかしいな、何で目覚まし時計鳴らなかったんだろうか?ため息をつきながら準備をのろのろと進める。どうせ遅刻するなら、別に急ぐ必要は無いかな、などと考えてしまうダメ人間である。

 鏡の前に向かって、いつのもようにコンタクトをつけようと思ったとき、ギクリとした。自分の赤い瞳が、確かに赤い瞳なのだけれど、ぜんぜん違う人のもののように見えたのだ。そんな不思議な感覚も気のせいかと思うくらいのほんの一瞬で、すぐにいつも通りの自分が見えた。それがこれから起こることを暗示していたのかもしれないが、そのときは深く考えなかった。


 学校に行くために電車に乗り込むと、見たことのある人が座って寝ていた。腹が立つほど艶やかな緑の黒髪が、白い首筋に流れている。藤家だ。改めて思うが、どうしてこの人は男なのだろうか。まあ、女でも色々と面倒だから問題はあるが。こいつも遅刻なのだろうか。にやり、と笑って藤家の隣に腰掛ける。


「藤家。」


 ぽんぽん、と肩を叩く。だが、全く反応は無い。


「藤家。」


 軽く揺すってみるが、やはり反応は無い。


「藤家!」


 バシバシと体を叩いてみるがそれでも反応はない。死んでいるのだろうか。だんだん命もむきになってきた。ほっぺたをぎゅっとつねる。ひじでつつく。それでも無反応なので、イライラしてきて耳元で叫んでやった。


「ちょっと!藤家!!!」


 周りの人が一斉にこちらを見る。


 しまった…。つい意地になって公共の場で大声で叫んでしまった。周囲の目が痛い。しかし、さすがの藤家も気づいたのか、うっすらと目を開けて不機嫌さ全開でこちらを見た。


「ちっ…うるさい…って、榊?」

「舌打ちしたね。このままだとずっと寝てるままだろうと思って、親切心で起こしてあげたのに。」

「そう…ありがとう。」


 まだ寝ぼけているだろう、藤家はぼーっとしつつもふにゃりと笑った。可愛いじゃないか。何だかひどく負けた気がする。この人、何をやっても色気が出ているんだよ。


「藤家さ、痴漢にあったりしてない?大丈夫?」

「はあ?何急に?」


 藤家はさも馬鹿にしたように命を見た。


「いや、藤家何か色気があると言いますか、美人と言いますか…。」

「褒めてんの?でも、さすがに狙われないから。」


 本当だろうか。説得力は無い。だって…。

 命はちらりと前に座っている中年男の顔を見た。鼻の下が伸びていて嫌な目で舐めるようにこちらを見ている。しかもその視線の先は命ではなく、藤家だ。さすがにこれは同情する。


「ていうか、藤家も遅刻なんだね。」

「遅刻…?」


 藤家は首を傾げた。そして携帯で時間を見ると軽く目が見開かれた。


「何で9時過ぎてんの?」

「いや、私に聞かれても。それが真実だから。」

「俺、8時20分くらいにこの電車乗ったんだけど。」


 藤家よ、それはあなたが1時間近く爆睡していたという事だよ。電車往復し終わったんだね。多分駅員さんは親切に起こしてくれたはずだよ。だけどさっきみたいに君は起きなかったんだね。


「まあ、遅刻は遅刻だし。」

「あんたもでしょ。何でそんなに笑顔で言うの?」


 赤信号、みんなで渡れば怖くない、だ。遅刻仲間ができたことで、命の憂鬱も軽減した。


「でも藤家、私が起こさなかったらいつまで寝てたんだろうね。」

「さあ…ずっと寝てたなんて恥ずかしいな。」


 真顔で言われても、全くそんな風には見えませんけど…。この人本当に表情変わらないなあ。


「すみません、遅れました…」


 ソロリと後ろのドアから入っていく。命の後ろを藤家が無表情でついてくる。


「榊…藤家も朝から一緒か。」


 蓮見が眉をしかめながら、意味深に言ってくる。すると黙っていた藤家が口を開けた。


「朝帰り…」

「わああああ!」


 蓮見がぎょっとした顔で本当か、と命の顔を見てくる。


「嘘に決まってるでしょ!電車で会ったんです!私は家で寝坊、こいつは電車で寝坊!」

「そうか、そうだよな。」


 蓮見はほっとしたように息を撫で下ろした。しかし、やめてくれよ、藤家。そういう冗談は蓮見に誤解を招くだけじゃなくて、ここにいる女の子たちを敵にまわす恐れがあるんだから…。もしかしたらもう、まわしてるかもしれないけど。

 その後はいつもと同じように、普通に補習を受けた。蓮見はいつもと同じく教師らしからぬ態度だったし、藤家も何も言わずに自分の課題が終わったら命に勉強を教えてくれた。

 そしていつもと同じように過ぎていくと思ったのだが…





ガタガタガタガタガタガタ…





「きゃあっ!」

「やだっ!地震!?」

「結構大きいぞ!」

「机の下に…!」




 違う…ただの地震じゃない。これは、この気配は…



 命はまだ揺れているなか、よろめきながら教室を出ていった。


「榊…!」

「榊待て!藤家も!」


 命の後を追って、藤家と蓮見も教室を出ていった。手すりにすがりながら、階段を下りていく。上履きのままグラウンドに出ていって、そこで目にしたものは…


「こ、これは…!」


 青いはずの空には、どす黒い雲が渦を巻き、光を全て塞いでいた。そして辺り一面に黒いもやのようなものが漂っている。まるで夜の闇の中にいるようだった。身震いするほどの邪気が溢れ、背筋に悪寒が走った。これは、非常に強い力の魔だ。

これほどの力を今まで感じたことは無い。


一体、どうして…


「あ…もしかして…。」


 そこで初めて先週の金曜日の仕事が途中止めで終わってしまっていた事実に気づいた。もし、あそこの結界が破られ出てきたのがこれだとしたら、これこそ言い伝え上のミコトの巫女が命がけで封印したものなのだろうか。しかし、確かアレは一体だったはず。だが、今命が感じているのは、2つの力だ。


 一つは大きな安定した魔の気配。もう一つは、やや不安定魔の気配。一体、どういうことだろうか。


「な、何だこれは!?」

「黒い…霧…。」


 蓮見と藤家が追いついて、グラウンドに出てきた。命は二人の発言に驚いた。


「二人とも、見えるの?」

「ああ。で、あれは一体…?」


 これは一般の人には見えないはずだ。見えるのは、代々この地を守るべきもののみ。いくら霊感が強いものでも、見えないのだ。見えるのは、この地を影で治める巫女と、もう二人…。




「光の狛、影の狛…?」




 とりあえず、この状況を何とかしなくてはいけない。他のみんなは、この霧は見えないだろうが、この学校を中心としているので、その中にすっぽり入っている状態になる。長時間いては魔はみんなの中に入り込み、身体的、精神的に悪影響を与えるだろう。命がどうにかしなければならない。


「蓮見、藤家、これから何を見ても落ち着いていてね。」

「え?」

「榊、お前まさか…。」


 コンタクトをはずすと、赤い瞳が光った。手を胸の前に置き、目をつぶり、意識を集中させる。


「我は榊家の巫女。我、この地を守護する者なり。ミコトの名において、この地を鎮めん。」


 手で素早く九字を切る。ごおっと陣風が吹き荒れ、つむじ風となって空へと昇っていき、雲を蹴散らす。青い空が見え、やったか、と思ったのもつかの間。残りのもやが鋭い刃のようにまっすぐ命の方へ向かってきた。足がすくんだように全く動かず、逃げることができない。


「榊!!!」


 命は思わず目を瞑って身を硬くした。蓮見が駆け寄って、庇うように覆いかぶさる。次の瞬間、ドオオオンッと凄まじい音が辺り一帯に響いた。


「ん……。」


 目を開いたときにまず最初に目に入ったのは、蓮見の洋服だった。


「榊、大丈夫か!?」


 蓮見があせったように命の顔を覗き込んできた。命は、言葉が出ず、ただ頷いた。


「良かった…。」


 蓮見の肩越しに周囲の状況を見渡すと、二人の周りを綺麗に避けて地面が衝撃でへこんでいた。命と蓮見の周りだけ、なぜか何とも無かったのだ。


「な、何で…。蓮見、何かしたの?」

「いや、俺は何も…。」

「あ!藤家は…!?」


 見ると藤家はここから少し離れていたところにいたようで、無事だった。だが、今目にした光景のあまりの凄まじさ、信じられなさに、呆然と立ち尽くしていた。辺りはしん、としている。終わったのか、と胸を撫で下ろした瞬間再び悪寒が走った。


『見つけたぞ…長い間探していた…』


 頭の中で声が響いた。男とも女ともつかない声で、心臓が早鐘を打った。どうやら蓮見と藤家にも聞こえているらしい。



『ミコトの巫女、そして狛たち。逃げられると思うな。これで終わりではない、これから、始まるのだ』



 引きつったような笑い声が響くと、その声はスーッと消えていった。後に残ったのは澄み切った綺麗な青空だけだった。





 ミコトの巫女と光の狛、影の狛、数百年を経ての再会であった



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