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夜ノ邂逅

「蓮見。」


補修が終わって、みんなが教室を出たのを見計らって、命は蓮見に教室のドアのところで声をかけた。


「何だ、お前、まだ帰ってなかったのか?」

「うん、昨日のことで蓮見にお礼を言おうと思ってね。」


 すると蓮見は少し照れたように笑った。こういう表情をすると、本当に大学生くらいに見える。実際今二十五歳だから大学を出てそんなにまだ経っていないのだが。


「うまかったか?」

「うん、ものすっごく!」

「そうか、俺にはアレのよさは分かんねえけど…。藤家も食べたのか?」

「うん、イチゴのやつ。」

「またそれは甘そうな…」

「多分藤家、見かけによらず私よりも相当の甘党だと思うよ。」

「イメージ崩れんな。」


 蓮見は苦笑しながらドアにもたれかかった。


「でもね、藤家と仲良くなれたよ。」

「ん?お前らもともと割と仲良くやってたじゃねえか。」

「そうだけど、もっとだよ。」


 すると蓮見はこめかみに指を当てた。これは蓮見が不機嫌になったときの癖だ。二年間担任だから、嫌でも覚えてくる。


「蓮見、何不機嫌になってんの。」

「いや、なってないから。」

「なってるよ。」

「どこがだよ?」


 自分の癖に気づいてないんだな、この人は。そう思うと笑えてくる。命がクスクス笑っていると、蓮見がにらんできた。


「ああ、怖い怖い。」

「ほら、もう帰れよ。」

「はいはい、じゃあね、蓮見。また来週!」

「ああ、またな。」


 まだ少し蓮見は腑に落ちないご様子。にしても、蓮見ってからかいがいがあるって言うか、教師らしくないというか…。でもそれがこの人の人気の理由の一つでもあるのだ。


 家に帰って、命は真っ直ぐベッドについた。今日は週に一度の仕事の日。そのために十分睡眠をとって力を蓄えておかなければならない。


「面倒くさいな…。」


 命はそう思いながらもゆっくり目を閉じた。そこまで眠くなくても、いつもそのまま意識はゆっくり落ちていく。

 次に目を覚ましたとき、辺りはすっかり暗くなっていた。ぼーっと夜空を窓から眺めていると、携帯が鳴った。


「おいっ、命、起きてるか!?」


 目覚めて一番に聞く声は馬鹿でかい父親の声だった。非常に目覚めが悪い…。


「起きてますよー。起きてるから電話出たんでしょー。」

「そうか、じゃあ早く清めて着替えろよ。そろそろ時間だぞ。」

「うん、分かった。」


 時間を見るとちょうど0時だった。普通に本気で寝てしまった。というか、寝過ぎである。まさか自分でもこんなに寝てしまうとは…。すごく時間を無駄にしてしまった気分である。


「お腹空いた…」


 当然だ。夕飯を食べていないのだから。どうせなら、夕飯前に起こしてくれれば良かったのに…。

 とりあえず何か胃に入れようと思い、下におりていった。

 母の作ったおにぎりを胃に入れて、水浴びをして清めたので、ぱっちり目が覚めてきた。


 現在午前1時、仕事開始の時間である。午前2時丑三つ時が、一番霊力が強くなる時間なので、向こうの世界の者たちもこっちの世界に来ようとするのだ。だからその時間に巫女は結界を見張り、強化しなければならない。

 昔は母も一緒にこの仕事を行っていたのだが、私がだいぶ力の送りに慣れて、また力もさらに強くなってきたという事で、最近は一人で行うようになった。

 髪をひとつに結い、巫女装束を身にまとう。絶対にこの姿は見られたくないな、と思う。単なるコスプレにしか見えない。もちろん、命にそんな趣味はない。これは命の正装なのだ。そして、コンタクトもはずす。このコンタクトは色を隠すためだけではなく、大きすぎる霊力を抑える役割もあるのだ。赤い瞳が現れ、力がドクン、ドクンと全身にめぐっていくのを感じる。


「さあ、行きますか。」


 結界が張っている場所は、山の上の方。そちらの方までは、歩いていく。夜道で少し危ないが、ここは田舎なので空気が澄んでいて、月明かりや星の光で十分見える。

足元はごつごつしているが、歩きなれているので目をつぶっても歩けそうだ。まあ、それは言い過ぎだけれど。

 しばらく歩くと、目的のものが見えてきた。大きな岩だ。変な文様が彫られている以外は、気にも留めないぐらいの岩。だが、それは柵に囲まれている。

 この岩は、初代のミコトの巫女が、ある事件のときに何者かを封印したのだといわれている。しかも、命をかけて封印したのだそうだ。


「あれ?」


 何故か結界の力がいつもよりも弱まっているように感じた。いつもこんなに一週間で消耗されないのに。少し不安に思いながらも、とりあえずいつもより少し力を多く送ることにしよう。

 目を軽く閉じ、意識を集中させ、石へと力を送っていく。

世間の人が思っているような呪文なんてものはなく、どういったらいいものであろうか。遺伝子として組み込まれているのか知らないが、力を操ることができるのだ。どうして話せるの?と聞かれるようなもんで、命には当たり前のようにできるのだ。さすがにコントロールの練習などは、親に嫌というほどさせられたのだが。

 そのとき、カサッと背後で物音がした。誰かに見られたかと思い、ビクッとする。ゆっくりと振り向いた先にいたのは…


「榊!?」

「は、蓮見…」


担任の蓮見陽杜だった。



 気まずい沈黙が流れる。

 月が雲に隠れてしまっていて、あまり良くは見えないが、珍しくスーツをきちんと着ているようだ。いつも下ろしている髪を上げて整えていて、年相応に見える。

 それにしても、今は夜中の2時近く。こんな時間にこんな場所でいったい何をやっているというのだろうか。


「蓮見、こんな時間にいったい何を…」

「それはこっちのセリフだ!」


 蓮見の大きな声が、静かな夜の森の中に響いた。いつも冗談半分にしか怒らないから、その迫力に心臓の音が大きくなる。しかし夜中だということを思い出したのか、蓮見は声のボリュームを落とした。


「未成年が、こんな時間にこんな人気のない場所にいて、何かに襲われでもしたらどうするんだ…」


 蓮見はそうため息混じりに言いながら近づいてきたが、命の格好を見てぎょっとした様に目を見開いた。


「おま、どうしたんだ!?その格好!」

「あっ…これは、ちがっ」


 命も自分の今の格好にようやく気がついて顔が熱くなる。女子高生が夜中に山の中で巫女さんコスプレして…もはや、変態にしか見えないだろう。これは、誤解されないためには正直に言うしかないな…。


「蓮見、この下に神社があるのは知っているでしょう?」

「?ああ、そうだな。俺もたまに行くが、どれがどうした?」

「私そこの娘なんです。」


 蓮見は口あんぐりになっていた。そうだよな、神社の娘なんて、思わないよな。


「仕事として週一でこのあたりの見回りをしなくちゃいけないんですよ。まあ、こっちの職業も色々大変なんですね。だから、あの、この格好でこの時間にね?おうちのお手伝いです。」


 そう言って、我ながら呆れた。嘘は言ってないのだが、どうも嘘っぽいのだ。蓮見は無言のままだ。恐る恐る蓮見の方を見上げると、蓮見の大きな手がガシッと命の頭に置かれた。


「えらいぞ榊!」

「え?」

「正直、お前のことをバカにしていたが…」

「おいっ!」

「見直したぞ、榊!」


 ワシャワシャと頭をかき回される。せっかく髪の毛をきちんと結ったのに、グチャグチャにされてはかなわないと思って、抵抗した。しかし蓮見は笑いながらなおも続行する。


「ちょっと、蓮見、やめてったら!」

「何だ何だ、照れてんのか、榊。かわいいやつめ。」

「照れてなんかないっ!」


 そう言いながらも、命の顔には熱がたまっていく。この手には弱いのだ。とても安心感があって、気持ちよくてぼーっとしてしまう。そうすると、絶対だらしない顔になるから、やめてほしいのだ。


「は、蓮見はどうしてこんな時間にここにいるの?」

「あ?俺か?」


 蓮見はあごに当ててうーん、とうなった。


「まあ、お前にならいいか。」

「何?」

「俺さ、ここらへんの地主の息子なんだよ。」


 ………初耳だ。ここにずっと住んでいるのに地主の名前を知らないなんて。苗字さえ聞けば気づいていたかもしれないけれど。というよりも、蓮見の家が近所だと言う事も驚きである。


「そ、れは知らなかった…。」

「だろうな。俺も知られたくない事だし。」

「え?何で??」

「だって、考えても見ろよ。金目当てでうざいくらいに寄って来るだろ。」


 何が?と聞くほど野暮ではない。確かにその通りだ。その顔目当てでただでさえ女が腐るほど寄って来るのに、更に金がプラスとなれば…他人事ながら、想像しただけで鳥肌が立ってしまった。


「で、それを私に言っていいの?誰かに言うかもよ?」


 すると蓮見はにっと口の端を吊り上げた。


「お前のことは信頼しているからな。口が堅い奴だからそんな事言わないだろう。それにもし言ったら、俺もお前の家が神社だと学校中に言いふらすからな。」

「はい、絶対言いません!」


 こぶしを握り締めて言うと、蓮見は呆れたように笑った。


「お前、そんなに神社だって知られたくないのか。」

「嫌ですよ、薄気味悪いでしょう?」

「そうか?神聖な感じがしていいじゃないか。」


 そんなものだろうか。本当の事を知っても、蓮見はそう思ってくれるのだろうか?命は蓮見の目をじっと見つめた。


「まあ、とりあえずこの事は二人だけの秘密って事で、な?」


 その言葉に何だかちょっと恥ずかしくなってしまった。結構、そういう二人だけの秘密、とかには弱いのだ。自分だけに、という特別感がして。まあ、蓮見はそんなに深く考えてないのかもしれないけど。初めて蓮見相手に少しドキドキしてしまった。


「そ、それじゃあ、またね、蓮見先生!」


 命はその時、雲に覆われていた月が姿を現し、淡く私たちを照らしていたことに気がつかなかった。そして、仕事が中途半端に終わってしまっていたことも忘れていた。


 この小さなミスが、全てを招いていくことになる。少しずつ、歯車は回り始めたのだ。


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