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神社ノ訪問者

 窓の外が茜色に染まり始めた。夏の日は長いから、もうすぐ夕飯時か。少し外も涼しくなったようなので、久しぶりに神社のほうへ遊びに行くことにした。遊びに行くといっても別に何もないのだが…。


 命の家は神社の敷地内にある。だから本当に一分歩けばすぐ着く場所だ。じゃり、じゃり、と歩くたびに音がする。この音が命は結構好きだった。何だかんだ言っても、神社の雰囲気が好きなのだ。気分が落ち着く。



カランカラン…



 鈴を鳴らす音が聞こえる。珍しく、誰かが参拝に来ているようだ。そっとそちらの方に回ってみる。紺色の着物を着た若い男がそこには立っていた。



「藤…家?」



ビクッと肩がゆれ、静かに顔だけこちらに向けてきた。少々驚いているようだ。強い風が二人を包んだ。境内に植えられている大きなケヤキの木がザワザワと揺れる。



「…榊。お前、どうしてここに?」

「だって、ここ…あ、いや、私、ここ落ち着くから好きでよく来るから。」



 しまった。ついつい「ここ、私の家だから」なんていいそうになってしまった。口が滑らす所だった。


「あ…そ。」



 藤家は興味なさそうにそう言って、階段に腰を下ろした。命はちょどその前に立っている状態で、その微妙な距離感と身長差が気まずい。


「あの…」

「………」

「えと、隣、座っていい?」



 藤家は無言で少し身体を横にずらした。これは、座っていいっていう事だろうか。

別にだめとか言われてないし。ていうか、ここうちの敷地だし。

 頭の中でぶつぶつと言い訳を言いながら、命は少しだけ距離を離して、藤家の隣に腰掛けた。


「………」

「………」


 会話が、ない。

 沈黙ってこんなに痛いものなのか。やっぱり、先ほどの補習での一件のせいかな。やっぱり、謝った方がいいんだろうか。


「藤家、あの、さ」


 命が口を開くと、藤家は少し顔を動かし、切れ長の目でじっと見つめてくる。そんなに見られると、かえって言いずらいというか、何ていうか。言葉が後に続かず、口だけがパクパク開閉するまぬけな様子となる。


「あ、ふ、藤家。今日は着物なんだね!」



 ち、ちがーう!


 そうじゃない。言いたいのはそれじゃない。確かに少し気になってはいたけど、いやに和服が似合いすぎているけど。決して今はそういう事を聞きたかったわけではなく…。自分のあまりのヘタレ加減にほとほと呆れてしまう。


「ああ。今日は稽古だったから」

「稽古?」

「そう、家の」


 良かった。せめて答えてくれて。そういえば、藤家の実家が日舞をしているって風の噂で聞いたことがあるような。

 日舞って関わり全くないし、どんなものなのかさっぱりだけど。あれでしょう?扇もってこう、舞う感じの。うん、イメージついた。和風美人な藤家にはピッタリだな。うん、うん、と命は一人で納得していた。


「今日稽古入ってるの忘れてて、だから急いでて」

「え?」

「…だから、別に怒って帰ったとかじゃないから」


 藤家は少し顔を俯かせた。


「あんた、ずっと気にしてただろ。悪かったな」


 ぶっけらぼうに藤家は言ったが、そこからは気遣いが見て取れた。この人、素直じゃないだけで、優しい人なんだ。


「藤家…」

「いや、でもちょっとはむかついた」

「え!ごめん!私もあの後自分で反省した。もう何か無遠慮にドカドカ入り込んで、教えてもらっている身でありながら。今日会ったばかりの訳分かんない奴にあんなこと言われたら、私だったらぶん殴りたくなるかもだし…」



 そう早口で焦ったようにまくしたてる命の様子を藤家はきょとん、と眺めていたが、すぐにフッと笑った。二人の間の緊張も解けた。



「いや、ちょっと戸惑ったんだ。榊の言っていたこと、当たってたから…」


 藤家は立ち上がり命に背を向けた。着物の袖が風で少しなびく。


「今まで人が近くにいるのって嫌だった。自分に干渉されたくなかった」


 藤家は夕日をしばらく見つめていた。命はその後姿を見つめていた。

なんだかすごく儚くて、今にも姿が消えてしまいそうに見えたのだ。


「藤家、私…」

「でも、」


 藤家は命の方へ再び向き直った。なんだか少しスッキリしたような表情をして。


「でも、榊は嫌じゃない。何だろう。落ち着くんだ」

「私も、何だか今日はじめて会ったような気がしないよ。」

「ふ…、何かへたなナンパみたいだな」

「あはは、確かに」

「今日は、久しぶりに普通に人と話したから。自分の感情についていけなかった。今まで、こんなに感情が動いたりすることはなかったから…。でも、これが普通。少し普通を怠っていたかな」


 そう言って笑う藤家は、少し寂しそうに見えた。


「こんなに、話すのも久しぶりだから、自分でも何を言ってんのかよく分からないんだけど…」


 すると藤家は何を思ったのか、ちょっと待ってて、と命を置いてどこかへ行ってしまった。


「びっ…………くりしたー」


 まさか藤家があんなに喋ってくれるとは思わなかった。しかも、すごく考えながら一生懸命話してくれたのだ。しかし、藤家が話しているのを聞いていて、何か暗い闇のようなものを命は感じた。心の深いところに。


 

「榊」



 しばらくして、藤家が少し小走りで帰ってきた。下駄の音が心地よく響く。

手には何か花が握られている。


「藤家、急にどうしたの?」


 すると藤家は無言で花を差し出した。


「桔梗の花?」

「そう。それこの神社の裏に咲いてる」


 へー、そうなんだ…。自分の家なのに全く知らなかった私って…。


「俺の一番好きな花なんだ」

「桔梗が?」

「ああ、それに俺が生まれた日…八月二十八日の誕生花が桔梗で、俺のもう一つの名前。」

「もう一つの名前?」

「うん。家の仕事の外での呼び名。小さい頃からそっちの方ばっかり呼ばれている」



 桔梗の花に目線を落とす。薄紫色の可愛らしい花は、どこか凛としているような感じもして…。



「桔梗の花…藤家にピッタリだね」


 そう言うと藤家は少しだけはにかんだ。その表情は可愛らしく、やっぱり桔梗の花に似ているな、と思ってしまった。


「確か花言葉は気品、誠実、従順、清楚…。」

「なに?そんな事まで知ってんの?」

「うん、うちの父親何故かちょっと見かけによらずに乙女チックな趣味も持ってて、家に花言葉の本があるんだよね。でも、うーん…何だかもう一個ぐらいあったと思ったんだけど…なんだったっけ…。」

「いや、それは思い出さなくていいよ…」

「藤家何か知ってんの?ねえ、何だったっけ?」


 だんまりである。しょうがない、まあいいか。


「でもさ、いいよね、桔梗の花って。」


 命は桔梗の花を夕日に照らしながら言った。夕日に当たって輝く部分と影の部分のコントラストがきれいだった。


「私、好きだな、桔梗。」

「は!?」


 藤家はビックリしたように突然大きな声を出した。そんな声を出されたらこっちだってビックリしてしまう。


「え、藤家?どうしたの?顔赤いけど」


 見ると藤家の頬は夕日みたいに真っ赤に染まっている。うろたえている藤家は、何だか藤家らしくなく、不思議な感じがした。

 それにしても、一体何に対して赤く…

 そこでやっと命も先ほどの発言の意味に思い至った。徐々に顔が赤くなる。桔梗が藤家のもう一つの名前だとさっき話されたばかりなのに、自分の記憶力の無さに情けなくなってくる。


「あ、あの!藤家…あの」

「大丈夫。分かってる。あんたのことだからすぐ忘れて言ったんだろうなって。」

「あああ…ごめん…。」

「さっきまで稽古で桔梗って呼ばれてたからこっちも反応しちゃったんだよ。別に謝ることじゃない。」


 二人共顔をほんのり赤くしたまま黙り込んでしまった。先程までとはまた違う気まずさだ。藤家は軽く咳払いをすると立ち上がった。


「じゃ、俺もう行くから。」

「そっか。じゃあ、明日ね。また勉強教えてね。」

「嫌だよ。あんた物覚え悪いし。」

「え…。」

「嘘だよ。気が向いたらな。」


 そう言うと藤家は、じゃり、じゃり、と足音を立てて石段を下りていった。その後姿を命は見送っていた。


『じゃあな、ミコト』


 あれ?


 一瞬誰かの姿が藤家の姿と重なったが、すぐに消えてしまった。何だったのだろうか?何だか知っているような気がするのだけれど…。

 しかしその時はそんなに気にも留めなかった。今思えば、それは事が起こる前兆だったのかもしれない。もうそれは運命によって決められていたのかもしれない。




  運命が変わる事件まであと1週間




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