A級ライセンスの女(お題小説)
沢木先生のお題に基づくお話です。
今回は私のキャラの中でも非常に優秀なキャラの中津法子が登場します。
お借りしたお題は「A級ライセンス」です。
私は神村律子。某私立大学に通う二十歳の女の子。田舎の両親には、
「何も東京の私立に行かなくても……」
と愚痴を言われ、嫌な気持ちで上京したのだった。
不安と期待が入り混じった状態で、私のキャンパスライフが始まり、そこで出会ったのが現在の親友である中津法子。彼女は世田谷区に実家があるにも関わらず、大学の近くにアパートを借り、独り暮らしをしている。お父さんは商社か何かに勤めていて、ほとんど家に帰って来ないらしく、一人きりになってしまうお母さんに反対されたらしいのだが、
「法子のしたいようにしなさい」
何故かお父さんは彼女の独り暮らしに反対しなかったようだ。普通は父親が心配すると思うのだが、中津家は違ったようだ。
私が彼女の親だったら、絶対に独り暮らしはさせないと思う。何しろ、彼女はいつタレントにスカウトされても不思議でないくらいの美人だからだ。その上卒業した高校は常に成績トップだったという所謂才色兼備なのだ。もちろん、万事控え目の法子が高校時代の成績の話などしてくれるはずはない。この情報は後でお母さんに聞いたのだ。
「社会に出る前に親元を離れるのは必要な事だ」
お父さんはそう言ってお母さんを説得したらしい。言い出したら聞かないのは、法子もお父さんも一緒なので、お母さんは大きな溜息を吐いて白旗を挙げたという。
「但し、ボーイフレンドを部屋に上げるのは厳禁だ」
それがお父さんが独り暮らしを認める条件だった。なるほど、そんなところで父親の顔を見せているのね。普通の女子だったら、
「ええ、それはないわよ」
と抗議するところだが、法子は二つ返事で承諾した。
「だって、私にはボーイフレンドなんかいないし、多分できないから」
私にその話をしてくれた時、そう言って笑ったが、私には信じられなかった。法子ほどの美人にボーイフレンドがいないなんて……。しかも、できないと言い切ってしまうのも法子らしいと言えば法子らしいのだ。彼女を狙ってたくさんの男子が、同期の子はもちろんの事、上級生も声をかけて来たのだが、惚けているのか、意図しているのか、法子は全く取り合わず、全員撃沈してしまった。
そんな中で一番長く彼女にアタックしていたのは、群馬県の榛名湖畔で起こった殺人事件が縁で出会った群馬県警高崎署の田島刑事だ。法子は、
「私なんて、気が強くて口論好きで同性に嫌われるタイプですから、他の方とおつき合いされた方がよろしいですよ」
と言ったが、田島刑事は諦めず、彼女に何度も捜査の進展状況と称して手紙を送って来ていた。
「どうしたらいいかな、律子?」
法子が真剣な顔で私に相談してきた時は、本当にこの子、恋愛に関しては奥手なんだなと思った。そう言う私も、決して恋愛マスターではないが……。
美人で勉強ができて、その上スポーツも得意らしい事がわかり、だんだん法子が近づきがたい存在になりかけていたのだが、今回の事で急に親しみが増した。完全無欠と思われた法子にも、不得手な事があったのだ。
「何、ニヤニヤして……。気持ち悪いな」
運転席の法子がチラッと私を見て言った。私は苦笑いして、
「ちょっと思い出し笑いしてたかな?」
と誤魔化した。法子はクスッと笑い、
「律子って面白いわよね、本当に」
「そ、そう?」
嫌な汗を掻きながら法子を見る。
「さて、出かけましょうか?」
法子が笑顔で言い、アクセルを踏み込む。車はタイヤを軋ませて、法子のアパートの駐車場から目の前にある片側一車線の道路に出た。
「今日はいい天気だから、山梨まで行っちゃいましょうか?」
嬉しそうにハンドルを操作し、シフトレバーを入れ替える法子。私は顔を引きつらせて、
「う、うん」
と言うのが精一杯。彼女のドライビングテクニックは、まさしくA級ライセンスモノなのだ。ハンドルを握ると性格が変わる人は多いらしい。もちろん、法子がそうだという訳ではないが、運転している時の彼女は普段の穏やかな彼女とは一味違う。愛車はスポーツタイプ。ターボも付いている「走り屋」が乗るような仕様だ。これもまた普段の彼女からは想像がつかない。
「あ、安全運転でね、法子」
私は搾り出すようにそれだけ言った。
「もちろんよ」
法子は会心の笑みで応じてくれた。ああ、神様……。
お読みくださり、ありがとうございます。