その蜜は愛のような狂気
近親相姦要素、残酷描写、異世界要素が苦手な方はこの先に進まないように!
後書きに裏設定の暴露をしています。
逃げるつもりもなければ、否定するつもりもなかった。
「姉さん、愛しています」
甘い甘い声で囁かれる。
気付けばいつの間にか退路を塞がれていた。
幸か不幸か人通りの少ない場所だけど、本当は晶季〈あきとき〉がわざわざそういう道を選んでいることを知っている。
平凡な容姿に平凡な学力、運動神経だって並みで秀でた才能があるわけでもない。それなのに私は、執着されていた。
私とは全く似ていない、双子の弟──晶季に。
登校も下校も一緒で、それだけではなく休み時間毎にはメールが届く。
『シスコン』では済ませられないような愛情の重さに息をするのも辛くなるような濃密な狂気が入り交じる。
その危うい感情を、私は拒絶することが出来ない。
拒絶してしまったら、きっと壊れてしまうから。
徐々に近付いてくる晶季の、私とは違って綺麗な顔に、諦めを抱き始めた瞬間……地面に穴が開いて、一瞬の内に周りの景色が変わっていた。
お姫様のような女性が私と晶季を見比べてにたり、笑った。
あ、と思う暇もなく私は鎧を着た人たちの手によって晶季から剥がされて床に引き倒される。
キラキラと輝くオーラを放つ人たちを見上げながら、私は晶季の瞳に狂気が浮かぶのに一人怯えていた。
私の存在がないもののように扱われていることに、晶季の怒りが満ちていくのがわかったから。
「ようこそおいで下さいました勇者様」
──美しい容姿をしたお姫様のような女性がふわりと微笑む。その視線の先に私の姿はない。
「あなた様は異世界より選ばれた尊い方なのです。どうかこの世界をお救い下さい」
「獣王を倒しこの世界を救ったならばどのような願いも叶えようぞ。……受けてくれるな?」
いかにも偉そうな身なりをした壮年の男が威圧感を出しながら言った。
「姉さんを蔑ろにする世界を……僕が救う……?」
笑い出しそうになるのを堪えているような声で、晶季は呟いた。
端から見たら恐怖に怯えているように見えるんだろうか、お姫様のような女性が美しい顔に悲痛な色を湛えて晶季の手を握る。
「勇者様、あなた様にはわたくしがついております……どうか、どうかこの国をお救いください」
最初から色仕掛けをするつもりだったのか、お姫様のような女性は胸を押し付けていた。
晶季が何を呟いたかは聞こえていなかったようだった。
「……僕に、触るな」
パシッ、晶季はお姫様のような女性の手を振り払う。
そして、まるで虫けらを見下すような目を向けた。
「な、何を……」
「勇者の件、お断りします。……姉さん、大丈夫ですか?」
勇者に選ばれるということはこの上なく名誉なことなのだろう、その場にいた誰もが当然のように了承されるものだと思っていたらしくざわついている。
ふにゃりと蕩けるような笑顔を向けられた私も、びっくりした。
「姉さんを害する世界を僕が救うわけ、ないんですよ」
「貴様……っ、勇者には傷を付けるな! その女を捕らえろ!」
──青い光が私に向かって飛んできた。
それからのことは、よく覚えていない。
気が付けば辺りの至るところに赤い水溜まりが床を汚していた。
「晶季?」
「姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん、ほら、こうすればもっと綺麗ですよ」
赤いものに塗れた唇で、晶季は私に口付けた。
鉄のような味。血の、味だ。
ぬるりとしたものが口内に侵入してきて私の舌を絡めとる。
「ん、ふ……ぁやめ、っ」
「ふふ、姉さん、どうしてかここに来てからはひどく獣の血が騒ぐんです。殺して、しまった。僕が……っ、一人一人、喉笛を咬み千切って……!!」
透明な雫を目からポロポロと溢しながら、晶季は私にすがり付いた。
……そういえば最初に、晶季に相手にされないことに腹を立てた女の子たちに頼まれて私を襲おうとした人に咬みついたときも、こんな風に泣いていたような気がする。
──嗚呼、皆、死んでしまったのね。
「ここにいたら、きっと誰かに見つかってしまうから。どこか別の場所に行きましょう?」
今さら怖いと思うことはない。
だって私は、もう。
前に一度、晶季が目の前で獣に変身して人間の腕を咬み千切ったところを見ている。
そしてそれを“受け入れた”のだから。
「姉さんのことは、僕が守りますから」
「ええ、ありがとう」
甘い甘い蜜のような、狂気じみた愛を受け入れてしまえば、後は堕ちていくだけ。
「愛しています。ずっと、ずっと、これからも」
世界が変われば、常識だって変わる。
異常だった愛も、禁忌だった恋も、ここでは誰も咎めはしない。
「ええ、私も……」
だから私は、見ないフリをした。
血溜まりの中でまだ動いていた人がいたことも、私たちを召喚したであろう魔法陣が淡い光を放っていたことも。
※裏設定の暴露
この双子のお父さんは獣王様です。
晶季はこのお父さんの血を濃く引いていたためにケモノの姿になれます。
お母さんはかつて獣王様に召喚されて花嫁になり、双子をお腹に宿しましたが直後に人間によって無理矢理に送還されてしまいました。
それが原因で獣王様は人間を襲い始めました。
お母さんの生死は考えてません。
生きてて、双子との繋がりがあることでまた召喚されて親子仲良く世界征服をしてもよし。
死んでて、獣王様が双子を忘れ形見として可愛がってもよし。
ちなみにこの異世界では近親婚は当たり前ということになっています。