番外編〜名刀の眠る国(後編)〜
後編です。
サクヤは殆ど活躍しません。半分以上終夜の話になってます。
ではどうぞ
裂夜の母、十六夜は小鬼に襲われた会場から少し離れた茂みに身を隠していた。
「灯夜さん……」
自然とその名前を、愛した人の名前を呟いてしまう十六夜。暫く息を潜めていると、会場の扉が開き、中から血まみれの灯夜を抱えた、血まみれの裂夜が姿を現した。
「裂夜!」
十六夜は慌てて裂夜に駆け寄る。
「何があったの!?」
「父上が……亡くなりました」
十六夜の問いに裂夜は短く答えると、既に息絶えた灯夜を十六夜へと手渡した。
「!……灯夜…さん」
十六夜は眼に涙を浮かべ、抱きかかえた灯夜を見つめる。そして、
「お疲れ様……ゆっくり、休んでください」
送り出すように笑顔で語りかけ、十六夜と裂夜は灯夜を<オラル>に在る平原の中心に埋めるのだった。
「母上…1つ聞きだい事があるのですが」
敬愛すべき父親の墓から視線を外した裂夜は十六夜へと向き直る。
「何?」
「私に備わっている特殊能力についてです」
「『加速』の事?」
全てを見透かした様な十六夜の言葉に、裂夜は思わず息を飲んだ。
「…知っていたのですか?」
「ええ、その事は灯夜さんから聞いたわ。あの人には、そういう能力…『力の解明』があるの…」
一旦言葉を切り、また口を開く十六夜。
「あなたに備わる日が何時になるか分からないけど、その能力を使えば、あなたの行動は“一時的に超速になり、周りの人間が遅くなったように見える”らしいのよ」
「私に、そんな力が……」
「でも、決して私が教えたと言ってはいけませんよ?」
「何故です?」
「私にはそういう能力が無いから、嘘を言っていると思われるだけ……能力を持っていたあの人が言ったとなれば、皆信じる筈だから」
「分かりました」
其処まで言って、裂夜は何かを決心した様に口を開く。
「……母上」
「……?」
「私はこの裂夜という名をを封印します。これからはカタカナで“サクヤ”で生きます」
「!…それはどうして!」
十六夜は驚きを隠せない。何故なら、自分と灯夜が付けた名前を封印されるのは心が痛いことなのだから。
「裂夜の名前は“夜を斬り裂いて進む”という意味で2人から付けていただいた名です。しかし、私は今から、夜だけじゃない。人を、生き物を斬り裂きに行きます。だから……この名前は捨てなければいけないんです」
今まで見たこともない裂夜の形相に、十六夜は思わずたじろいでしまう。
「しかし、必ず此処に戻ってきます。待っていて下さい」
平原に十六夜を残すと、サクヤは一目散に遺跡に向かって走り出す。十六夜は険しい表情から一変、優しい表情その背中を見送っていた。
「灯夜さん、見ていますか?…私達の娘はあんなに強い…」
−<オラル>の遺跡・内部−
サクヤは沈みかけていた遺跡に入り、ひたすら階層を下へ下へと進んでいた。途中小鬼と出くわす。
「だ、誰だお前は!?」
「どけぇぇぇぇ!」
サクヤは有無を言わさず、すれ違い様に小鬼の脚を刀で斬り落とす。
「ギャアア!あ、脚がぁぁ!」
小鬼の悲痛な叫びを無視して、サクヤは駆け抜ける。頬に付着した返り血を拭うこともせずに……。
−数分後−
漸く中間地点と思われる場所へ到着した。壁に取り付けられた数本の松明が小さく燃え、僅かに明るい石室である。そして、其処にはサクヤの兄、終夜が居た。
「兄様!」
「裂夜……会場の皆は無事か?」
「……いいえ…母上を残し、全員……亡くなりました」
「!!」
サクヤがいくらか言いにくそうな表情で告げた現実に、終夜は驚くしかなかった。
「…ということは、父上も……!?」
「はい」
「くっ!俺があんな所で足止めをくらっていなければ!」
「兄様の責任では有りません。お気になさらずに……ところで、情報を流していた輩は見つかったのですか?」
「今、怪しい人影を見つけて追いかけて来たんだが、見失った」
「捜しましょう。まだ近くに居る筈です」
「その必要は無い」
何処からともなく発せられた第三者の声に2人は振り返る。目線の先には、黒いコートを着た人物が数人。
「誰だ、お前達は」
終夜が天龍を抜く。臨戦態勢に入っている様だ。
「我等は名刀を狩る者、ソードハンター。貴様の名刀、『天龍』は我等がもらい受ける」
「そういう台詞は…」
「“俺を倒してから言え”か?」
その言葉をあらかじめ予想していた様にハンターが自分の刀を抜いた。
「その通り!」
終夜は言葉を言い終わる前に走り出し、ハンターの1人に天龍を振るう。
「聖天焼!」
天龍の刀身が真紅に染まり、ハンターの持つ刀に触れた瞬間、一帯を巻き込む大爆発が起きた。
「な、何!?ぐあぁぁ!」
ハンターの驚いた声は、爆発の中へと消える。
「兄様……」
サクヤは終夜の身を案じたが、その心配は杞憂に終わる。終夜はしっかりとした足取りで爆風の中をサクヤの方へ歩いて来ていた。
「サクヤ、無事か?」
「勿論。私を誰の妹だと思っているのですか?」
「そうだったな。さて、お前等、まだやるか?」
「僕がいこうか」
そう言って出て来たのは、ハンターの中でも一際細い体格をした人物。声が無ければ男性か女性か判らない。終夜はこの人物から言い知れぬ恐怖感を覚えていた。
「サクヤ」
「はい?」
「お前は名刀を探しに行け。此処は俺が何とかする」
「え?しかし…」
「先に見つけられ、持って行かれるより良い。名刀を守るのが先決だ。分かってくれ」
「…分かりました。ご無事で、兄様」
サクヤは遺跡の奥へと走っていき、やがて暗闇の中に姿を消す。それを確認した終夜は男の方に向き直った。
「春風終夜……流石は史上最年少の[伝説の剣士]。格が違うね」
「そう言うお前は誰なんだ?」
「僕はソードハンターの幹部、天帝…幹部の中では強い方なんだ」
帝はフードを脱ぐ。金髪に紅い瞳をした少年だった。
「そんな事聞いてないんだがな」
「それは残念。さて、早速手合わせ願おうかな」
帝は刀を抜き、構えた。
「泣いて謝っても、許してやらないからな」
「心配はいらないよ。君は僕の前に平伏すしかないんだからね」
「戯れ言を!」
終夜が天龍を抜きつつ帝の顔に向かって斬りつけた。帝はその一撃を刀で受け止めると、天龍の刀身に自らの刀の刀身を絡めるように回転させて、すくい上げるように天龍を上へと弾いた。
「何!?」
「まだまだこれから、だよね?[伝説の剣士]春風終夜さん」
「当たり前だ!」
ジャンプして天龍をキャッチした終夜は、そのまま帝へ急降下。そして、
「聖天焼!」
刀身が真紅に染まった。帝はこれを刀で受け止める。爆発が起こると分かっているにもかかわらず。
巨大な爆風で遺跡全体が揺れ、もう内部崩壊しても可笑しくない状態である。
「少しは効いたか?」
「少しね」
「!」
帝は何もなかったかのように終夜の前に立っていた。流石に驚いた終夜は間合いを離し、距離をつくる。
「(確かに聖天焼は直撃した。なのに、何故あいつは殆ど無傷なんだ!?)」
「さて、そろそろかな」
「?」
「兄様!」
終夜が振り返ると、其処には護身用の刀の他にもう1本、見慣れない刀を手にしたサクヤが息を切らして立っていた。
「見つけました!この国に眠る名刀!」
「サクヤ逃げろ!早く!」
「もう遅いよ」
帝の威圧感が増したかと思った瞬間、終夜とサクヤは床に貼り付くように倒れ、身動きがとれなくなっていた。
「な、何だ!これは……」
「うご…けない…!」
帝は終夜の横を通り過ぎ、サクヤの前でしゃがみ込む。
「これが『震龍』。良いものを見つけたよ…じゃあ、またね」
「ま、待て!」
帝は終夜の言葉を無視して遺跡の奥へと消えていくのだった。
−<オラル>平原−
「すみません。兄様……私のせいで」
「気にするな。それに帝の目的は名刀じゃないようだったしな」
「でも、あの名刀を持って行きましたよね?」
「それなら俺の天龍は何故奪われなかったのか、という事になる」
「確かに…」
「貴方達、此処に居たのね」
この声は2人の母、十六夜のものだ。
「母上」
「母上……あの、父上の事は…」
「良いのよ終夜。あの人はあなたを恨んだりするような弱い人じゃないから」
「はい、ありがとうございます。それと、1つ相談があります」
「何かしら?」
「俺はこの国を出ようと思います。斬風と名前を変えて」
「そう言うと思っていたわ」
「では早速旅立ちます。母上、元気で」
そう言うと、終夜はわきめもふらずに走り出し、あっという間に見えなくなった。
「……」
「サクヤ、貴女も行きたいのでしょう?」
「え……あ……はい」
緊張したようにサクヤは言うが、その瞳は決意に満ちている様に、十六夜には感じられた。
「なら行きなさい。貴女の母は、何時でも此処で待っていますよ」
「はい!」
サクヤは終夜と違って、ゆっくりと歩き出す。そう、これがサクヤの偉大なる一歩。
遺跡が沈み、家屋が崩壊して何もなくなった<オラル>の風景は、何故かサクヤの心に暖かい光を灯していた。
次からまた本編に戻ります。
では、感想などお待ちしてます