番外編〜名刀の眠る国(前編)〜
今度はサクヤの番外編です。名前が漢字ですが、どうしてカタカナになったかは後編で語ります。では、どうぞ
「灯夜さん、この子の名前、何にする?」
「そうだな……」
灯夜と呼ばれた男性は、女性が腕に抱き抱えている、産まれたばかりの赤子を暫く見つめる。そして、
「裂夜、というのはどうだろうか?」
「裂夜?」
「私の名は春風灯夜。夜を照らすという意味を込めてつけられた名だ。君の十六夜の名の意味は『総ての夜に、陰ることなく在り続ける』だ。この子は先の見えない夜も、孤独な夜も斬り裂いて進んで欲しいという願いから、裂夜」
「いい名前ね」
19年前、<オラル>で春風灯夜と春風十六夜の間に子どもが産まれた。名を裂夜。
これから語るのは、サクヤが龍達と出会う1年程前の物語。サクヤが18歳まで成長した頃の話である。
裂夜の故郷、<オラル>。当時は遺跡や文化財等が多数点在し、重要な国として世界の注目を集めていた。そんな<オラル>で、祝賀会が開かれていた。その名目は、裂夜の実兄、終夜の[伝説の剣士]就任祝い。史上最年少の22歳で[伝説の剣士]となった終夜の祝賀会には<オラル>中から人が集まり、会場は大盛り上がり。裂夜もまた祝賀会に参加していた。
「兄様は何時になったら会場に来られるんでしょうか……」
灯夜、十六夜と共に会場に来ている裂夜が心配そうな表情で、会場内を見渡す。その中に終夜らしき人影は無し。
そんな中、会場の扉が突然開き、軍服を着た男性が入室。辺りをキョロキョロと見回し、裂夜を見つけると、裂夜の元へ歩み寄ってきた。
「終夜君の妹の裂夜さんですね?」
「はい。そうですが、何かあったのですか?」
すると男性は裂夜の耳元で、
「今、<オラル>に小鬼の一族が入り込もうとしていて、終夜君が赴いています。ですから貴女もきてください。伝えたい事がある、と終夜君からの伝言です」
「……?……分かりました。直ぐに向かいます」
裂夜は会場を飛び出し、<オラル>郊外へ向かった。一見危ないような気もするが、そこは[伝説の剣士]の妹。兄には及ばないものの、相当なセンスを有しているのだ。向かう途中、何匹かの小鬼と出くわした。
「見つけてしまった……」
「ん?なんでこんなとこに人間が居るんだ?」
「えーと……貴方達を倒しに来ました」
「ほぉ、お嬢さんが言うねぇ。しかし、舐めるな!」
小鬼が棍棒を手に、一斉に飛びかかってくる。裂夜は後ろに跳び下がってかわし、小鬼が棍棒を振り下ろした一瞬の隙を縫って懐に踏み入ると、全ての小鬼の首筋を手刀で叩き、気絶させた。
「が……!」
「まぁ、こんなものでしょうか。あ、いけない!兄様!」
裂夜は走った。兄を探して走った。
終夜が居たのは、<オラル>の外れ。丁度、最後の小鬼の首を斬り落として命を奪ったところだった。吹き出した血を見つめる終夜の表情は少し悲しそうにも見える。裂夜は“いつもの事だ”と肩をすくめ、終夜に歩み寄った。
「終夜兄様」
「裂夜……来てくれたのかい?」
「はい。で、伝えたい事とは何なのですか?」
「実は……この国に眠っている名刀についてなんだ」
と、終夜は声を潜めて言った。
「名刀……ですか?」
首を傾げる裂夜。それも当然、この国に生まれて18年、裂夜はそのような事は全く知らされずに育ってきたのだ。
「ああ……此奴が強力すぎる刀でね。前の持ち主が封印したんだ。」
「何処に封印されているのですか?」
「<オラル>の遺跡の何処か、らしい。俺は小鬼達がその名刀を狙って<オラル>に入ろうとした事を知り、祝賀会の会場に行くのを後にして、此処を守ってたんだ」
「一体、誰が小鬼達にその情報を与えたのでしょう?」
「まだわからないけど、必ず見つけ出すよ。それより……」
終夜が言いかけた時、何処からか、轟音が鳴り響いた。
「何だ!?」
「兄様!遺跡が!」
裂夜が指差した方向には、崩れ去っていく遺跡。それも1つではなく、遺跡が崩壊すると同時多発的に幾つもの遺跡が地面に沈んでいく。
「まさか、敵はもう仕掛けてきたのか!?」
「それにしては早すぎますよ!」
「とにかく、俺は遺跡を見てくるから、お前は会場の皆を避難させるんだ」
「分かりました」
「それと、これを」
と言って終夜は裂夜に1本の刀を手渡した。
「これは護身用の刀だ。地面に突き立てると結界を張ることが出来る」
「しかし、兄様は?」
「心配無い。俺にはこの名刀『天龍』があるのを忘れたのか?」
終夜は、刀身が透き通るような空色をした刀を鞘から抜き、裂夜の前に突き出した。
「そうでしたね。私は避難誘導を済ませたら直ぐに向かいますので、それまで」
「ああ」
裂夜は終夜に背を向けると、会場の在る方向へ走り出す。
……………
息も絶え絶えになりながら走り続ける裂夜。
漸く会場が見えてきた。
「皆さん!急いで逃げ……ッ!!」
その扉を勢い良く開けた裂夜の眼に飛び込んできたのは、辺り一面血の海と化した祝賀会場だった。
会場の飾りには血がこびりつき、床には人の形を成していない肉塊もたくさん転がっていた。
「これは……ウッ!!」
あまりの悪臭に裂夜は口元を抑えてしゃがみ込む。そして、目の前に倒れている人物に眼が止まる。それは裂夜の父、灯夜であった。
「父上!」
慌てて灯夜を抱き起こす。
「うう……さ、裂夜…なのか?」
灯夜は今にも消え入りそうな声で話し始めた。
「はい!私です!一体何があったのですか!?」
「小鬼が……此方に…やってきて…1人を除いて、全員…このざまだ」
「え!?しかし、小鬼は兄様が退治した筈。なのにどうして!?それに、その除いた1人とは誰なのですか?」
「あの小鬼は……陽動だったらしい。終夜を……あちらに足止めしておくための、な…そして…十六夜だけは……私が…此処から……逃がした。無事なはずだ」
「母上は無事なんですね……良かった」
裂夜が安堵の息を漏らしたのも束の間、重傷の灯夜を何とかしなければならない。
「父上、今から応急処置を…」
言いかけた時、不意に灯夜が裂夜の腕を掴んだ。
「裂夜…私の事は良いから……十六夜だけでも……護るんだ」
「そんな!父上を残して行くなんて出来ません!」
「聞き分けろ、裂夜……お前だって……分かる筈だ。この傷なら…もう少しくらい持つ……とな」
「!…しかし…」
「頼む……十六夜を…護ってくれ!」
「……分かりました。でも、必ず戻って来ます!」
裂夜が会場を後にしようと立ち上がった時、背後から1匹の小鬼が現れた。
「もらったぁ!」
「!」
裂夜は思わず防御の体勢をとり、眼を瞑る。
しかし、衝撃はやって来ない。眼を開けた裂夜が見たもの。それは、裂夜の盾となり、小鬼の攻撃を防いだ灯夜だった。
「ぐ…ふ!」
力無く床に倒れ込む灯夜。それを見た裂夜の心は憎しみと怒りで一杯になった。
「あ……あ……うわあぁぁぁぁぁぁ!」
我を忘れ、護身用の刀で小鬼を八つ裂きにする裂夜。両腕と両脚を落とし、身体を半分に斬り裂いてから首を吹き飛ばし、転がった頭を刀で突き刺して息の根を止めた。
「ハァ……ハァ…」
血で真っ赤に染まった両手を見つめながら、裂夜は驚愕の表情を浮かべた。
「私が……」
「さ、さ…く…や」
「父上!」
「良く……やった。それだけの戦闘が……出来れば、もはや…私が言うことは無い。安心して……逝ける…」
「駄目!嫌です!逝かないで下さい!」
眼に涙を溜めて叫ぶ裂夜を、灯夜は笑顔で見つめていた。
「そうだ…お前に……言っておくべき事が……ある。静かに……聞いてくれ」
「?」
灯夜の気迫のこもった声に、裂夜は自然と黙り込んでしまう。
「お前の…特殊能力に……ついて、な」
「私…の?」
「お前には…『加速』の力が……備わっている。何時…出てくるかは……分からないが……きっとお前を…助けて…くれるだろう」
次第に声が薄れる灯夜。
「父上!もう喋らないで下さい!」
「ああ……もう“喋らない”よ…」
その言葉に引っかかっていた裂夜は、何かを察したように眼を丸くした。
「父上!」
「フッ…“またな”、裂夜。先の…見えない夜も…斬り裂いて……進め……。十六夜を……頼む!」
全身の力が抜け、頭が垂れ下がり、灯夜が死んだ事を身体が証明する。
「父上?……く……う…父上ぇぇぇぇ!」
裂夜の叫びが会場一杯にこだました。
どうだったでしょうか?展開が龍と似たり寄ったりだと思った方、多いと思います。
感想あればお待ちしております。