第7話:崩れゆく砂の城と、世界で一番甘い監獄
アステリア帝国が「死の音」を奏で始めていたその夜。
北の帝国の奥深く、皇帝の私室は、外の喧騒が嘘のような静寂と、むせ返るような甘い熱気に包まれていた。
セレスティーヌは今、アルスターの膝の上に横抱きにされていた。
広大な寝室を照らすのは、青白い炎が揺らめく数多のキャンドルだけ。影が壁に長く伸び、二人の境界を曖昧に溶かしていく。
「……陛下、そんなに見つめられては、恥ずかしいですわ」
セレスティーヌが、ほんのりと上気した顔を伏せる。
彼女の銀髪は、アルスターの指によって幾度も愛おしげに梳かれ、シーツの上に宝石を散らしたように広がっていた。
「……許せ。あんな男に一瞬でも君の視界を汚されたと思うと、どうしようもない衝動に駆られるんだ。君のすべてを、私の色で塗り潰してしまいたいと」
アルスターの声は、いつになく掠れていた。
彼はセレスティーヌの細い首筋に顔を埋め、深く、深く、その清冽な香りを吸い込む。
彼を蝕んでいた「呪い」は、彼女の【概念修復】によって完全に消え去った。だが、その代わりに生まれたのは、彼女という劇薬への「依存」だった。
「セレスティーヌ。……君がいない世界など、私はもう一秒だって想像したくない」
アルスターの手が、彼女の腰を強く引き寄せる。
軍服のボタンが外され、彼の中に眠る剥き出しの独占欲が、熱い吐息となって彼女の肌を焦がした。
かつてアステリアで「冷たい」とされていた彼女の心は、今やこの男の熱にあてられ、蕩けきった蜜のようになっている。
「私は……どこにも行きませんわ。陛下の腕の中だけが、私の生きる場所ですから」
「……ああ。そうだ。君を逃がさない。この国すべてが君を崇める神殿となり、この私の腕こそが、君を閉じ込める唯一の檻だ」
アルスターが彼女の唇を塞ごうとした、その瞬間。
窓の外、遠く南の方角で、天を突くような真っ赤な光が走った。
「……始まったか」
アルスターが冷酷な笑みを浮かべ、魔法の鏡を展開する。
そこに映し出されたのは、燃え盛るアステリア帝国の王城だった。
——それは、あまりにも無様な最期だった。
セレスティーヌという「楔」を失い、修復を放棄された土地は、溜まっていた数十年分の魔力の歪みを一気に爆発させたのだ。
『助けて! 聖女様! エレノア様!』
『嫌よ! 触らないで! 私の魔力がああぁっ!』
鏡の中では、偽りの聖女・エレノアが、自身の虚飾の魔力を暴走させ、醜くのたうち回っていた。
かつてセレスティーヌを嘲笑った貴族たちは、崩れ落ちる瓦礫の下で、二度と戻らない繁栄を嘆き、絶叫している。
そして。
燃え上がる広間の中央で、エドワードが放心したように立ち尽くしていた。
彼の目には、先ほど見たばかりの、あまりにも美しく、あまりにも遠い場所にいたセレスティーヌの幻影が焼き付いている。
『……ああ、セレスティーヌ……。私は、何を……何を捨ててしまったんだ……!』
エドワードが血を吐くような思いでその名を呼んでも、届くのは崩落の音だけだ。
彼が今更気づいた「愛」も「価値」も、すべては燃え盛る灰の中へと消えていく。
一生、届かない。二度と、許されない。
その絶望こそが、彼に与えられた永遠の刑罰だった。
「……醜いな」
アルスターが鏡を指先一つで砕き、再びセレスティーヌを視線の檻に閉じ込めた。
「あんな塵のような場所、もう見る必要はない。……明日は、君との成婚式だ。この大陸の半分を、君への贈り物として捧げよう」
「陛下……私は、貴方様が傍にいてくださるだけで十分ですわ」
「欲がないな。……だが、私は強欲なんだ。君を、この世界の誰よりも、宇宙に輝くどの星よりも幸せにしなければ気が済まない」
アルスターは、セレスティーヌをシーツへと押し沈めた。
重なる影。絡み合う指先。
遠くで一つの国が滅びゆく音を背景に、二人は深い、深い愛の深淵へと堕ちていく。
かつて泥の中にいた少女は、今。
最強の皇帝に魂ごと捧げられ、世界で最も甘やかな幸福の中で、真の「至宝」へと生まれ変わる。
明日の夜明けと共に、新しい世界の歴史が、彼女の名前から書き始められようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
一つの国が滅び、一人の少女が「世界の主」に愛でられる。
この圧倒的な対比こそが、西園寺ミオがお届けしたかった究極の「逆転」ですわ。
エドワードたちの絶叫が、二人の愛の調べをより一層引き立ててくれましたわね。
さて、物語はこれで終わりではありません。
次話、ついに挙行される「世紀の成婚式」。
大陸中の貴族が跪き、アルスター陛下が世界に向けて「彼女こそが我が魂」と宣言する、
最高に華やかで、最高に甘い大団円が待っております。
「エドワードの末路に乾杯!」「陛下の独占欲、もっと浴びたい!」
そんな風に思っていただけましたら、
ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で、彼女たちの門出を祝してあげてください。
皆様の応援という「祝福」が、物語を真のハッピーエンドへと導きますの。
次話、第1章最終回——『至宝の戴冠、永遠の溺愛』。
どうぞ、最後の一文字までお見逃しなきよう!




