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第3話:枯れた大樹と、無自覚な聖域の奇跡

翌朝、セレスティーヌを待っていたのは、目も眩むような「至宝」としての洗礼だった。


「……あの、ヒルダ様。このドレス、歩くたびに宝石の音がいたしますけれど……」

「当然でございます、セレスティーヌ様。裾に縫い込まれたのはすべて、魔力を帯びた極上の涙型真珠ティアドロップ。貴女様が歩む一歩一歩が、この宮殿の誇りとなるのですから」


 鏡の中にいたのは、アステリアで「無能」と蔑まれていた影の薄い令嬢ではなかった。

 銀糸のように輝く髪は完璧に整えられ、肌は最高級の香油で磨き上げられている。紫のアメジストが煌めくドレスを纏った彼女は、まるで月降る夜から抜け出してきた女神のようだった。


 傍らに控えるヒルダは、無表情を装いながらも、心の中では激しい歓喜の舞を踊っていた。

(ああ、なんという神々しさ……! これほどまでに美しい魂が、あのような辺境の国で泥を被っていたなど、歴史的な損失どころではない。全人類に対する冒涜ですわ……!)


「セレスティーヌ。準備はいいか」


 部屋を訪れたアルスターは、彼女を一目見るなり、わずかに息を呑んだ。

 冷徹を絵に描いたような皇帝の瞳に、隠しきれない熱が宿る。


「……美しすぎるな。正直、誰の目にも触れさせたくない」

「陛下……。あの、私、このような高価な装いに見合うような人間では……」

「まだそのようなことを言うのか。……よかろう、ならば言葉ではなく、君の瞳に真実を見せてやろう」


 アルスターは彼女の手を優しく引き、宮殿の奥深くにある「禁忌の庭園」へと導いた。


 そこは、北の帝国の呪いを象徴する場所だった。

 中央には、かつて世界の均衡を保っていたとされる巨大な『黒檀の大樹』が鎮座している。しかし今、その枝は枯れ果て、周囲の空気は重く、どす黒い魔力のおりに満ちていた。


「この木は、私の一族の呪いと連動している。私が壊れればこの木も枯れ、この国も滅びる。……見ての通り、もう何百年も芽吹くことさえ忘れているのだ」


 アルスターが自嘲気味に笑う。

 だが、セレスティーヌには、その大樹が「枯れている」ようには見えなかった。ただ、正しい形を忘れ、バラバラに崩れようとしているだけの「欠損したパズル」のように見えたのだ。


「……可哀想に。本当は、もっと綺麗なはずなのに」


 セレスティーヌは、アルスターが止める間もなく、その黒い幹にそっと手を触れた。


「セレスティーヌ、危な——!」


 アルスターが叫ぼうとした瞬間。

 世界が、まばゆい銀色の光に包まれた。


 セレスティーヌの指先から、清冽な魔力の波動が奔流となって溢れ出す。

 それは彼女の固有魔法【概念修復リ・ジェネシス】。

 崩壊した秩序を繋ぎ直し、あるべき「全盛の姿」へと強制的に時間を巻き戻す、神の御業。


 パキ、パキパキッ。


 凍てついた時間が動き出すような音が響いた。

 枯れていたはずの黒檀の枝から、見る間に銀色の新芽が吹き出し、瞬く間に白金に輝く葉が繁っていく。どす黒かった周囲の空気は、一瞬にして天界のような清浄な霊気へと書き換えられた。


 大樹はかつての威容を取り戻し、黄金の花を咲かせ、甘やかな香りを宮殿中に振りまいた。


「…………信じられん」


 アルスターは、膝から崩れ落ちるようにしてその光景を見上げていた。

 自分を蝕んでいた呪いの気配が、この庭園から完全に消え失せている。

 それどころか、セレスティーヌから溢れる光が、彼の魂の欠けた部分さえも埋めていく。


「陛下、見てください。お花が咲きましたわ。……えっ、皆様、どうして跪いていらっしゃるの?」


 セレスティーヌが振り返ると、ヒルダをはじめとする女官たち、そして遠巻きに警護していた騎士たちが、一斉に地面に額をこすりつけていた。

 誰もが、奇跡を目の当たりにした感動で涙を流し、震えている。


「セレスティーヌ……君は、自分が何をしたかわかっているのか?」

「ええと……少しだけ、本来の姿に戻るようにお手伝いをしただけですが……」

「『だけ』ではない。君は、死にゆくこの国に、永遠の命を与えたのだ」


 アルスターは立ち上がり、彼女を壊れ物を扱うように抱き寄せた。

 その瞳には、もはや慈愛を超えた、信仰に近い執着が宿っている。


「やはり、私は君を離さない。誰にも、何があっても。……君を捨てたあの国が、今、どんな地獄に落ちているとしてもな」


 その頃。

 セレスティーヌを追放したアステリア帝国の王宮では。


「ど、どういうことだ! なぜ王宮の壁にひびが入る!?」

「殿下、報告いたします! 王城の結界が消失……! さらに、領地の穀倉地帯が突如として枯死し、民の間で疫病が……!」


 エドワード王太子が、青ざめた顔で叫んでいた。

 セレスティーヌという「楔」を失ったことで、その国の概念は、音を立てて崩壊し始めていたのである。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


セレスティーヌ様の「ちょっとお手伝い」が、一国を救う神の奇跡になってしまいました。

本人だけが自分の価値に無自覚で、周りが「聖女様……!」と拝み倒す……。

この温度差こそが、溺愛ものの醍醐味ですわね。


一方、彼女を「無能」と呼んで捨てたエドワードたちは、早くも「セレスティーヌがいない現実」の恐ろしさに直面し始めています。

しかし、後悔したところで、もう彼女の指先一つ触れることは叶いません。

何せ、執着皇帝・アルスター陛下が、彼女を世界のどこよりも安全な「愛の檻」に閉じ込めてしまわれましたから。


「陛下の独占欲、もっと見せて!」「旧国の絶望をもっと詳しく!」

そんな風に思っていただけましたら、

ぜひ【ブックマーク】や【評価】をポチッとお願いいたしますわ。

皆様の応援が、セレスティーヌ様のドレスをさらに豪華にいたしますの。


次話、ついに旧国から「身勝手な使い」がやってきます。

アルスター陛下がどのような「慈悲(絶望)」を彼らに与えるのか……どうぞお楽しみに!

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