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第1話:「無能」の烙印と、割れたシャンパングラス

ごきげんよう、西園寺ミオです。


本作を手に取っていただき、誠にありがとうございます。

本作は、すべてを失った少女が、誰よりも強く重い愛を抱えた皇帝陛下に拾われ、

世界で一番幸せになるまでの物語です。


「理不尽な絶望」のあとには、それを何倍にも上回る「極上の溺愛」と

「溜飲が下がる逆転劇」をたっぷりとお約束いたしますわ。


一文字一文字に「宝石の煌めき」を込めて綴ってまいります。


それでは、煌びやかな逆転劇の幕開けです——。

豪奢なシャンデリアから降り注ぐ光は、まるで砕けた星の破片のよう。

 アステリア帝国の王宮、その大広間は、香水の甘い香りと高価な絹が擦れる音、そして貴族たちの陶酔した笑い声に満ちていた。


「——セレスティーヌ・ド・ラ・ヴァリエール! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」


 その峻烈な声が、オーケストラの調べを断ち切った。

 広間の中心。人だかりを割って現れたのは、第一王子エドワードだ。金髪を傲慢に揺らし、その隣には桃色の髪をなびかせた小柄な令嬢——セレスティーヌの義妹、エレノアを抱き寄せている。


 セレスティーヌは、手にしていた薄玻璃のシャンパングラスがわずかに震えるのを感じた。

 彼女の髪は、夜の月光を溶かし込んだような銀色。しかし、身に纏っているのは数年前の流行をなぞった、色褪せた紫紺のドレスだ。公爵令嬢として、あまりにも控えめで、影に沈むような装い。


「……エドワード殿下。これは、一体どういう……」

「とぼけるな! 我が帝国は魔力こそがすべて。聖女として覚醒したエレノアに対し、貴様は成人を過ぎても魔力測定不能のまま。そんな『無能』を、この国の王妃にするわけにはいかない!」


 周囲から、忍び笑いと蔑みの視線が突き刺さる。

『ああ、やっぱりね』

『公爵家の出来損ない。エレノア様と比べれば、まるで道端の石ころだわ』


 セレスティーヌの胸に、冷たい氷の楔が打ち込まれた。

 ——無能。

 その言葉を、彼女は何度投げかけられてきただろう。

 幼い頃から、彼女の手からは火も水も出なかった。ただ、彼女が触れた花はなぜか長く咲き続け、彼女の部屋の調度品は十年経っても新品のような輝きを失わなかった。

 それは魔術ではなく、ただの「奇妙な癖」だと言い聞かされてきた。


「お姉様、ごめんなさい……。殿下は、私が支えてあげなければいけないとおっしゃってくださるの」


 エレノアが勝ち誇ったような瞳を隠そうともせず、ハンカチを口元に当てる。

 セレスティーヌの父であるヴァリエール公爵もまた、冷徹な視線を向けた。


「セレスティーヌ。お前には失望した。魔力のない娘など、我が公爵家には不要だ。即刻、家名を除名し、国外へ追放とする」

「お父様まで……っ! 私は、この国のために、領地の土地の安定のために尽くしてきましたわ!」

「黙れ! 無能の分際で口を洗え!」


 エドワードが冷酷に手を振る。

 その瞬間、彼の指先から放たれた風の魔圧が、セレスティーヌの手にあったシャンパングラスを弾き飛ばした。


 パリン、と。

 乾いた音が広間に響き、セレスティーヌの白い頬を鋭い破片がかすめる。

 一筋の鮮血が、白磁の肌を伝い、色褪せたドレスを赤く染めた。


「出て行け。二度とその薄汚い銀髪を、私の前にさらすな」


 王太子の嘲笑。妹の悦び。父の無関心。

 セレスティーヌは、床に散らばったガラスの破片をじっと見つめた。

 その瞬間、彼女の中で「何か」が静かに音を立てて外れた。


(……ああ。私は、ずっとこの方々のために自分を削り、世界を『繋ぎ止めて』いたのですね)


 誰も気づいていない。

 彼女がこの夜会にいたからこそ、豪華なシャンデリアが天井から落ちもせず、古びた王宮の柱が魔力の負荷に耐えきれず崩落することもなかったということに。

 彼女が持つ【概念修復】の力。崩壊していく事象を、あるべき姿に固定し続ける「神の指先」。


 だが、その守護は今、セレスティーヌ自身の心と共に断ち切られた。


「……わかりましたわ、エドワード殿下。お父様」


 セレスティーヌは、頬の血を拭うこともせず、凛とした所作で深く頭を下げた。

 その仕草は、どんなに着飾ったエレノアよりも優雅で、気高く、完成されていた。


「これほどまでに私が必要ないとおっしゃるのなら、謹んでこの国を去ります。……願わくば、皆様の未来が、この割れた硝子のようにならないことをお祈り申し上げますわ」


「ふん、負け惜しみを。行け! 衛兵、この女をつまみ出せ!」


 セレスティーヌは、自ら背を向けた。

 王宮の大きな扉が開かれ、外の冷たい雨が彼女を迎え入れる。

 背後で、再び音楽が鳴り響く。彼女を嘲笑うかのような、軽薄な祝宴の旋律。


 泥まみれの道を、一歩、また一歩と進む。

 雨に打たれ、体温は奪われていく。だが、不思議と心は軽かった。

 すべてを失った。名誉も、家も、婚約者も。


 しかし、彼女はまだ知らなかった。

 彼女が城門を一歩出た瞬間、アステリア帝国の至る所で、目に見えない「亀裂」が走り始めたことを。

 そして。

 国境の闇の向こう側で、彼女という「至宝」を一生をかけて探し求めていた、孤独な皇帝が待っているということを。


「……寒い」


 国境の森で、セレスティーヌの意識が薄れゆく。

 膝をつき、泥の中に沈もうとしたその時——。


 漆黒の馬車が、霧を切り裂いて現れた。

 音もなく止まった馬車から、一人の男が降り立つ。


 軍服を纏った、長身の影。

 闇を凝縮したような黒髪と、凍てつく湖のような蒼い瞳。

 北の地を統べる、呪われた皇帝——アルスター・ヴァン・クロムウェル。


 彼は泥の中に横たわる銀髪の少女を見つけ、その場に跪いた。

 彼の指先が、セレスティーヌの冷え切った頬に触れる。


「…………っ」


 アルスターの瞳が、驚愕に大きく見開かれた。

 二十四年間、一秒たりとも止むことのなかった彼の「呪いの疼き」が、彼女に触れた瞬間、嘘のように静まったのだ。


「見つけた……。私の魂を繋ぎ止める、唯一のくさびを」


 皇帝は、躊躇うことなくセレスティーヌを横抱きにした。

 泥に汚れた彼女のドレスなど、彼にはこの世で最も価値ある宝石に見えていた。


「全軍に告ぐ。この御方を『至宝』として迎える。一滴の雨露も、これ以上彼女を汚すことは許さん」


 最強の皇帝の腕の中で、セレスティーヌは微かな温もりを感じた。

 それが、これから始まる「全肯定」と「溺愛」の物語の、始まりの灯火であることに気づかぬまま。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


婚約破棄され、泥の中に沈んだセレスティーヌ。

しかし、彼女を拾い上げたのは世界で最も恐ろしく、そして最も愛の重い皇帝でした。


これから始まるのは、彼女を捨てた者たちが後悔にのたうち回る物語。

そして、孤独な皇帝が彼女を甘やかし、世界で一番幸せにする物語です。


もし「続きが気になる!」「陛下、もっと愛を注いで!」と思ってくださったら、

ぜひ【ブックマーク】や【評価(☆☆☆☆☆)】で、彼女を応援してあげてくださいませ。

皆様の応援という「輝き」が、私の執筆の何よりの原動力になりますの。


次話、ついに北の帝国へ。皇帝陛下の過保護が炸裂いたしますわ!


当面の間は1日3話を投稿予定です。

ブックマークしてお待ちください。

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