2話 命名!襲名?今日からシャンティ・シャルロット!
「ふぁ……。」
円香が大きな欠伸をして目を覚ますと、目の前は見慣れない天井だった。
「そ……っか。」
だんだん覚めていく頭で、ここが新居であることを理解する。
「…………そっかぁ♪」
『自由』の2文字を頭に描き、午前6時よりちょっと前を指している目覚まし時計を抱きしめた。
「もう私を縛るものはない……。何者も……私を止めるものはいない……ッ!」
一人暮らし初めての朝。円香はハイになっていた。
「私の天下……はーーっはっはっはっは!」
「むにゃ……おはよ…ございまぁす。」
隣からパジャマ姿の少女、改めお隣さんが上半身だけこっち側に乗り出し、半分閉じた目で挨拶をしてきた。
「 」
そのとき円香は思い出した。
昨日、怪獣の子の襲撃によってバッキバキになった身体でなんとか新居に荷物の搬入だけ終わらせたことを。
その後、生活スペースがなくなってしまったのでお隣さんの部屋に泊めてもらっていたことを……。
そして、円香は激しく己の愚行を後悔した。
「おおおおお、おひゃよ、ございましゅ……/////////」
テンパリ過ぎて滑舌がお亡くなりになった。
「?」
幸いなことにこの部屋の主……お隣さんは寝ぼけていたので黒歴史を増やさずに済んだ。
円香は黒歴史の『黒』で、昨日缶コーヒーやらコンビニ飯を買い込んでいたことを思い出した。
「お隣さん、朝弱いんだ……。コーヒー飲む?」
「む。」
お隣さんはトロンとした顔で目をこすりながらその場に座り込み冷たい缶コーヒーを受け取ると、そのまま一気に喉に流し込んだ。
「目、覚めた?」
「はい!バッチリです♪」
「それは良かった。」
「すみません、お恥ずかしいところを……///」
「ううん大丈夫。むしろ私の方が
「へ?」
「ああいや、なんでもないっ!?///」
「?」
お隣さんは開ききっていない目でこちらを見つめると、キョトンとした様子で首を傾げた。
やっぱり目、覚めてないな……。
「……朝ごはん作ります♪」
「え、そんな悪いよ!?」
「まあまあ、お隣さんのご縁ですから♪」
お隣さんは円香の目の前で唐突に自分のパジャマの胸元をはだけた。
「何を!?///」
「何って……。」
お隣さんは自分のはだけた胸元を見下ろした。
「そういえば説明していませんでしたね。」
「説明……?」
「ほら、私いろんな姿になって色々できるじゃないですか。」
「そうだね……。」
円香は、お隣さんが昨日怪獣の子の襲撃にあったときに野球のユニフォーム姿とシュガー・パティシエールの姿に変化していたのを思い出した。
髪色や顔はそのままだったからモチーフを完全にコピーできるわけではなさそうだが……やはりわからないことばかりだ。
「で、その方法がこれなんです。」
お隣さんがはだけた自分の胸元を指差すと、そこには鈍い銀色をした縦型の……、
「それ何?」
「う〜ん……見た方が早いですかね。」
お隣さんは『おふくろシミュレーター』と書かれたゲームディスクのケースを円香に見せた。
「あ、それお料理ゲームだよね。」
「ご存じなら話が早いです♪」
お隣さんは『おふくろシミュレーター』のゲームディスクケースから取り出し、そのまま胸元に優しく挿入すると、裸エプロン姿に変化した。
「……うわぁ///」
「……まあ、つまりそういうことです///」
お隣さんの反応を見るに、羞恥心は宇宙共通のようだった。
「つ……つまり家庭用ゲーム機でいう、ディスク挿入口みたいなもの……てことかぁ///」
「はい……///」
「……そのコスチュームは?」
「読み込んだディスクにちなんだ格好になる、その……仕様です///」
「それ、隠しコスチュームだったよね?他のコスチュームは選べないの?」
円香は過去に『おふくろシミュレーター』をプレイしたことがあったので、ゲームスタート時に隠しコマンドを入力すると裸エプロンでプレイできる仕様を知っていた。
「…………くっ///」
エプロンの裾を強く握りしめ、伏目になるお隣さんを見て円香は察した。
……どうやら選べないようだ。
「それじゃあ、朝ごはん作ってきますね。」
お隣さんの顔から表情が消えた。
「……うん。」
お隣さんはキッチンに立つと、慣れた手つきで卵を割ったりベーコンを炒めたりしていた。
「あの……、あんまり後ろから見ないでください///」
「うわああごめんっ!?」
私は慌ててお隣さんに背中を向けた。
「……。」
改めてお隣さんの部屋を見渡すと、最低限の家具とゲーム機に、平積みされたディスクが少々……。
……『少々』?
私だったらこんな便利な能力、いろいろ試したくてディスクを山程買い込みそうなのに……。
「……お隣さん、こっちに来てあんまり経ってないの?」
円香は背中を向けたまま、お隣さんに聞いてみた。
「はい。ここに越してきて3ヶ月です♪」
「そっか……。」
「でも!ここでは私が先輩、お姉さんですからね?」
「はーい。」
『お姉さん』という言葉に、ふと一つの疑問が浮かんだ。
「……お隣さんっていくつなの?」
「フフ♪何歳に見えますか〜?」
「見ていいの?」
「ダメです。」
お隣さんの声から一切の抑揚が消え失せた。
そりゃ、今裸エプロンだしな……。
「……っし!出来上がりです♪」
そうこう言っているうちにお隣さんは小綺麗なハムエッグメインの朝食を作り上げ食卓に並べていた。
「おお……!」
「お姉さんに感謝ですね♪」
「ありがとうお隣のお姉さん……ッ!」
お隣さんがディスクを抜いてパジャマ姿に戻ると、2人で席につき手を合わせて食事に手をつけた。
「……で!」
「?」
「何歳に見えますか?私……!」
お隣さんが目をキラッキラさせて聞いてきた。同年代に見えるけど、お姉さん発言してたしちょっと高めに答えるか……。
「……19歳くらい?」
「なっ!?」
お隣さんは予想外という様子で声を漏らした。
「そんなにお子ちゃまじゃないですッ!」
「ええ……!?」
円香は、どう見てもこの度高校生になる自分とおんなじくらいにしか見えないお隣さんの口から出た19歳に対する『お子ちゃま』という言葉に耳を疑った。
「えと、じゃあおいくつ……!?」
「34歳です……ッ!」
「ブフッ!?」
円香は口に含んでいた牛乳を吹き出しかけたがなんとか堪えた。
ほっぺを膨らまして険しい目つきで怒っている様子から、冗談で言っているわけではないようだ。
「なんなんですか全く……。じゃあ、お隣ちゃんはおいくつなんですか……!」
お隣さんはちょっと乱暴にベーコンに齧り付いた。
「私は15さ
「ブフッ!?」
お隣さんがベーコンを吹き出しかけてなんとか堪えた。
「ん"ん"……。冗談はやめてくださいよ、本当の15歳なんて危なくて1人暮らしどころかお使いにも行かせられませんって。」
……なんだろうこの食い違いは。
「……あ〜、」
そっか。普通に会話してるけど、お隣さんの胸元や変身能力的に、明らかに宇宙人だもんな。寿命とかも違うのか。
「……お隣ちゃん?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事してて。」
「もしかして朝ごはん、不味かった
「いやいや!?めちゃくちゃ美味しいから!」
「えへへ///……ってそうじゃなくて、何考えてたんですか?」
「年齢のこと。私たち、見た目そっくりだけど寿命とかも違うのかな〜って。」
「あ……。そういえばお隣ちゃんは地球の方でしたね。」
お隣さんもこの食い違いの原因を理解したようだ。
……と思ったら、身を乗り出して疑いの目を向けてきた。
「……お隣さん、ほんとに地球の方ですかぁ?私と同郷に見えるんですけど。」
お隣さんが顔を近づけて向けてきた疑いの目の瞳は、両目ともおばーちゃんと同じ、動画の再生マークみたいに見える変わった形だった。
「ち、地球人だって……!」
円香は一瞬自信を無くしかけたが、地球人であることを証明するために、お隣さんに倣って胸元をはだけて見せた。
「……ほら、ディスク入れるやつないでしょ?」
「確かに……?」
お隣さんは何が納得いかないのかわからないが、ほんのちょっと唸ると、
「……まあでも私の方がお姉さんですね♪」
お隣さんは自分の胸元に手を置いてふんぞり返った。
言動が幼いなぁと思ったが、ここは乗っておくことにした。
瞳の形のことは気づいてないみたいだし触れないでおこう……。
「はいはい、お隣のおねーさんっ。」
「な……、なんですかその『しょうがないな〜この子は……』みたいな態度……!」
「バレてた……?」
「〜〜!」
お隣さんはほっぺを膨らました。
「お隣ちゃんの癖に……ッ!///」
「お隣、ちゃん……。」
呆れまじりにお隣さんの話を聞いていると、お隣さんは何かに気づいたように俯いた。
「そういえば、お隣ちゃんの名前知りません……。」
「昨日は落ち着いて自己紹介もできなかったもんね。」
「というわけでお隣ちゃんの名前を教えてくださいっ!」
勝手に姉妹喧嘩に首を突っ込んだ上に図々しく上がり込んで食事までご馳走になっては快く思われないだろうと思っていたが、前のめりに名前を聞いてくるお隣さんの様子を見ると、どうやら杞憂だったようだ。
「私?……『円谷円香』だよ♪」
「円香…………円香ちゃん…………、
お隣さんは険しい表情で唸りだした。……呼び方でも考えてるのだろうか。
……と考えていたら、すぐさましっくりくるのを見つけようで、お隣さんの表情が雲ひとつない青空の様に晴れ渡った。
「…………円香さんっ♪♪」
「はいはい、円香さんですよー?」
なんだかこっちまで微笑ましい気持ちになって、思わず赤ちゃんに自己紹介するように手を振ってしまった。
「〜〜!//////」
顔を真っ赤にしたお隣さんは立ち上がって私の背後に回ると強すぎる肩叩きくらいの力でポカポカと私の頭を叩いてきた。
「いてて、お隣さんの名前は……?」
お隣さんの叩く手が止まった。
「それ、なんですけど……。」
「……ごめん、デリケートなこと聞いちゃっ
「『くぁwせdrftgyふじこlp』です。」
最後の『です』以外が上手く聞き取れなかった。
音として聞こえてはいるのだが、文字に起こせない感じだ。
「ええっと
「『くぁwせdrftgyふじこlp』です。」
お隣さんが発する、文字に形容し難い音の並びをどうしたものかと困っていると、お隣さんはその場にへたり込んでしまった。
「ああ、やっぱりです……。」
「お隣さん……?」
「地球の言葉にない発音だからもしやとは思いましたが……。」
そういえばお隣さんは宇宙人だった。海を跨げば日本語にない発音があるのだし、宇宙を跨げばもっと未知の発音があっても不思議ではないな。
「ごめん、呼んであげられないそうにないや……。」
「ですよね……。」
お隣さんがいっそう落ち込んでしまった。
「で、でもまあ!代わりに
「『お姉ちゃん』ですか……?」
……いや、こいつ思ったより元気だな?
「『お姉ちゃん』は絶対ないけど代わりの名前とか探そ?」
「……『お姉さん』。」
……懲りないな。
「……円香さん?」
「……。」
いやしかし、名前が発音できないのは致命的だ。どうにか地球人の私でも呼べる名前を……、
「……お姉ちゃんですよー?」
お隣さんはわざわざ私の目線の高さに合わせて立ち上がり赤ちゃんに自己紹介するように手を振った。
「……。」
そんなお隣さんを見て私は……
お隣さんのほっぺをすこ〜しばかり強めに左右に引っ張った。
「いひゃいれふ……。」
「……さて、と。おふざけはこのくらいにして、お隣さんの地球の名前決めないとだね。」
「ほっぺ取られるかと思いました……。」
お隣さんは某絵画の様に手のひらで顔を挟んでいた。
「お隣さん、名乗りたい名前ある?」
「え……?好きな名前名乗っても良いんですか……!?」
お隣さんは目をキラッキラさせて期待の眼差しでこっちを見た。
そう言われると確かにワクワクしちゃうシチュエーションだ。
「……まあ、良いんじゃない?」
「じゃあ私、『円香』が良いです!」
「おい。」
円香は脊椎でお隣さんの提案を却下した。
「ダメ……ですか?」
お隣さん (34歳)は捨て犬のような上目遣いで瞳をウルウルさせてこっちを見つめた。
「ダメです。」
「本当は……
「ダメです。」
「…………、ケチ。」
拗ねた……。
「お揃いが良かったです……。」
「あのねえ……。名前ってのは個人を見分けるためにあるんだから、お揃いにしたら意味ないでしょ?」
「た、確かに……!?」
さてはこの子、おバカだな?
「だから人と被らないやつで、考えよ?」
「あのぉ……円香をやめてみる気は?」
「乗っ取るな乗っ取るな。」
このままでは埒が開かないので、手近にあったゲームディスクから使えそうな名前をあたってみることにした。
「手近なとこだとゲームのプレーヤー名とか?」
『おふくろシミュレーター』のゲームケースを借りて、ゲーム機に読み込ませ起動した。
「……お!」
少し待つと、セーブファイルの選択画面で『えびたろう』というプレーヤー名が表示された。
「良いじゃん、えびたろう。」
隣に座っているお隣さんからは笑顔もろとも感情が消え失せていた。
「……お気に召さない?」
「じゃあ私が円香名乗りますので円香さんはえびたろうで。」
「……。」
そっとゲームをシャットダウンしてゲームディスクをお隣さんに返した。
……たぶんお隣さんと同じ顔になっていた。
「う〜ん……プレーヤー名がダメなら、好きな漫画やゲームのキャラから拝借するとか?」
「キャラクター、ですか……。」
「そうそう。他人の名前でも、フィクションの他人ならOKでしょ?お隣さん、他に何かゲーム持ってない?」
「私のゲームですか……。」
お隣さんは平積みされたディスクの1番上にあった、『甲子園!怒涛!!』と書かれたケースを引っ張り出した。
「これ昨日のやつ?……野球ものならマネージャーの名前とか良いんじゃないかな?ちょっと読み込んでみてよ!」
「はい♪」
お隣さんは『甲子園!怒涛!!』のゲームディスクを胸元に挿入すると、背中に大きく『怒涛』と書かれたユニフォーム姿に変化した。
「……あ、読み込むってそっちかぁ。」
「え……?」
これも価値観の違いか、と言葉を飲み込んだ。
お隣さんが数秒黙ったかと思うと、苦虫を噛み潰したような渋い表情をした。
「……あれ?なんか嫌そう?」
「……円香さんは、『蛮人』とか『武来』を名乗りたいですか……?」
「…………ごめん。」
お隣さんは無言で『甲子園!怒涛!!』のディスクを取り出してパジャマ姿に戻ると、考えるのがめんどくさくなったのか、ゴロンとカーペットの上に上半身を投げ出した。
「もういっそのこと『シュガー・パティシエール』
「あ"……?」
「ヒッ…⁉︎」
円香はまた脊髄でお隣さんの提案を拒絶した。
「でも他に候補がないとえびたろうしか……、
「マドカサンコワイデス…。」
お化け屋敷にでも行く様なへっぴりごしで、お隣さんは背後から肩を掴んで縮こまった。
「あ〜、ごめんごめん!円香とシュガー以外なら文句言わないから……ね?」
「なんでシュガーもダメなんですか……?」
「……そりゃまあ、シュガーは私の憧れだし……、ちょっと待ってて!」
円香は自分の部屋に戻ると、すぐに『バトルシエ闘度100』のゲームディスクのケースを持って戻ってきた。
「円香さんもそれを……?」
お隣さんも同じケースを手に持っていた。
「お揃いだね♪」
「でも、私……このゲームまだやったことはないんです。……『バトルシエ』ってどんなゲームなんですか?」
「えっとね、最高のパティシエを目指す女の子……『シュガー・パティシエール』が、世界中の食材と闘って究極のスイーツを作るバトルRPGだよ♪」
円香はちょっと恥ずかしそうに、ニヘヘと笑って見せた。
「円香さん、ゲームお好きなんですか……?」
「ゲームはだいたい好きだよ♪あ!他のジャンルも試したいよね?」
円香は机に『バトルシエ闘度100』のゲームディスクのケースを置くと、自室に戻ろうと踵を返した。
「他にも持ってく
背後で何か光った。
「……え?」
振り向くと、お隣さんはお菓子っぽいちっちゃな帽子をちょこんと頭に乗せ、ふわっふわの髪型と服装に身を包みつつも手足がスッキリした、黄色と白が基調の見ているだけで甘酸っぱそうなコスチュームに変化していた。
「え……可愛い。」
ふと口から溢れた円香の言葉を聞いて、お隣さんは鳩が豆鉄砲を食ったような顔から段々と嬉しそうな表情に変わっていった。
「まどか……♪まどか!」
「んもう、なに?」
「このゲーム、『まどか』を感じます!」
「そりゃ中古と違って私のデータが入ってるし、1番やり込んでるゲームだからね。……思い入れが違うよ♪」
「そうですか♪……『まどか』……えへへ♪」
「あんまり言われると恥ずかしいんだけど!///もうそれ返して
「ヤですっ!」
掴みかかろうとした円香を、お隣さんは軽やかなステップで躱してみせた。
「見てください♪すっごい身軽ですよー♪」
お隣さんは上機嫌にクルクルと回ったり跳んだりしていたが、やがてピタリと動きを止めた。
「どうしたの?」
「いえ、そういえば見た目が私のディスクのときと違うな……と。」
昨日お隣さんが戦っていたときに使った『バトルシエ闘度100』のディスクでは、白とピンクを基調としたポップでスイートなショートドレス……シュガー・パティシエールを模した姿に変化していた。
「この格好は……。」
昨日変化した白とピンクの姿の方がゲームディスクのケースに描かれている通りの姿なので、『今の姿の方が異質』ということになる。
「へ、へえ〜?ま、まあそんなこともあるんじゃない?///」
円香には心当たりがあった、というより理解していた。
……朝ごはんの時にお隣さんが『おふくろシミュレーター』で隠しコマンドの裸エプロン姿に変化していたことから、お隣さんの変身能力はディスクの持ち主にとって強い思い入れがある姿に変化する仕様になっていることを。
「……流石、円香さんのカスタマイズはとっても素敵ですね♪」
お隣さんは今のコスチュームが他でもない、円香自身がゲーム中でカスタマイズしたものであることに気づくと浮かれて姿見の前でクルクル回っていた。
「ちょっと露出が多いかなとは思いますけど
「ぎゃぁぁああああああ!?///」
円谷円香、お隣さんに性癖がバレる。
「もう返してっ!///」
「う〜ん、
円香は再びお隣さんに飛びかかるが、いとも簡単に避けられた。
「ただでは嫌です♪」
「なっ!?」
お隣さんは邪な笑顔で白い歯をニッと見せて円香を挑発した。
「何が欲しいっての……。」
「わからないですか?」
「何か買ってくればいいわけ……!?」
「それもいいですけど、ハズレです♪」
「もったいぶらないで教えてよ……。」
「じゃあ大ヒントです♪」
「はいはい……。」
「私が欲しがっているものを円香さんがくれないと、私は『えびたろう』になってしまいます。」
「……名前を決めればいいってこと?」
「はい♪大きな声で呼んでください!」
お隣さんは快晴の笑顔で催促した。
「なんて?」
「見てわからないですか?」
お隣さんは両手を大きく広げて自身のコスチュームを見せつけた。
「なっ……!?///」
「円香さんが1番やりこんでるゲームの、自分の分身に着けた名前……これがいいです!」
『バトルシエ闘度100』ではプレーヤー名とは別に、戦わせる主人公の名前を自分でつけることができる。豊富な装備に技に、スキルとスキンをカスタマイズして自分だけのキャラクターを作れることがこのゲームの売りの一つだ。
「え?嫌だけど。」
「『嫌だ』はヤですッ!」
お隣さんはほっぺを目いっぱい膨らませて円香の拒否を固辞した。
「えぇぇ……。」
「ま、さ、か。忘れちゃったなんて言いませんよね?……プレイ時間カンストする程やりこんでおいて。」
「う"っ……!?」
「最終ログインは……。円香さん、一昨日夜更かししましたね……!?引っ越し前日なのに。」
ゲームディスクを読み込んだお隣さんに、セーブデータの内容は筒抜けだった。
「え、えびたろうじゃダメ……?」
「はい!『あの名前』じゃないとヤです♪」
「うぅ……///」
お隣さんが言う『あの名前』は、円香が『バトルシエ闘度100』を遊び初めた当時……中学2年生頃につけたものだ。
感性が豊かな当時の円香は、ネットや本をそれはそれは熱心に漁り、『バトルシエ闘度100』の世界観に馴染みシュガーと並び立てる渾身の名前を自分の分身につけた。
……つまりリアルではとても言えない黒歴史である。
「他にもっといい名前考えるからぁ……///」
「わかりました!」
「ほんと!?」
「円香さんが考えを改めるまで、この格好で外を走り回って『円谷円香の性癖でーす♪』って叫んで来ます♪」
お隣さんは露出した太ももに指を這わせて微笑んだ。
「それだけはやめてぇぇぇえええええ!!??//////」
「じゃあ……、呼んでください♪」
「お隣さんはは恥ずかしくないの……?」
「『えびたろう』よりは。」
さっきまでニコニコしていたえびたろうから笑顔が消えた。
「そりゃそうか。」
「ではどうぞ♪」
「しゃ……………………、シャンティ///」
円香は顔を真っ赤にして、かつての黒歴史を口から絞り出した。
「シャンティ……シャルロット!//////」
円香はヤケクソに叫んだ。
「はい♪♪♪///」
この日、『お隣さん』は『シャンティ・シャルロット』になった。
背景、おばーちゃん。
お隣さんと色々お話をしました。名前が地球に無い発音だったり、見た目は同い年くらいなのに30歳越えだったり。
でもなんかおばーちゃんみたいでちょっと嬉しいかも、なんて思ったり……。こっちではたくさん友だちできると良いな。
それじゃあまたね、おばーちゃん♪




