第5話 「宗教派の行列を見下ろして」
昼の魔力鐘が鳴り終わったころ、教室は少し静かになった。
リリア・ヴェイグは黒板から視線を外し、窓の外を見た。
窓の下には王都の通りが広く見える。
石畳の道を、多くの人が行き交っていた。
その中に、白と金の衣を着た一団がゆっくり進んでいる。
(……今日も来てる)
宗教派の巫士たちだ。
十人ほどが列を作り、同じ速度で歩く。
先頭の年配の巫士は、胸の前で手を組み、小さく祈りを唱えている。
周囲の市民は、通り過ぎる一団に合わせて軽く頭を下げたり、道の端に寄ったりしていた。
白と金の衣が揺れるたびに、リリアの胸に細い圧がかかる。
霊脈が引っ張られるような感覚だ。
(……また)
胸の奥の“糸”が少しだけきしむ。
霊脈の流れが、一団の進む方向へとずれていくのがわかる。
「あー、ヴェイグ。窓を眺める授業じゃないぞ」
ディアン教授の声が教室に響き、リリアは肩を跳ねさせた。
「ひゃいっ……すみません!」
周囲から小さな笑いがあがる。
「計算式魔術は集中が大事だ。霊脈の揺れに気を取られるなら、式を先に片付けろ」
「はい……」
リリアは席に座り直したが、視界の端に白と金の影が残り続けていた。
***
午後の講義が終わると、教室は一気ににぎやかになる。
リリアは帰り支度をする生徒たちの間を抜け、再び窓際に向かった。
先ほどの行列はもう見えない。
代わりに、別の白と金の列が遠くの通りを進んでいた。
(……何本出てるんだろう)
一本ではない。
王都の各地で同じような列が動いているのが分かる。
午前中、霊脈観測塔が警鐘を鳴らした。
その赤い警告灯の残像を、リリアはまだ忘れられない。
街はいつも通りにぎやかだ。
客引きの声、露店の匂い、行き交う人々の足音。
その中を白と金の列が通り、行列の周囲だけ空気が少し硬い。
祈る人。
遠巻きに見ている人。
顔をしかめて道を変える人。
(みんな……何を見てるんだろう)
自分だけが違うものを感じている気がした。
「また霊脈に酔ってる顔してる」
背後から静かな声がして、リリアは振り返る。
「セ、セラ先輩……」
セラ・アークライトが、窓枠にもたれてリリアを見ていた。
銀灰色の髪を束ね、片手で重そうな鞄を持っている。
「授業中にも教授に怒られてたよね。今日の集中力、最低評価だよ」
「そんな評価いらないです……」
「で、何見てるの」
セラはリリアの隣に立ち、外を確認した。
「ああ、行列か」
「今日、多くないですか……?」
「祭り前だから増えるよ。
“大精霊様の加護”ってやつ。
王脈の周りを回って祈る行事」
セラの声は淡々としているが、少しだけ棘があった。
「先輩って、宗教派あまり好きじゃないですよね……」
「好きって言った覚えあった?」
「……ないです」
「ほら」
セラが顎で指す。
「頭下げてる人たちの顔、見てみなよ。
“すがってる”って顔してる。
それを利用してる人がいるなら、好きにはなれない」
広場の端で、商人らしき男が供え物を差し出し、巫士に祈りの言葉をかけてもらって涙ぐんでいる。
一方で、遠くから腕を組んでじっと見る青年や、露骨に嫌そうに道を変える女もいた。
人々の視線の向きがそれぞれ違う。
そのどれも、リリアには理解しづらかった。
白と金の列の周囲を、薄い光のような霊脈が流れている。
午前中の観測塔の揺れと同じ種類の偏りだ。
(やっぱり、おかしい)
リリアが胸元を押さえると、セラがこちらを向いた。
「痛い?」
「痛いほどじゃないです。ただ……気持ち悪い感じで」
「あんたの体質の特典だよ」
そう言いながら、セラの視線は真剣だった。
「でも、あの人たちに悪気はないよ」
「それは……分かってます。“世界を守ってる”って、みんな言いますし」
教科書の神話にはそう書かれている。
精霊王と大精霊、選ばれた民、世界を守る国。
その正しさを、街の人々も信じている。
白と金の列を見ると、それが当然のことのように感じられる。
けれどリリアの胸の糸は、ずっときしんでいる。
「……ねえ、セラ先輩」
「なに」
「もし、あの行列が、世界を守るためじゃなかったら……」
言い切れなかった。
自分でも説明できない感覚だからだ。
ただ、胸の奥で霊脈がざわつく。
セラは少し考え、軽く肩をすくめた。
「もし、なんて全部仮定でしょ。
あたしたちにできるのは、“おかしいところを見る”まで。
信じるかどうかは、そのあと」
「“見る”……」
「そう。
だから、まずは授業をちゃんと見な。
観測データ読み間違えたら死ぬよ」
「死ぬって……さらっと言わないでください」
「事実だから」
セラは鞄を持ち直し、出口へ向かう。
リリアは最後にもう一度外を見る。
白と金の列は角を曲がり、ほとんど見えなくなっていた。
最後尾に、小柄な巫士が一人混じっている。
他より身体が小さいだけのはずなのに、目が引かれた。
列が完全に消えると、霊脈のざわつきも少し落ち着いた。
(……霊脈が、あの人たちに合わせて動いてるみたい)
言葉にすれば怪しい話にしか聞こえない。
だから、誰にも言えない。
「……ちゃんと、見る」
リリアは小さくつぶやき、窓から離れた。
観測塔の警鐘の音が、まだ耳の奥に残っていた。
世界の異変は小さい。
それでも、自分には確かにわかっていた。
――それを感じているのは、今のところ自分だけだった。




