第2話 「セラ先輩は今日も辛辣」
──ただの学院の、ただの朝──
技術学院ラベリウムの朝は、だいたいいつも騒がしい。
魔導パンが勝手に跳ねてテーブルから落ちたり、魔力牛乳が泡立ちすぎて机からあふれたり、学生が寝ぼけたまま計算板を起動して爆ぜたり。
けれど、今日のリリア・ヴェイグはそんな騒ぎをよそに、ぼーっとスープを見つめていた。
(スープが渦まいてる……この模様って“失敗した魔方陣”に似てるな……)
完全に現実逃避である。
そこへ、静かな声が落ちてきた。
「……あんたさ、食堂で瞑想するのやめたら?」
「ひっ!?」
振り向くより早く、銀灰の髪が視界に入る。
セラ・アークライトが、まるで猫が獲物を踏みつける位置で椅子に座った。
「寝癖ひどいし、顔色は死んでるし、スープは冷えてるし。三重苦」
「そんなまとめ方ないでしょ!?」
「事実を言ってるだけ」
辛辣度が朝から高い。
でも慣れているので、リリアはスプーンを持ち直す。
「……セラ先輩は何食べてるの?」
「なるべく噛まなくていいもの」
「ど、どういう基準!?」
「寝起きに咀嚼って、けっこう体力使うんだよ」
「えぇ……」
セラの前の皿には、柔らかいパンとスープだけが並んでいた。
確かに噛まなくても食べられる。
「先輩って、意外とズボラですよね……?」
「意外じゃなくて表面化してるだけ」
「自覚あるんだ……」
「あるよ。“努力型のズボラ”ってやつ」
「むずかしい分類……」
そんな、どうでもいい会話が続く。
本当にどうでもいい。これ以上ないほど日常だ。
「で? あんたはなんでそんなにぼーっとしてるの?」
「えっと……なんか、朝から頭が重くて……」
「寝不足?」
「うーん……多分、そう、かも……?」
霊脈のざわつき──とはあえて言わない。
言ったら心配させるし、話がややこしくなる。し、今日は日常だ。たぶん。
「まあ、あんた寝相悪いしね。夜中に壁に頭ぶつけてそう」
「そんなことしませんっ!」
「じゃあ寝ぼけて魔導計算しようとして爆発させてそう」
「ありましたけど!? 過去に!」
「ほら」
「うう……」
セラはパンをちぎって、ひょいと口に運ぶ。
表情はほとんど動かないのに、どこか楽しそうだ。
「午後の実習、また二人で組むらしいよ」
「え、また!?」
「“落ちこぼれ+辛辣先輩”って、教授陣の中で定着してるのかもね」
「そんなコンビ名やだ……」
「じゃあ努力しなよ。私ばっか働くのは不公平」
「うっ……まあ……がんばります……」
しょんぼりするリリアに、セラはふっと口元だけで笑う。
「ま、あんたと組むと退屈しないからいいけど」
「……ん? それって褒めてるんですか?」
「褒めてない。楽しいってだけ」
「えぇ……」
褒めてほしいような、褒められたくないような、よく分からない感情が胸に残る。
***
その後の実習は、驚くほど平和だった。
魔導計算装置は一度も爆ぜず、セラは常に正確に、リリアはぎこちなくも誠実に作業を進めた。
「ねえリリア。ここ、式違ってる」
「えっ、あ、本当だ……すみません……」
「謝るなら直しなよ。ほら」
「うう、はい……」
セラは辛辣だが、教える手つきは穏やかだ。
(先輩って、優しいのか厳しいのか分からない……)
結局、午前中は大きな事件もなく終わった。
強いて言うなら、
「昼は何食べるの?」
「えっと……パン……?」
「それ朝も食べてたでしょ。たまには味覚に刺激入れなよ」
「し、刺激……?」
「辛いスープ行こう」
「えっ、辛いの苦手──」
「大丈夫。“食べられなくても面白い”って意味でおすすめ」
「勧め方どういうこと!?」
そんな緩い掛け合いがあったくらい。
世界は特に悲鳴を上げず、霊脈はかすかに揺れた気もするけれど、気のせいかもしれない。
ただの学院の、ただの一日だった。




