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新たなる旅立ち(最終話)

 レイラたちは逃げ惑う市民を秘密の出口から逃がしていた。

「まだ人の悲鳴や叫び声が聞こえるわ」

「いよいよ宮殿の中までペルシア兵がやってきたにゃ」

「焦げ臭い匂いもする」

「きっとペルシア兵が火をつけたみゃ」

「市民の救助はこれ以上無理にゃ」

「うん」

 レイラは小さく頷き、部屋のドアを閉めた。

(アキレス早く戻ってきて……)

 レイラは大きな石の柱の裏に身を隠し、膝を組んで必死に祈り続けた。

「レイラ!」

 その時、アキレスが部屋に飛び込んで来た。

「アキレス!」

 レイラは柱から飛び出しアキレスに抱きついた。

「みんな無事か!」

 ネジムとタミットも姿を現した。

「行くぞ!」

 アキレスがレリーフのバステトの鼻を押すと、ゴロゴロと重い石のドアが開いた。

「急ぐんだ!」

「王様や一緒に戦っていた人は?」

「みんなペルシア軍に捕まった」

「そんな」

「今はここから脱出するしかない」

「はい」

 レイラがアキレスに続いて秘密の出口に飛び込む。

 ネジムとタミットも大慌てで二人の後を追う。

 アキレスがたいまつに火をつけた時、背後で大きな音がした。

「あ、崩れる!」

 レイラはビックリして後ろを振りむくと崩壊した瓦礫で入り口が塞がるのが見えた。

「入り口が塞がったわ」

 レイラは怯え叫んだ。

「好都合だ! これでペルシアの兵は追いかけてこれない」

 アキレスはそう言って走り続ける。

 レイラ、ネジム、タミットも長い長い石の通路をひたすら走り続けた。

「あっ」

 レイラの目に小さな光が見えた。

「出口だ!」

 アキレスの言葉に皆は浮き足だった。

「助かったのね!」

 レイラの声が弾む。

「もう、へろへろにゃー」

 ネジムが弱音を吐くと「あと少しよ。パパ頑張るみゃー」タミットが微笑んだ。

「ぱ、パパ?」

 ビックリしたネジムは思わず飛び上がり天井に頭をぶっつけた。

「痛てーにゃー」

「子供ができたみゃー」

 タミットは幸せそうに、ネジムに報告する。

「ネジム、タミット、おめでとう!」

 レイラは自分のことのように大喜び。

「子供ができたかにゃ!」

 ネジムが嬉しさの余りスキップした。

「ネジムおめでとう! あなたパパだからしっかりするのよ」

「にゃー!」

 タミットのおめでたの報告で皆の張り詰めていた神経がほんの少しほぐれた。

「出るぞ」

 アキレスが用心深く外の様子を窺った。

「アキレス大丈夫?」

 心配そうにレイラが訊く。

「シッ!」

 アキレスは右手でレイラを後ろに下げ、待てと合図する。

「何か動く音がする」

 アキレスは腰の剣に手をかけ、出口から外を見ようと少し顔を出したとき「わっ」愛馬クサントスがアキレスの顔をペロリと舐めた。

「クサントス!」

 アキレスは愛馬の首を抱きしめて大きな頭を撫でた。

「バリオスも一緒だわ」

 アキレスに続いて出てきたレイラもバリオスから顔を舐められた。

「わぁーい! クサントスとバリオスにゃ!」

 ネジムとタミットも二頭の馬との再会に大喜び。

 出口はあたり一面が葦で覆われ、十メートルほど前方にはナイルが流れていた。さらに後方にはメンフィス城が小さく見え、空を真っ黒に染めるほどの黒煙をあげながら激しく燃え上がっていた。

「お城が燃えているわ」

 レイラの目から涙が溢れた。

「……」

 アキレスは無言で対岸を見つめる。

「急ごう! ブバスティスの君の両親が心配だ」

「はい!」

 そのとき、突然、タミットがトランス状態になってバステト神の言葉を発しはじめた。

「北に走りなさい。そこに大きな船が用意されています。その船に乗るのです」

「北に船が」

 レイラとアキレスがタミットの言葉を繰り返す。

「急ぎなさい。危険が迫っています」

 アキレスがレイラをバリオスに跨がらせると、自身も愛馬クサントスに跨がった。続いてネジムがレイラの背中に飛びつき、タミットがアキレスの背中にしがみついた。

「北だ! 北に行くぞ!」

 ヒヒーン!

 すぐさまクサントスとバリオスは北に向かって走り出した。

「どこで船に乗れるんだ?」

 アキレスがタミットに尋ねると「あとは海の神、風の神が導きます」タミットの中のバステト神がこたえた。

「父さんや母さんは大丈夫ですか?」

 今度はレイラが訊いた。

「元気にされています」

 神様は優しく答えてくれた。

 灼熱の砂漠を駆け抜けるアキレスたち。不思議と喉の渇きもお腹が空くこともなく、思ったより早く川が見えてきた。

「ナイルだわ!」

 レイラは大喜びした。

 その時、無数の矢がアキレスたちを襲った。

「ペルシアの大軍だ! 逃げろ!」

 死に物狂いで逃げるアキレスたちだったが、やがて目の前にナイルの広大な水が広がった。

「クソ! 船はどこなんだ!」

 アキレスとレイラは川上に向かって馬を走らせようとしたが、クサントスもバリオスもいうことをきかず、ナイルを目指してまっしぐらに走り続ける。そして、いよいよ目の前にナイルが迫って来たとき、アキレスの背中にしがみついていたタミットが、右手のピンクの肉球を招き猫のようにナイルに向けた。するとモーゼの時のようにナイル川が左右に真っ二つに割れ通り道が出来たのだ。

「ナイルが割れたにゃー」

 びっくり仰天のネジム。

「さ、急ぎなさい」

 タミットの中のバステト神が指示した。

「走れ!」

 アキレスとレイラは手綱を絞り、川底が見えて出来た道に駆け込んだ。追いかける何千ものペルシア軍はモーゼの出エジプト記を知らないのか、愚かにもアキレスたちを追いかけてきた。

 大河のナイルの谷間を駆け抜けるクサントスとバリオス。

 谷間の両側の、水で出来た壁はまるで巨大な水槽のように、沢山の魚やカバやワニの姿が見えた。

 ネジムとタミットは食欲をそそられ涎をたらした。

 やがてアキレスたちが対岸にたどり着くと、ナイルは元通りとなり、追ってきた何千ものペルシア軍はナイルに呑み込まれてしまった。

 レイラ達は振り向き呆然とナイルを見つめた。

「すげーにゃー」

「もう追っ手が来ることはないみゃ」

「モーゼがエジプトから出るとき、紅海が割れたといい伝えがあったが」

「まさか、あたしたちも体験するとは思わなかったわ」

「これが神の御業か」

「ふ、船が来るにゃー」

 タミットが北の方角を指差すと巨大な帆船が徐々に近づいてくるのが見えた。

「ほ、ほんとだ」

 アキレスは驚き船を見つめた。

「さっきナイルが割れたときにどこかの港に停泊中の船が流されたのかしら」

 アキレスたちが見守る中、帆船は近くの切り立った岸壁にゆっくりと接岸した。

「あれがバステトが言っていた船だ!」

 アキレスが愛馬クサントスに飛び乗り船を目指すと、レイラもすぐに後を追った。 

「アキレス、このまま船に飛び乗りましょう」

「わかったレイラ! ナイルに落ちるなよ」

「まかせて!」

 アキレスとレイラは愛馬のスピードをあげると、ネジムとタミットは二人の背中に爪を立ててしがみついた。

 ヒヒーン!

 二頭の馬は大きくジャンプして、岸壁に接岸している帆船の甲板目がけて飛び降りた。

 アキレスとレイラたちが甲板に無事着地すると同時に風が吹き始め、マストがたなびき船は追い風に乗って北上した。

「まるで太陽の船だわ」

 レイラがそう言うとアキレスも頷いた。

「舵をとる者もいないのに……」

 アキレスは遠ざかる陸地をじっと見つめた。

 レイラはアキレスの手を強く握った。

 ネジムとタミットが二人を見守る。

「パパ、新しい土地に着いたら子供達のために温かい家庭をつくるみゃ」

 タミットが急に振り返り、微笑みながらネジムにいう。

「おいら頑張るにゃー」

 ネジムは照れて顔を真っ赤にした。

「ネジム、責任重大だね」

 レイラが熱々の二匹を茶化して面白がると「レイラちゃんもアキレスと子供を沢山つくって、温かな家庭をつくるにゃ」ネジムもすかさずレイラを冷やかす。

「ネジムのばか猫!」

 レイラは顔を真っ赤に染めてネジムの頭を軽く押した。

「陸地がどんどん小さくなっていくわ」

 アキレスとレイラはデッキで寄り沿い、夕日で真っ赤に染まるナイルをいつまでも眺めた。


 紀元前525年の晩夏、エジプトはペルシアに占領された。

 カンビュセスはサイスで戴冠するとエジプト王を兼ね、ここに全オリエントがペルシアに統一された。

 その後、エジプトの解放は紀元前332年のアレクサンドロス大王によるエジプト征服まで待つことになる。

 百万匹とも言われたエジプトの家猫たちは、第一次ペルシア支配が始まると、エジプトの近隣諸国やヨーロッパ、インド、アジアの国々など、世界中のいたるところに持ち出され、バステト神の言葉通り人々の心と魂を癒やすセラピー猫になったという。


「ブバステスの港が見えるわ!」

 レイラが船の舳先に立って大きく手を振ってアキレスを呼ぶ。

「ディオたちだ! 君の両親の姿も見える」

 アキレスは盟友の姿をみて胸をなで下ろした。

 船はゆっくりと港に着くと待っていたかのように、ディオ、アイアス、ネストルが駆け寄ってきた。

「みんな無事だったのか」

 アキレスは三人の盟友と腕を組み抱き合って背中を肩をたたく。

「おまえこそ」

 ディオは珍しく涙を浮かべ、右腕で目頭をこする。

「ペルシア兵どもはどうした。追っ手は来なかったのか?」

 アキレスが心配そうに訊く。万が一、追っ手がこの町にやってこようものなら、こんどこそ、カンビュセスの首を取ってやるつもりだ。

「よほどこの町の猫神様が嫌いなようでさっさと引き返して消えちまった」

 アイアスはにっこり微笑みアキレスの肩をぽんと叩いた。

「レイラ、無事で良かった!」

 ムクターとマブルーカがレイラを抱き締めた。ラモセさん夫婦も目頭を熱くしている。

「パパ、ママ、メンフィスのお城も町の人々もみんな殺されてしまったわ」

 レイラも両親との再会に両目を真っ赤に腫らした。

「戦死した人たちのために祈ろう。今、私たちに出来ることはそれしかないのだから」

 ムクターはレイラの頭に手をおいて、優しく撫でた。

「レイラ、こわかったわね」

 マブルーカは娘がどれほど怖い思いをしたかを思うと自分のことのように心が痛んだ。

「たくさん人が死んだの。顔が潰れ、手や足が引きちぎれ、家族全員が火で焼き殺されたの」

 レイラが震えながら話し出す。

「亡くなった人たちの魂が無事にオシリスの元へ旅立てるよう祈りましょう。そうすることで犠牲になった人たちの魂は安らかに眠ることが出来るのだから」

 そう優しく言ってマブルーカは震えがとまらない娘を強く抱きしめた。

「ギリシアに行こう。故郷のプティアなら安全だ 」

 アキレスはそう言って、船にギリシア亡命を希望する市民や猫たちを募った。

「ラモセ、一緒にギリシアに行こう。カンビュセスは残虐な悪魔だ。メンフィスで籠城した市民も皆殺しにされた。ペルシア人たちがこの大地に居座るかぎりエジプトに自由はないと思う」

 ムクターは真剣な眼差しで命の恩人ともいえる親友を説得した。ギリシアでもう一度やり直したいと思ったから。

「ありがとうムクター、君の優しさと友情に感謝するよ。でもわたしたち夫婦は決めたんだよ。このブバスティスの町でバステト神を守っていこうと。そうすることがわたしたち夫婦の幸せなんだとね」 

 ラモセさん夫婦はそういってムクター夫婦と握手して涙ぐみながらハグした。

「ラモセさん、一緒にギリシアに来て下さい!」

 レイラがいきなりラモセの腕を掴んではなそうとしない。

「ありがとう、レイラちゃん。でも私たちはバステト神が守って下さるから心配ないよ」

 ラモセさんは、ゆっくり屈んでレイラの涙で潤んだ目を優しく見た。

「あたしが学校に行けたのも職人になれたのも、みんなラモセさんの御陰なんです。だから、だから……」

 レイラは胸にこみ上げてくる感謝しきれない熱い気持ちに耐えられなかった。

「レイラ、その気持ちだけで十分だよ。それより、これから君は希望の国ギリシアに行けるんだ。そのチャンスを逃しちゃ行けない!」

「希望の国……」

「ギリシアなら君の才能を存分に発揮できる。いつか君の作品が世界で認められこのエジプトで手にするときを楽しみにしているからね」

 ラモセはそう言って優しい眼差しでレイラを見つめ、我が子のように抱きしめた。

「ラモセさん、ありがとう! ありがとうございます! あたし必ず夢を叶えて見せます!」

 レイラも涙を擦りながらラモセ夫婦に抱きついて別れを惜しんだ。


「出航するぞ!」

 アキレスの声がブバスティスの港に響き渡る。

 

 レイラたちは幾度となくふりかえりながら、手を振るラモセさん夫婦に別れをつげ、巨大な帆船に乗り込んだ。

 マストに白い帆が翻った。舳先がゆっくり護岸からはなれる。

 やがて船はナイルを北の海に向かって滑るように走り始めた。

 

 その後、レイラたち亡命者とアキレスたちを乗せた船は、ペルシア軍の妨害もなく地中海に出て無事にギリシアのプティアに着いた。

 アキレスの故郷プティアは古代ギリシャのテッサリアの最南部にありオトリュス山麓にある町だ。

 レイラとその家族はギリシアで新しい人生をスタートすると、ムクター夫婦はギリシアの農園で働き始めワインやオリーブ油を造って外国に輸出した。

 レイラはエジプトで叶えられなかった芸術家としての夢をギリシアで実現することを決意した。こんどはギリシアの職人学校で学び、エジプトで学んだ彫刻やレリーフをギリシアの芸術と融合させる創作をしたのだ。

 こうしてレイラがもたらしたエジプト様式はギリシアの芸術に大きな影響を与え、数多くの斬新な彫像やレリーフが生み出されたという。

 もちろんネジムとタミットをはじめ、たくさんの家猫たちがギリシアに移り住み、人々を癒やしたのは言うまでもない。


                                                                          (了)

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