第3話 アテルセスへ
そして、ルリアは状況もよくわからないまま、馬車に乗せられてしまった。
馬車の中では二人の会話はなかった。
というのも、セルギスは窓の外をじっと見ているだけで、ルリアに何も言ってこなかったからだ。
(私は、どうしていればいいの?)
ルリアの脳内には、?マークがいっぱいだ。
自分はセルギスの手によって救われた。何か恩を返さなければならないのだろうけれど。
そもそも、大金をはたいてまでルリアを解放したセルギスの狙いがよく分からない。
こんな魔法も使えない自分に。
聖女を偽ってはない。ミルセンを殺そうとして、侵入したわけじゃない。
だけど、無能。無能であることは事実なのだ。
外の景色は目まぐるしく変わっていき、馬車は森の中に入っていく。
このままアテルセスまで行くのだろうか。
森ようかと、抜けた時に、ふとセルギスがつぶやく。
「俺は」
その言葉に、ルリアはセルギスの方を見る。
「君に聖女の力が無い訳じゃないと思う」
「……」
「聖女の力は今も不明瞭だ。実際にその力は解明されてない。だから本当に君に聖女の力使えないと決めつけるのは早計だと思ったんだ」
そして腕を前に組む。
「だからこそ君を死なせるわけには行かなかった」
「そう、ですか」
――結局聖女としてしか見てないんだろうな
勿論それが嫌という訳ではない。ただ、全て置いてに聖女という見られ方をされるのが嫌なのだ。
聖女ではない自分に、価値がないような気がして。
「私は、あのままだと死ぬところでした。だから助けていただき本当に感謝します。でも、あまり私の力に期待はしないでください」
「期待か。勿論俺は聖女の力にも期待している。だけど、もし永遠に発芽しなくても別にいいと思っているんだ」
「え?」
ルリアはセルギスの顔をじっと見る。
セルギスは顔を軽く赤らめ、
「俺は純粋に君を王妃に迎えたいと思ったからだよ」
そう言うと、「まあ、俺が王になるなんて決まってはないんだけどな」と言ってセルギスは笑う。
「そ、そうですか」
それにはルリアもそっと顔を背けた。顔はきっと赤くなっている。
だけど、どうして。どうして自分が欲しいのだろうか、それを訊きたい。
「あの」
その瞬間、ルリアのお腹の音が鳴った。それも盛大に、馬車中に広がって行った。
ルリアはとっさにお腹を手で隠す。だけど、鳴りやまない。
(うぅ、最近まともなものを食べてないからかしら)
その仕草が面白かったのか、セルギスは見事に笑って見せたので、ルリアとしてはたまったものではない。
「いるか?」
携帯食なのだろうか、セルギスはパンを手渡してきた。
ルリアはじっとパンを見て、「貰います」と言って受け取った。
パクっと食べると、しっかりと作られており美味しい。作り立てじゃないのに、ここまで美味しいと感じるのは、お腹が減っているからなのだろう。
これからすると牢獄で食べたパンは全然美味しくなかったと感じた。きっと失敗作だったのだったのか、材料がよくなかったのだろう。
怒涛の勢いで食べたので、あっという間にパンが無くなってしまった。
「まだまだあるから」
そう言われ、次はビスケットを食べる。胃の中が空っぽだったからいくらでも入る。
はしたない、とは思いながらもどんどんと食べてしまった。
「いい顔だ」
そう、セルギスが呟いたのを聞き、少し気恥しくなったルリアは外を見る。
今から自分は未知の世界に飛び込むことになる。
恐らく、この人は善側に立つ人間だ。ルリアが嫌な目に合う事はおそらくないだろう。
そう考えたら笑っていいのかな。
そんな、気持ちが心の中に芽生える。
今までの自分は、聖女として見られていた時も、ほとんど自分のための時間なんて取っていなかった。
強いて言えば読書くらいだったのだ。
アテルセスの王宮に着いたら、幸せな日々を送れる?
そんなことを考えていたら、不思議と笑みがこぼれてくる。
いっぱいはしたない食べ方をしたのだけは恥ずかしいけれど。
そしてアテルセスの王宮に着いた。
「じゃあ、部屋に案内するね」
そう言われ、ルリアは彼について行く。
セルギスは多くの使用人たちに歓迎されている。
それを見るに、中々人気があるのだろうか。
そんな彼と一緒に歩いていて少し気恥ずかしさを感じた。
何しろもう、王太子妃のような扱いを受けているのだから。
今まで、そんな厚遇を受けたことはなかった。最近は、聖女の力をまともに使えない無能扱いをされ、冷たい視線を浴びせられていた。
ここなんて、暖かいのだろうか。
(いや)
どうせすぐに冷たい視線を向けて来るのだろう。聖女の力が使えないと判明したならば、すぐに。
ルリアはそう、経験から思った。
自分はそんなたいそうな人間ではないのだから。
部屋に入る。
「ここでしばらくゆっくりしてくれ。俺は色々と話をしないといけないから」
「分かった」
そう、ルリアが頷くと、セルギスは部屋から出て行った。
それを確認した後、すぐにルリアはベッドに飛び込んだ。
「ふわふわ」
そう呟いた。
なんて気持ちがいいのだろうか。
こんな気持ちいいのはいいのは久しぶりだ。
何しろ、牢のベッドは硬いものだった。
それに、アテルセスへと戻る道中に泊まった宿のベッドもしっかりとふわふわではあったが、レベルが違う。相当上質なものを使っているに違いない。
ルリアはふと少女のようにはしゃぎたいと思った。
今は人の目もない。
聖女という役目から解放され、人目もはばからずに暴れたい。そう思う。
そう思ったら行動は早い。ベッドに勢いよくダイブした。
布団を抱きしめる。
隣には誰もいない。こんな開放的な気分はいつ以来だろうか。
「私は……」
ずっとこういう時間が欲しかった。
ミルセンがいる時には、やはり聖女として、皇太子妃として振る舞わないといけないのだから。
そしてそれは、自分の意志などとは関係が無く、理想の女性を演じなければならない。
今もそれは変わらないのかもしれない。
でも、ミルセンよりは頭が柔らかそうだ――そんな感じがする。
そして、疲れからか、あっという間に睡魔に襲われ、ルリアは静かに眠りについた。




