第1話 投獄
「お前はもういらない」
ルリアは突如そう言われた衝撃で、開いた口が閉じなかった。
ルリアは皇太子ミルセンの婚約者であり聖女だった。
彼女は聖女としての痣が芽生えていた。
歴代聖女皆持っていた聖女特有の痣だ。
彼女は生まれながらその痣を身にまとい、物心がついたころには皇宮へと向かった。
そ聖女として国を支える役割につくために。
皇宮で様々な事を学んだ。
礼儀作法や、算数、国の歴史や法律、また他国の言語など、多岐にわたる事をだ。
だが、いつまでたっても、その力は発芽しない。
過去の聖女たちはもっと若い年齢で聖女として目覚めているはずなのに。
ルリアも必死で頑張った。
いくつもの方法を試した。
筋力もつけた。
知識も沢山身に取り入れた。
国のために、役立たずにmならないように必死に努力した。
なのに――
今現在婚約者であるはずのミルセンから剣を突き付けられている。
その側近の兵士たちからもだ。
まるで、罪人のような扱い。
それを見て全てを察知した。
今自分は、聖女としての役割を果たせていない。
つまり聖女を騙ったという罪で、投獄されるのだと。
「お前は、俺の期待を裏切った。それどころか、聖女であるという嘘までついた」
嘘ではない。嘘をついた覚えはない。
そもそも、嘘をつく術すら知らない年齢の時に、皇宮に徴収された。
しかし、ルクセンに嘘であると思われても仕方がないことだ。
実際に、聖女としての力はいまだに発芽していないのだから。
「何か、言い分はあるか?」
「私は、一切嘘などついておりません。本当です」
「いまさらそんな嘘をつくのか!!」
ミルセンは、ルリアの頬を全力で叩いた。
「見苦しいとは、思わないのか」
思わない。
嘘ではないのだから。
「俺は貴様を許すわけには行かない。連れていけ」
ルリアは両の手を兵士たちに掴まれる。
「お前は暗く質素な牢の中で反省していろ」
そして、ミルセンは兵士に命令し、ルリアはその場で後ろ手で拘束を施された。
ルリアはそれに抵抗することも無く、自分の運命に、ただ身を任せた。
その先が天国であろうと、地獄であろうと関係が無い。
そもそも天国になる可能性はないのだ。
元々聖女になりたくてなった訳ではない。
生まれから、聖女として生きることを強要されてたのだ。
――私は結局、幸せにはなれない。
レールに乗せられ、そのレールの終着点がここだっただけのこと。
そもそも人生で、自分の選択は幾度あっただろうか。
結局自分の人生で何かを選んだことなど一度もなかったなと、ルリアは自虐的な笑みを浮かべる。
所詮自分は人の都合で動く道具なのだと。
そして無言でついて行くこと二〇分。ついに、入るべき牢が見えた。
ルリアはそっと顔を上げた。
それを見れば、いかにも不潔そうな牢だ。
この中の衛生状態など、考えるだけで吐き気がしてきそうだ。
「入れ」
その言葉に従い、牢へとはいる。
後ろ手に縛られていた枷は外された。
その代わりに、首に枷を付けられ、そこから延びる鎖は壁へと延びる。
逃走防止のための鎖だ。
ルリアは黙って牢の中に座る。
「その中で自身の罪を償うんだな」
そう、ミルセンが吐き捨てるが、ルリアは何も答えない。
無心。
もう、自分に襲い掛かる状況に適合するのを諦めたのだ。
「静かね」
ルリアはベッドに寝ころびそう呟いた。
未来のことなど知らない。考えたくもない。
でも、今は久方ぶりに休みたい。そうルリアは思った。
この牢の中では、何も頑張らなくていいのだから。
★
「これで、偽聖女は政界から追放させられたな」
「ええ、これで無能は追い出せた」
ミルセンの体面にいる少女が言う。
「わたくしは、ようやくあなたと一緒になれるのですね」
「ああ、お前があの無能の跡を継ぐんだ」
「そうね、聖女でありながら、聖女の力に愛されなかった偽聖女。その代わりならわたくしにでもできますわ」
「そうだな。お前と一緒になれるのが嬉しいよ」
ミルセンはベッドに腰掛ける。
それを見て少女――レアナもベッドに腰掛ける。
そして二人はともにベッドに寝ころんだ。
「あんな女と婚約するなんざ、いやだと思っていたんだ」
そう言ってミルセンはレアナの背中に腕をやる。
「ええ、私もよ。大事なミルセン様が、あの女と一緒にいるところを見ると、悔しくてたまらなかったわ。私の方に聖女の力が宿ればよかったのにって」
「俺も、皇太子妃じゃなかったら一緒にいることなどなかった」
そしてミルセンは、レアナに口付けをする。
「大好きだ。レアナ」
★
「暇だわ」
牢にいるルリアはベッドに寝ころんでいる。しかし、牢の中では何もできない。暇なのだ。
「このまま死を待つのも嫌だわ」
ルリアは天井に手をかざす。
このままでは数日後には確実に処刑されてしまうだろう。
そして、ルリアは手にぎゅっと力を込め、放つ。
だが、手から力など一切出ない。
「そうね、私は偽物だったわね」
力など出ない。
自分が本物の聖女だとしたらこのような牢、何とかして脱出できるはずだったのだ。
過去の聖女は違う。
皆等しく力を持っていた。
あるものは戦場で猛威を振るい、あるものはその癒しの力で荒れ果てた土地を一月で北条の地へ、あるものは凄まじい勢いで負傷者を癒し、戦場を勝利に導き、あるものは一瞬で病原菌を国中から消し去れ、パンデミックを収めた。
聖女とは、人外レベルの力を持つもの。
一般人にはいくら努力したとて、たどり着けない化け物に慣れる。
「でも、私は」
その力が十八になっても発芽する気配すら見えなかった。
ルリアの中にはしっかりと聖女の力の種を感じられるのに。
ルリアの未来はこのままだと死だけだろう。
嫌だ、そんなのは。
「死にたくない」
ルリアは自身の正直な気持ちを口にした。
死にたくない。
今まで他人に如かれたレールばかりを歩いてきた。
自分も今度は自身で敷いたレールを歩きたい。
自分の意志で行動して、自分の意志で恋をしたい。
正直ミルセンのことは好きじゃなかった。むしろ嫌いだ。
だけど、皇太子妃であった以上、笑顔を振りまいていた。
「ご飯だ」
そのようなことを考えていたら、ミルセンが来た。
忙しいはずなのに、自分から来るなんて、よほどルリアの苦しむ姿を拝めたい様だ。
そしてルリアは目の前におかれた食事を見る。
「これ。は」
スープとパン。本当に最低限でしかない食事だ。
死なさないだけの食事量だろう。
「殺す気なのね」
「黙れ」
お腹に痛みを感じた。
「食事を与えられたらありがとうだろ。これだから無能は」
そう言ってミルセンはスープ皿を置くと、ルリアの手を後ろ手に縛った。
「最初はまともに食事を与えてやろうと思ったが、気が変わった」
そう呟き、ルリアの顔をグイっとつかみその顔をスープの中に押し込んだ。
「今まで、愚かにも騙されていた俺を裏であざ笑っていたんだろ。この悪女め。……これはその報いだ」
そう言って高笑いするミルセン。
ルリアは必死で尽くしてきたつもりだった。
自分のための時間も使い、必死で努力してきたのだ。
ルリアは無性に腹が立ってきた。
――私は、絶対にこの人を許さない
そう、勝手に怒りを募らせ、理不尽にルリアに吐き散らかしているこの男を。
必死で魔法の練習に励み、魔力増強にいい薬を飲み、必死に聖女としての役割を全うしようと頑張ってきていてたのに。
最初は運命をある程度受け入れる覚悟で吐いた。しかし、それではだめだ。
このまま殺されたのでは、たまったものではない。
だが、怒りを募らせても魔法は出るものではなかった。
それからしばらくの間、ルリアはミルセンのストレス発散に付き合わせられることとなった。




