第91話ダンジョンに異変が起きている
ここのところダンジョンでは異変が起きていると私達は確信していた。
その最も顕著な例は、突如としてダンジョンの中に現れるようになった謎の売店にある。
その奇妙な建物に、不思議な店員が住むようになったのだ。
「いらっちゃいまちぇ」
「かわいぃ……」
天使の羽根をモチーフにしたエプロンを付けた、天使のように美しい子供に、まず天音さんがメロメロになった。
この店員天使はいつも売店の中にいて、商品の管理と売買をしているらしい。
そして一度、アイテムのポーションを盗み出そうとした生徒がいたようだが、コテンパンにされて店の外に叩き出されたという話も聞く。
しかし目の前で天音さんに頭を撫でられ、されるがままになっている天使はとても危険なモンスターには見えなかった。
天使を撫でながら、しかし天音さんは言う。
「でもさこれ流石に、あいつがやったって無理があるんじゃない? こんなこと絶対できないって」
指摘されてカノンの視線が逸れた。
確かにすべて彼がやったと言い張るには少々現象が特殊過ぎだった。
「……そうね。トイレだけならまだしもこんな商品や店員までっていうのは違和感があるわ」
すると同じパーティの羽々霧君は、まぁ嘘だとは思ってはいないとカノンをフォローする。
「彼の作ったトイレが引き金になって、ダンジョンが変化した……という事じゃないか? それはそれですごい発見だが……」
「ああ。でも売店が出来てくれるのは助かるよ。もっと深い階層に出店予定はないのかな?」
ただリーダーの草薙君が面白半分に天使と握手しながら話しかけると、店員天使は答えた。
「出店予定ありまちゅ。次は5階に出店予定でち」
「!」
まさか応えてくれるとは思っていなかったカノン達は驚いて天使を凝視した。
そして、今度は羽々霧君が若干恐る恐るもう一度質問していた。
「出店予定って……誰がそれを君達に伝えたんだ?」
「てんちょーでち」
「店長?」
「そうでち」
それから何度か様々な質問をしたが、何でも答えられるというわけではないようで、大した情報を手に入れられはしなかったが、店長なる存在が何かしらの意図で売店を作り出したのだと私達は結論付けた。
そう言うわけで、ダンジョンの中で異変が起きているとカノン達は確信していたが、他の生徒はそうじゃない。
「~~~」
話し声が聞こえて、月読 カノンは速足でワタヌキ君の後を追う。
そしてしばらく走ると、かなり速足で迷いなく進むワタヌキ君を発見した。
ただ彼はすでに2階へ進む階段を発見していて、躊躇いなく潜ってしまったのだ。
「……2階に進んだ? 1階からいつも出ない彼が?」
不思議に思う一方で、カノンは少しだけ好奇心も湧いてきた。
このまま声を掛けずに進んだら、ワタヌキ君は一体何をするんだろう?
彼が何か秘密を持っていそうなことはカノンもうっすらと感じていてすごく気になる。
白状すれば最初はちょっとした遊びのような感覚でもあった。
だけど彼の後ろをついて行くうちに、カノンは遊びだとも言っていられなくなってしまった。
「……どこまで行くの?」
少しだけ弱音の混じった呟きだが、彼の歩みは止まらない。
1階から2階へ、そして3階―――4階まで到達すると、カノンもソロで潜るのは限界に近くなる。
不思議とモンスターはいなかったのだが、そこでワタヌキ君はドロリと床から飛び出して来たモンスターと初めて遭遇した。
「……あれは!」
床に潜み、自分の真上を通過した獲物を背後から襲う泥のモンスターは一気に質量を増大させてワタヌキ君に襲い掛かる。
だが彼は、すぐに気がついてクルリと背後を振り返るとハンマーを一振りした。
すると泥はドサリと地面に落ちて動かなくなってしまったのだ。
「……ウソ」
それはあまりにも鮮やかな手並みだった。
カノン達が一度遭遇した時は、全員が泥だらけになってまともに動くことも出来なくなり、撤退するはめになった。
飛び出しかけたカノンは慌てて隠れると、かがんで何かしているワタヌキ君の様子を観察した。
彼はなぜか落ちたモンスターの身体を持ってきていたゴミ袋に詰めて綺麗に集めると、次へ向かった。
ワタヌキ君はその後もなぜか同じモンスターばかりに遭遇して、やはりすべてモンスターの泥を集めているようだった。
「まぁこんなもんかな……」
満足したらしいワタヌキ君は行動は意味不明だが、しかしあまりにも迷いがない。
やっぱり彼には何かある。
カノンはそう確信するとドキドキする鼓動を押さえて呼吸を整えた。
「……もうちょっとだけ様子を見ようかな?」
だが彼が通路の角に消え、一瞬見失ったかと思ったら―――ワタヌキ君の姿は、どこにもなく完全に消え失せていた。
「え!」
慌てて周囲を見回すが、痕跡すらない。
もう少しだけきちんと探してみたい気持ちはあったが……今ソロの状態で4階をうろつくのは危険すぎた。
「……どういうこと?」
カノンは訳が分からない事態に混乱していたが、妙に楽しくなって胸がざわめいていることに、自分でも気がついていた。




