第89話密かな悩み
「……さて祭りの時間の始まりだ。そして祭りで大切なのは前準備ではないかと、僕は思う」
僕らは学校の部室で顔を突き合わせ会議中である。
我々はダンジョン同好会を部に昇格させるため、行動を迫られていた。
今僕らがやるべきこと……それは誰もに僕らを印象付ける、インパクトのあるオシャレであった。
「いやいやいや、ただの装備の新調でござろう?」
「そうだよ? 桃山君の服もダメになってるから作り直さなきゃだろ?」
そう言えばオーガとの戦いでずいぶん衣装が汚れていたことを思い出すと桃山君は大丈夫だと自分のパーカーを引っ張って見せた。
「……同じのがあと9着あるでござる」
「じゃあいらないかぁ……。僕も同じジャージ10着買った」
「こうなってくるとやるでござるよね」
「まぁ。ここまでくるとね」
「となると女子組は一点物だから大変でござる。予備の予備くらいまたみんなで作るでござるか?」
「必要かもねぇ」
「あれば助かりますけど。丈夫だし大丈夫ですよ?」
レイナさんがそう言ってくれるのは嬉しいけれど、こちらに気を使われて、劣化した衣装で華々しい舞台に出るなんて、クリエイターとしての矜持が許さなかった。
確かに市販品の延長っぽい僕らと違って女性陣の衣装は殆どオーダーメイドに近い。
汚れたり破れたりすると、変わりを手に入れるのは難しいだろう。
しかしそれで桃山君に過剰な負担がかかってしまっては、あまりよくない。
僕は考え、その辺りあっさり解決する魔法を提案した。
「量産は時間がかかりすぎるから、桃山君さ、テイラーってサポートジョブとってみたら? 布製品作るならめちゃくちゃ便利なスキル覚えるみたいだけど?」
「……マジでござるか?」
「マジ。一度作った衣裳なら複製も楽々よ?」
まるで、夜中に仕事をしてくれる妖精さんの様なジョブは布製品や糸を扱わせたら、右に出るものはなくなるだろう。
「……取るでござる。解放条件とかあるんでござるか?」
「ダンジョンの素材を作って服を作る。小物でもいいから手袋とかマフラーとかその辺おすすめかもね」
「……ダンジョンの素材でござるかぁ。あ、でもネタなら簡単そうでござるな。ジャングルのヤシで腰ミノなんてどうでござろう?」
「それで判定通るか気になるね……。まぁ試してみるならなるべく上の階層でやるといいよ。モンスターを気にしなくていいし」
サポートジョブを得るコツは、あまりモンスターを意識しなくてもすむ浅い階層で作業をすることなのは間違いなかった。
「そうでござるなぁ……いやしかし皮やらなにやらはちょっと手間がかかりすぎるでござるから……なんかちょっと考えてみるでござるよ」
すでに何か構想を考えている桃山君は乗り気だし、どうやら桃山君の今後の活動は本当にお洒落になりそうだ。
そしてレイナさんの方は、戦闘技能よりむしろ音楽の腕の方に不安があるらしい。
「私は演奏の練習したいです。最近ちょっと試したくらいじゃさすがにさび付いてます」
「ならセーフエリアに防音室でも作ろうか? 練習はそこで思い切り練習してもらうとして……そろそろマーメイドのいるエリアを狙ってみるのも面白いかもしれない」
「マーメイドですか?」
興味を引かれたレイナさんに、僕はざっくりマーメイドの生息域を地図で描いて見せた。
「そう、53階層に水辺があるから、そこにいるマーメイドと一緒に歌を歌って、最後まで眠らずにいられたら、サポートジョブシンガーが解放されるよ」
「……なんでそれを早く言わないんですか?」
……そんなに血相を変えて肩を掴まないで?
ああ、そうだろうと思ったけどレイナさんからすさまじい圧を感じた。
「いや……メインの前にサブもないかなって」
「……ふーむ。ボーカルより楽器の方が好きなんですけど、楽器じゃダメですか?」
「歌が間違いない。一度解放されるとシンガーは音に関するスキルを色々覚えるから、応用は後から試してみるといいよ」
「なるほど……こいつは面白そうです」
「やるなら状態異常対策のポーションを作ってあげよう。これで条件は達成されたも同然のはず」
「……気合じゃ無理です?」
「無理だねぇ。……絶対ポーションは飲んでね? 水中に引きずり込まれるから」
根性でマーメイドの呪いの歌を防ぎきれるもんじゃない。
チャレンジ企画は、ほどほどにした方がいいだろう。
まずはいったん効果がありそうな課題を授けた二人が席を立ち、ダンジョンに向かう後ろ姿を見て、僕はこっそりとため息を吐いた。
「……華があるよな」
さて、色々情報通ぶって新情報を渡してしまったが、本当に頑頑張らなくてはならないのは実は僕の方だった。
「……みんなキャラ濃くなってきたしなぁ。対して僕は薄すぎる」
今僕は、オタクとして歩んできた人生を試されている気分である。
『シンプルだものね』
「そうなんだよ……どうしよう?」
攻略君もそういう認識だったか。頭が燃えるアイディアだけで晴れの舞台にどこまで通用するかはあまりにも未知数過ぎた。
このままいくととりあえずハンマーで相手をぶん殴る事しかできない。
それは仕方がないにしても、だんだん特徴が出て来た二人と一緒にいて地味じゃないかと言われると……ちょっと自信がなかった。
『じゃあ私達もオシャレをしに行こうじゃないか』
「……そうだね。じゃあ、どんな風にしようか? 出来るだけインパクトがあるやつ考えよう」
舞台映えするキャラとは何ぞや? それは我が人生に耳を澄ませば、自ずと好きがあふれ出すはずだと信じるしかない。
ところが今回、ファッションは苦手だと言っていた攻略君が、案を出してきた。
『インパクトか。なら君……腕を増やすつもりはないかな?」
「……ないが?」
しかしその提案は中々ぶっ飛んでいた。




