第81話自分にできる事を
「ぎゃあああ! 何この子かわいいー!」
新しい仲間の紹介がてら、ホームエリアにて顔見世をしていると、秒で浦島先輩が天使に飛びついて来た。
しかし抱きついて金髪を撫でようとして、僕はかなり慌てた。
「浦島先輩! 避けて!」
「え?」
「ちゃがれげろう! あーくらいと!」
指の一刺しで聖なる光が一筋走り、輝きの中で床を消滅させる。
幸い教えた通り威嚇に止めていたが、当たったら首から上が完全消滅待ったなしの強力な魔法だった。
「あっぶなー……威嚇で済ませたのは偉いけど、この人達に攻撃しちゃダメ」
「あい!」
「……返事はいいんだよなこいつら」
軽くペシリと額をデコピンすると頭を両手で抑える様は幼子にしか見えないが、たぶんうちのテイムモンスターの中では上位に食い込む凶悪モンスターだ。
この姿は僕のイメージが原因らしいが、ちびっ子なのはおそらくチョコ〇の金のエンジェルとかそんなとこだと思う。
いきなり九死に一生を得た浦島先輩はカタカタ震えていた。
「……おお、こえぇぇ天使、超こえぇよ」
「……すみません。こんななりでも悪魔の階層よりさらに深い階層のモンスターなんです」
「は、早く言ってねぇ?」
「先輩も悪いんですよ? かわいいからっていきなり飛びついたらダメです」
「そ、それはすまねぇ……」
シュンとする浦島先輩に、天使がトコトコ歩み寄る。
そして天使はすっと手を出して、僕が教えた挨拶を実行した。
「仲直りでち」
「天使ちゃん……!?」
きゅっと手を握って、感動する浦島先輩は何とか抱きつくのは踏みとどまっていた。
まぁ仲よくしてもらうのが目的の顔合わせだし、これを機に天使との距離感を探って欲しいところである。
「それと……これが桃山君へのお土産だ。準備が出来たよ」
そして今回のメインは、出来上がった蘇生薬を桃山君に渡すことだった。
桃山君はポーションとも違うぼんやり輝く薬を受け取ってムムムと唸っていた。
「これが……備えでござるか?」
「そう。やべぇと思ったらこれを使うといいよ。でももう一回聞くけど本当にやる? レベルを上げるだけでも、今以上に強くはなれるよ?」
出来上がった蘇生薬を桃山君に渡しつつ、尋ねる。
だが彼の意思は固いようで桃山君は深く頷き、答えた。
「無論。それにたぶんワタヌキ殿は分かってるんでござろう? 拙者のビルドは、技量が何より重要だと。一度も当たらず大火力を叩き込めて、初めてワタヌキ殿と違う強みが出てくる。そうでござろう?」
「……」
「今回の鬼狩りにしてもワタヌキ殿の聖騎士なら、楽に100体討伐も可能でござる。鬼達ではその防御を貫けず、一方的に蹂躙できるのはわかるでござるよ」
「……そうかもしれないね」
「だが拙者はすべて承知でこの修練を受けると決めたんでござる。だからあまり心配しないで欲しいでござるよ」
桃山君はいつもの穏やかな笑みを浮かべていたが、目の奥に決意の輝きを僕は見た。
「……わかった。じゃあ、応援するよ」
「頑張るでござる」
思ったよりも覚悟がガン決まっていた。なら、これ以上は野暮である。
出来る限りのことはしたし、後は成し遂げてくれることを祈るのみだ。
それに努力というのなら、僕にもやるべきことが詰まっていた。
「僕も頑張んないとな……それじゃあ。アレやってみるか?」
友人の決意を見て感化された僕は拠点に戻り、かねてより準備していた作戦に取り掛かることにした。
「はい! 初めましてこんにちはー。サブカル同好会チャンネルのダンジョン探索系火の玉男、ファイアーボールマンです! 本日は初配信動画見に来てくれてありがとございますー。是非楽しんで見ていってくださいね!」
映像の中で頭が燃えた男が、聞いたことのない声で手を振っていた。
それを画面越しに眺める僕は頭が燃えてるって客観的に見ると心臓に悪いなとそんな感想が浮かんだ。
「第一回目の配信場所はなやんだんですけど、とあるダンジョンの50階。ホームエリア内の拠点からお送りしております」
拠点の家を撮影しているのはカメラ君、ドローンに精霊を入れた僕ら専用のカメラマンだ。
そこは浮遊ドローンの強みを存分に生かして、俯瞰の映像を駆使することでこのエリアの広さまでも紹介できるはずだった。
ファイアーボールマンの場面が変わり、やって来たのは拠点内のキッチン。
そこで始めるのは僕の中で一定の評価を受けている、モンスタークッキングである。
「それで今日は……僕がダンジョンで一番感動した発見を皆さんにご紹介しようかなって思うんです。それがコレ――――ドン! ダンジョン豚料理です!」
やっぱり声高いな……。
でもでっかい肉の塊は、それだけで特上の映像素材だと思う。
そしてズラリと並んだ他の材料はどう見たってトンカツを作ろうとしていた。
テレているのか、僕の頭はいつもより倍ぐらい燃え上がっていて、こちらの火力も少々強火気味である。
「はい。ダンジョン豚はですね、ダンジョンのモンスターの中でも比較的倒しやすいモンスターとして有名ですね。でもパワーがある割に、見た目かわいらしくって一部ではファンもいるんだとか。まぁ私は食べちゃうんですけどねーw」
ちょっとダークなジョークを交えつつ、料理の手際はまずまず。
練習の甲斐があった。
ここでの下処理は、主にモンスターの毒抜きだった。
「まず注意! ダンジョン豚、食べたら死ぬので気を付けて!」
最悪の事態ではあるが、死にかねないのでここは丁寧に手順を確認しながら作業している。
解毒用の薬草入りシーズニングスパイスは、概要欄でレシピも紹介する予定だった。
「というのも、モンスターには基本毒があります。ですが……僧侶のスキルの解呪を使うことで解呪……もとい毒を無効化できるんです。これが基本です! 毒ではなく呪いに反応する魔法というのが分かりにくいところですね。そして下処理を丁寧に行うことでダンジョン豚はビックリするほどおいしい食材になるのです。ダンジョン豚に関してはよく血抜きをして、解呪でほぼ無毒化できます。後は、念には念をいれて、ダンジョン内で発見できる各種ハーブなんかを効かせれば完璧ですね」
ぼんやり僕のスキルで輝く豚肉はいっそ神秘的である。
僧侶のスキル解呪は呪いを解く魔法だが、呪いを使うモンスターなんて相当深くにでも潜らないと出てこないので、学校内では出番がある方が珍しいスキルとも言われている。
「正直解呪はなんに使うのかわからんと思った方もいるのでは? 見た目分かりにくいですけど、これ結構使えます。病気の類や、菌が増えた水なんかにも有効なので、なんかダンジョンに行って気分が悪いなーと思ったら使ってみてくださいね」
昔は病気になると御払いをしてもらったりしたらしいが、ダンジョンでは今でも解呪は有効な手段です。
そんなことを言っている間に、小麦粉、卵にパン粉を付けて、次の工程である。
「おっと油がいい感じの温度です。これもダンジョン豚の油ですね。脂身からとれたラードで揚げると一味違うと何かで見ましたー。では揚げていきまーす」
今回はお手軽感を出すために、フライパンで挑戦だ。
頭が燃えているくせに油にビビっているようで、腰が引けているのがちょっとカッコ悪いファイアーボールマンである。
「私は最初中火で火を通して、仕上げに高温できつね色に揚げまーす。衣がはがれないように慎重にね、そして―――」
理想の揚げ色を見極めて、油から上げてゆく。
油を切り、上がる湯気を見せるのは、中々おいしそうだった。
たっぷりのキャベツの千切りを用意し、ザクザクザクと切り分ける音をこれでもかと拾うのは揚げ物撮影には必須だと思われる。
そうして出来上がった芸術のような食べ物は、お皿に盛られて黄金色の輝きを放っていた。
「はい、完成でーす。んーおいしそうですねーでは一口……」
カメラ君と一緒に研究した、よくある食レポの角度だったが、燃え上がる炎の中にトンカツをくべているようにしか見えなかった。
残念。
「うん、おいしい! そして死んでません! ああ、頭の炎で消毒してるわけじゃありませんよ? これは派手に燃えてますけど、見せかけだけです。消毒位してくれてもいいと思います」
頭が燃えているアピールはほどほどにして、今回の締めだ。
「では、本日ここまで! チャンネル登録、高評価していただけたら嬉しいです! サブカル同好会チャンネルでしたー」
僕は編集した動画を閉じた。
「ふぅ……なるほど」
まぁ結構頑張ったのではないだろうか?
「……食べ物動画で、死んでないですアピールってありだったのかな?」
根本的な疑問が口をついたけど、何か僕は成し遂げた気分である。
トンカツはカラッと揚がったが、初回動画も早々にカラッとプチ炎上した。
まぁ反応は5割、ダンジョンの中でカメラが使えるわけないだろってツッコミ&フェイク画像疑惑。
3割お褒めいただいて、これからも頑張ってください。
残りが困惑って感じで、批判が多いのはおおむね予想通りでしたがね。
ダンジョンの攻略は命が掛かっているから、誤情報の拡散にはかなりシビアな反応が多いのだ。
それでもテストで反応があるだけ、大したもんだと思う。
やっぱりダンジョンはみんな気になるよね。
ああ、トンカツおいしそうってコメントが心に染みたよ。




