第80話仁義なきダンジョン
天使の花園で僕は穴を掘る。
きっと落とし穴は世界最古の罠なんじゃないかと僕は思う。
そして僕はもう落とし穴なら、普通よりもはるかに迅速に作り上げることが出来た。
『水がしみこまないようによく固めておいてくれよ。そこにありったけの精霊水を入れる』
「そう言えば何でこの精霊水って、悪魔やら天使やらに良く効くの?」
『それはこの水に精霊のエッセンスが含まれているからだよ。放っておけばここから新しい精霊が生まれてくるくらいに濃いやつだ。彼らは似たようなモンスターだからね、肉体よりも魂の方が本体なんだよ。だから同質の異物はテキメンに効果がある』
「そうなのか……」
出来上がった穴というには大きすぎる大穴に水を注ぎ入れ、ついでに積んで来た草花を大量に浮かべながら、僕は頷いた。
目の前で何度か見ているからこそ精霊水の効果は間違いないものだとわかる。
だからこそうっすらと罪悪感があるけれど、まぁ格下が心配することじゃなかった。
チョットした池くらいの大きさに満たされた精霊水。
インプ君はその水面ギリギリに浮かんで、待機してもらうことになる。
そしてインプ君を僕の聖騎士のオーラで包めば、おおよそトラップは完成だった。
『君のオーラで悪魔を包んで、天使が来たら水に沈める』
「インプがまずくない?」
『水は弾ける。練習しただろう?』
「確かに練習はしたけど……インプ君が涙目で僕を見ているんだけど?」
『不安なだけさ、頑張って』
「……まぁ僕の肩にかかってるってことだよね」
ただしインプ君がとちっても、僕が死ぬから一蓮托生だった。
準備が終わって、インプ君をセットした僕は自分の力がインプ君に及ぶ範囲で花を背負ってカモフラージュを施し、地面に伏せると監視の態勢を整える。
そして僕は昔、密かに練習した指笛を披露した。
ピーッと甲高い音が木霊して、後はジッと息を潜めて天使が来るのを待つだけだ
しかし天使っていったいどんな奴だろうか?
こう、イメージは子どもで、ものすごい美少女かものすごい美少年か、はたまた両性具有かはわからないが、とにかく美しいイメージがある。
一目見て心奪われちゃったらどうしようなんて考えながら、物音一つ立てないように待ち構えていると、バサバサ羽音が聞こえて来た。
ああ、来てしまったか……。
期待に胸を膨らませながら空から降りてくる天使を見て、僕は息を呑む。
そいつらは……簡単に言ってしまうと羽と輪っかが付いたマネキンみたいな姿をしていた。
「……なるほど」
いやまぁいいんだ。モンスターだしね。
そいつらは予定通り、インプ君を見つけたとたん自分達の領域に侵入した悪魔に対してビーっと笛のなるような警戒音を出し始めた。
「やっぱメッチャキレるじゃん」
『どの天使もこの習性は変わらないよ』
今回タイミングはじっくり観察できる分そうシビアじゃない。
敵がインプ君を発見して突っ込んで来たら、水の中に逃げたとはっきり視認できそうな距離でインプ君を水の中に沈めればいい。
ヌルっと沈んだインプ君を天使達が追いかけて水の中に飛び込んだら―――もう勝負はついたも同然だった。
すかさず僕は飛び起きて、ダッシュ。
もはや瀕死でバタつく天使達に狙いをつけてハンマーを振りかぶった。
「……よし入れ食いだね」
『気のせいか一切躊躇いがなくないかい?』
「いや……なんか見た目マネキンみたいだったから、比較的殴りやすくて。でもこいつらから体液絞るの難しくない?」
『ちゃんと出てるよ。その落とし穴の水を持って帰って、他の材料を混ぜれば完成だよ』
「ああ……なるほど。無駄がないなぁ」
インプ君はビックリするほど入れ食いだった。
こいつはかつてないほどの経験値が入りそうだとホクホクしながら次々飛び込んでくるマネキンを沈めていると、ある瞬間光の玉が水から出て来て、僕の所に飛んで来た。
「攻撃か!?」
『いや。これはテイムが成功したんだ』
光の玉は僕の目の前で人型になると、跪いて頭を下げる。
そして指輪のようなものを差し出してきたので受け取ると、ピカリと発光してその姿を変えた。
「え? 姿が変わった!」
『まぁ決まった姿は特にないよ。テイムしたなら受けるのは君の影響だね』
なんと、再度テイムのタイミングで形を作り直すという事か。
変身後のその姿は背中に翼。頭の上には光輪という特徴は変わらないが、本体は長い髪の金髪の幼い少女という人の形をとる。
そして変身した天使は心なしか震えていた。
「ごしゅじん……降伏するから殴らないでくだしゃい」
「しゃべった! いや……違うんだよ。ホント」
『テイム完了だね』
「やったーってなるかそんなもの! 攻略君!? 自我があるなら教えてよ!」
『教えたら躊躇うだろう? 格下の分際でなに言ってるんだい』
「それは……そうだけど」
確かに攻略君は正しい。甘かったのは僕である。
天使と悪魔はやはり頭のいいモンスターの様だ。
こちらの心の機微にまで長けているというのなら、手ごわいにもほどがある。
実際最後っ屁に狙って心にダメージを負わせたんだとしたら、脅威以外の何者でもでもなかった。
だから僕は絶対に屈しないとダンジョン用の思考に切り替えて、アイテムボックスから予備のハンマーを取り出すとテイムした天使に手渡した。
「よし。じゃあ。手伝ってくれ。まだノルマが残ってるんだ」
「……あい!」
『……君ってやつは。ここにきて逸材だったんだなって思うよ』
「それを君が言うかね?」
攻略君? 君ってやつはと言いたいのは、正直僕だと思うんだよ。
その後、存分に上がったレベルと続けざまに仲間になった天使達5体で、40階層守護者の火の鳥を乱獲しに行ったら更なるレベルアップの暴力を体感してしまった。
「蘇生薬……ゲットだぜ」
ハンマーの一撃で炎の怪鳥を仕留め、素材をまるっといただきながら僕は呟く。
僕の手慣れた様子を見て、攻略君も満足そうだった。
『うん。本当によかった。これでもう少し無茶しても大丈夫そうだ。いやぁ、やはり今までは遠慮が出ていたからね』
「……おぉふ」
今までが遠慮していたと? なるほど。
ダンジョンは一皮むけば修羅の世界。
効率に感情をさしはさめば一瞬で落命する仁義なき野生の戦場だ。
とにもかくにも蘇生薬の材料は揃った。
そして明日の拠点きまぐれメニューは鳥料理に決定である。




