第71話いろいろあるんですよ
僕は大学ノートに魔法文字をひたすらに書き込んでいた。
そしてきっちりと必要分書ききって、また一冊大学ノートを閉じた。
「……喜んでくれるといいけどねぇ」
何て呟きながら秘密兵器はほとんど完成済みである。
書き終えたノートをトントンと端を揃えてゴムバンドで止め、アイテムボックスにしまい終わった頃、バタバタと騒がしい足音はこちらに向かってやって来た。
「さぁ行こう! 準備は出来てる? 私は出来てる!」
「悪魔狩りじゃぁー!」
「……テンション高いっすね」
欲望に忠実な女子二人が突撃してきた。
どうしようこれ? 本当に連れてっちゃっていいのかな?
一瞬悩んだが、残念ながら僕の方も準備は万端だった。
堕落と淫欲に支配された、ダンジョンで最も未成年の攻略に向いていない階層。
それが69階層、命名『18禁地獄』はお子様お断りの非常にいかがわしいエリアである。
その実体は魅了や、精神支配を得意とするモンスターがやたら多く、薬物系の厄介かつ危険なトラップがすさまじい数仕掛けられている危険階層だ。
踏み入るにはあらゆる意味で通常の階層よりも気を強く持つことが求められるだろう。
ご希望通りのフロアのはずだ。
だが連れて行けというから連れて来たのに、腕を組んだまま立ち尽くす浦島先輩は先ほどまでのギラついた視線ではなく、なんともいえない渋い表情を浮かべて僕を睨んだ。
「……よし、ワタヌキ後輩。弁明を聞こうか」
「……弁明なんてありませんよ?」
プイッと視線を逸らしたら、両肩を掴まれてガタガタゆすられてしまった。
「そんなわけないでしょう! なんでモザイクまみれにした! 言え!」
そう確かに、このフロアに入ったとたん、僕らの周囲は一気にモザイクだらけになっていた。
攻略君と僕共同開発、強制モザイク結界の力である。
まぁそれはもちろん僕の仕業なわけだが、実際にここに案内するには必要な処置だったと僕は主張したかった。
「いや……そういう配慮必要かなって! っていうか僕が案内するんですからこんなとこに女子連れ込んだとか問題だらけでしょう!?」
「知ったこっちゃないわよ! 私のときめきを返せよ! 許せねぇよ! なぁ! レイナちゃん!」
「全くです! さすがにがっかりです!」
「えぇ……いやまぁそうか」
どうやら僕は準備をしすぎてしまったようだ。
しかしこのモザイク空間だってきちんと理由はあるんですよ?
人を魅了する類の悪魔の多くは、視線を媒介に精神に干渉する事が多いらしい。
このモザイク魔法は視線を遮るのにうってつけなのだ。
しばらく後クレームから解放された僕はしかし最後の仕事はきっちりとやった。
「……申し訳ない。でも本当に気を付けてくださいよ? 今回用意したのはこのノートです。悪魔のテイムを助けてくれます」
僕が今回のイベントのために用意したアイテムを見て、レイナさんは見覚えのあるアイテムに首を傾げた。
「このノート、普通に授業で使うノートですか?」
「そう。一見するとただの大学ノートだけど、錬金窯で悪魔の素材と合成済みだよ。一冊につき一体。悪魔の住処に出来るから。使い捨てだと思ってね」
「……ぬ、抜け目がないです」
「でしょう?」
先日魔導遺書と共にゲットしてきた素材から錬成したものだが、それを見た浦島先輩は別の印象を持ったらしい。
彼女の顔はどこかちょっと恥ずかしそうだった。
「うーん……大学ノートに悪魔封印って……こう、気恥ずかしさがあるね。黒歴史ノート的な。共感性羞恥ってやつ?」
「やかましいです」
それは作っていてちょっと思ったけど放っておいてほしい。
「テイムの方法は簡単です。相手を倒せばいい」
「倒したら消えちゃわない?」
「それは大丈夫。むしろ体が維持出来なくなったらテイムチャンスですよ」
弱った悪魔をサクッと捕まえて従わせる。それがこの対悪魔用魔導書の力だった。
「ではくれぐれも協力して頑張ってください。狙いのサキュバス、インキュバスはそんなに強く無いモンスターですけど、戦いづらいことこの上ないです。視線はモザイクでごまかせると思いますが……もう一つ、匂いも注意ですね。フェロモン系もかなり強力ですから……でもまぁ。大丈夫か」
「フルフェイスマスクとー」
「マスク標準装備です!」
「仲がいいなぁ」
まぁ趣味も会うのだろう、すっかり仲良しになった二人はしかし今回ばかりはバチバチと火花が散りそうな挑戦的な視線でお互いを見ていた。
「よし! じゃあ、勝負だね。どっちのノートに悪魔が吸い込まれるか」
「望むところです!」
まぁ趣味が同じだからこそ譲れないものがあるのかもしれない。
完全に実力は関係ない運勝負だが、やや属性で言うとレイナさん優勢か。
僕は索敵して目当てのモンスターがポップする地点に向かう。
そしてしばらく進むと、完全に人型の女性に見える……全身がモザイクに包まれた悪魔がやって来た。
「たぶんアレです。じゃあ僕が前衛で……」
「いや、ワタヌキ君は今回ちょっと下がってて。私が前衛やるから」
「え? 大丈夫ですか?」
思っても見なかった提案だったが浦島先輩は任せろと自分の胸を叩いて言った。
「魔法特化で、精神干渉メインのモンスターなんでしょう? なら魔法防御特化の私の出番でしょうよ? いや、試してみたかったんだよね。ここのところ前衛もまかせっきりで試す機会もなかったでしょ?」
言われてみればその通りだ。
浦島先輩のバフは強力になっていたが、耐久力がどの程度のものかまだ調べてはいない。
そういう意味でまだ脅威になるこの階層の悪魔はちょうどいい相手とも言えた。
「……分かりました。相手の方がレベルは高いです。気を付けて」
「わかってるよ。任せなさい」
「じゃあワタシが、後衛ですね! 一曲行ってみます!」
レイナさんがギターを構え、ステージをセットする。
そして浦島先輩は分厚い手袋の拳を打ち合わせて、鞭を腰から引き抜いた。
「よろしく。ここからは―――お姉さんも結構強いってところも見せていくよ」