第70話ネクロマンサーの魔導書
魔導書を手に入れるのは方法自体は簡単だが運の要素がめんどくさい。
要は悪魔族モンスターのドロップアイテムの一つが魔導書なのだが、効率を上げる方法はあった。
その日すぐ行って取って来ると言ったのだが、レイナさんが是非見たいというので、僕らは66階へ向かい、青白い松明が飾られた魔法陣の部屋にやって来ていた。
「えーこれはトラップです」
「トラップですか?」
僕は最初にそう言っておく。
どんなトラップかといえば魔法陣に不用意に足を踏み入れた本人の魔力を使って悪魔を召喚し、即座に戦闘に入るというものだ。
その時五芒星の頂点、そのどれかから悪魔は現れて、運が悪いとバックアタックが飛んで来るという仕組みになっているらしい。
「やられると悪魔に魂を取られちゃうのでゲームオーバーです」
「おー……ヤバいですね」
だが攻略君に掛かれば次にどこに悪魔が出るのかなんて看破するのは容易い。
更に僕のジョブは聖騎士。
もっと言えばスレッジハンマーという最強の布陣が奇跡の効率を生み出す。
「では一歩、魔法陣に入りまして……」
「え!」
無造作に僕がトラップに足を踏み入れると、レイナさんは一瞬驚いていた。
僕は慌てず騒がす狙いを定め、魔力を限界以上に溜めると、思い切りハンマーを振りかぶる。
狙いは一点。
今まさに召喚者に襲い掛かるために出てきた悪魔の頭の脳天である。
格上だから手加減なんて出来ないわけだが、それゆえ絵面はひどいものだった。
一体目は粉砕され、経験値が。
なるほどさすが深い階層だけあって、得られるものも潤沢の様だった。
「そして、いったん魔法陣から出て……もう一回」
今度は真逆に狙いを定めて振りかぶる。
頭が出てきた瞬間に粉砕。
「お、出た出た。ラッキー」
それを繰り返すこと6回ほど、僕は運良くドロップした魔導書を拾い上げて魔法陣を出る。
そして真ん丸な目をしているレイナさんに僕はそれを得意顔で手渡した。
「はい。魔導書です」
言われてその重さを手のひらに感じて数秒、ようやくレイナさんは再起動を果たした。
「……あっさりすぎです! あまりにも!」
心からのツッコミなんだろうけど、アイテム採集があっさり終わるなんて、攻略君を駆使すれば当たり前の話だった。
「だからそう言ったじゃーん?」
「言ってましたけど。超絶レアアイテムみたいな空気を出してたですよ!?」
「実際ラッキーだっただけだよ。見ての通り、運が悪いと出てくるまで時間が掛かるレアアイテムなんだ。ああ、でも悪魔が出てくる場所は聖騎士の聖なる勘によるところがい大きいから(大嘘)、絶対に一人で真似しないでください。死んでしまいます」
「……そういうの多いですね」
「当り前です。ここはダンジョン66階ですよ? ちょっとの油断で命を落とすこともあるんだから油断しちゃだめでしょ?」
「……ワタヌキに言われると釈然としないものが」
「何それひどい。まぁまぁでも目的の物は手に入ったんだし。使ってみたら?」
ただ、僕としてはグズグズする必要性を感じなかった。
ネクロマンサーの魔導書は使い切りタイプで、自分で使うつもりならさっさと使った方がいい。
準備が出来ているならなおさらだった。
レイナさんはそれもそうだと、いったんもやもやした謎は忘れてくれるようだった。
「そうですね。めでたい日にはめでたいことをするべきです! 今日がワタシのネクロマンサーデビューです!」
「めでたい……でいいのかなぁ」
ただ僕としては友人を黒い魔術の世界に引きずりこんだようで実に微妙な気分だが、本人の希望を蔑ろにするわけにもいかない。
第一、僕自身も憧れがないわけではなかった。
これはダンジョンのジョブなので、もっとキャッチーナネクロマンサーなのだから良しとしておこう。
さっそく本に彼女の魔力が流れると、本は燃え上がる。
そして彼女は新たな力に目覚めることに成功したようだ。
「……! 来ました! ネクロマンサーです!」
「おめでとう。ネクロマンサーは形のないモノの中でも、アンデッド系に強い影響力与えるジョブだ。死霊や悪魔なんかのマイナス方向の力を使うのが神髄だって」
「よくわからないですが……つまりはこういうことだと思います」
レイナさんはギターケースからギターをおもむろに取り出すといきなりギュイーンとかき鳴らす。
その瞬間、周囲のゴースト系のモンスターがざわめいて、一斉に姿を現した。
おお、いきなり力を使いこなしている。
さすがレイナさん、スキルを使わせたらセンスの塊だった。
「私の音は死者にも届くようになった……まさしくソウルに響くサウンドです!」
「おおー……素直にすごい。……でも、この階層死ぬほどヤバいって忘れてない?」
「あ!」
「逃げるよ!」
「了解です!」
とにかく苦労のかいあって、無事ネクロマンサーのジョブを手に入れたわけだが。これで全員が上級職。
今でも好き勝手やってる僕らが次にやることは、おそらく各々やりたいことの本格始動だろうなと、僕は得体の知れない不安が頭をよぎったが、攻略君にすらこの不安の正体を看破するのは難しいとわかっていた。