第69話開け可能性の扉
「えーでは……60階解放おめでとうございまーす!」
思った十倍大変だったが、何とか生還した僕らはいったん本拠地のセーフエリアに戻って打ち上げをすることになった。
持ち寄ったジュースで乾杯して、一気に飲み干すと生き返った気分だった。
「プハァ! お疲れさまでした。みんなのおかげで楽に勝てたと思います!」
何てことを言ってみたが、しかしみんな思ったよりお疲れの様だった。
「……死ぬかと思ったでござる。いや60階のボス相手に死んでないのがおかしいでござるな」
「めっちゃハラハラしたわー。毎回あんなことしてんの?」
「あんな化け物初めて見ました……その前で焚火してたら勝てたんですけど……どういうことです?」
みんな今日一日の強行軍を思い出してしみじみと呟いていたが、僕にしても実はいつも以上に大変な一日だった。
特に最後の守護者戦は未だかつてない激しい戦いだったのではないかと思う。
「うーむ、まともな戦いらしい闘いって久々だった気がするけど、学びも多かったよ。やっぱり楽してばっかりもダメだね」
「そうでござるか? ペンギンなんかはやばかったでござろう?」
「あれも基本走ってただけじゃないか」
「そう言われればそうでござるな」
だいたい死なないように完封出来るのが攻略君の本来の攻略である。
今回の攻略にしたって、よくよく考えると今までの経験から来る緊張感以外は、モンスターもトラップも一切ない長距離のマラソンでしかない。
うっかり緊張感を忘れて、レベルも上げずに挑戦したらあっという間に大変なことになるのが心配なくらいだ。
そして、その辺り考慮したのか、今日の苦戦はおそらく仕組まれたものだ。
たぶん強敵相手の本格戦闘を経験させるための攻略君の策なんだろうけど、一切褒めたりはしたくないのが本音である。
「これで新ジョブを解放するアイテムを取りに行けますか?」
そして最大の関門を突破してやる気に満ち溢れているレイナさんをいったん落ち着けるため、僕は大いにそれを肯定した。
「いけるとも。目標は66階だ」
「ワァ不吉です! そしてあと6階って長くないですか!?」
「悪魔が門番やってる階層に不吉じゃないところなんて一切ありません。ああ、でも攻略はすぐ出来るよ。本を取って、帰って来るだけだし」
「本当ですか! そうですね……マスターワタヌキなら可能かもしれませんが……」
「うん……やっぱマスターは落ち着かないなぁ」
さすがだとゴクリと喉を鳴らすレイナさんだが、実はそんなに大したことではないから、大げさに受け取らないようにお願いします。
だが、ここから先はまさに地獄のような場所だというのが攻略君の意見である。
正確には地獄を模したとでもいうべきか。
ゴーストや悪魔型モンスターが跳梁跋扈する、呪い渦巻く危険フロア、それが60階層から先の魔界である。
だがそんな階層に興味を持っているのは何もレイナさんだけではない。
いや、最も楽しみにしているのはむしろ我らが部長……浦島先輩だったのかもしれなかった。
「それじゃあ無事切り抜けたってことで、私もちょっと聞きたいことあるんだけど……いい?」
「ああ、はい大丈夫ですよ? なんです?」
「悪魔って、テイム出来るの?」
「……何する気です先輩?」
しかし不穏過ぎるセリフに僕は即答出来なかった。
浦島先輩は悪魔と成約したくてたまらないと顔に書いてあるのがアウト気味である。
頬を赤らめる浦島先輩の笑みは、正直ろくでもなくて仕方がなかった。
「おいおい言わせんなよ恥ずかしい」
「ネタでごまかそうとしてもダメですからね?」
僕はやれやれとため息をついたが、ここまで危険を冒させておいてダメダメも通じまい。
だから僕も報酬としてそこは素直に情報を開示した。
「まぁ、出来ますよ」
「ホントにぃ! じゃあじゃあ! サキュバスとかも!?」
「……先輩? 押さえましょう欲望を」
悪魔とはいえモンスターだ。テイマーが使役したところで僕も文句はない。
しかしサキュバス一点狙いはどうかと思う。
ましてや学校の地下でやる事じゃないと思うのだが、浦島先輩はそれっぽく咳払いするとシャカリと自分のメガネを上げて見せた。
「まぁ……落ち着きなさいよワタヌキ後輩。そんな安直な結論は早計だよ。これは何も邪な欲望がすべてってわけじゃないんだよ?」
「嘘はダメですよ先輩」
「嘘じゃねーし。いい? 秘密基地に猫カフェ作りたいって話してたでしょ?」
「あれ死んでなかったんですか?」
「生きてるわ。バリバリ現役だわ」
黒豹のワカンダ君でとん挫した計画だと思っていたが、浦島先輩はまだあきらめていないようだった。
「いや、それで悪魔はいらないでしょ? テイムすべきは猫ですよ」
しかしそれとこれとは全く別の話だろう。
流石に無理やりすぎると僕は苦言を呈したが、浦島先輩はゆっくりと首を横に振った。
「猫カフェの、猫に重点を置けばそれはそうだろうさ。でも注目すべきは猫だけじゃない、カフェの方だと私は思うんだよ」
「カフェですか?」
「そう! 先に、スタッフが欲しくない?」
「マジでカフェにするつもりなんですか!? ……スタッフって客なんて来ないでしょう? そんなのいたところで意味ないじゃないですか」
「いやいやわかってないなワタヌキ君。もてなされるべきは我々だよ。でもダンジョンの中で人なんて雇えないし、カフェの運営なんて不可能。だけどダンジョンの中に住んでいる存在は確かにいるの……」
「まさか……」
ここまで言われて浦島先輩の言わんとしていることに僕もようやく気がついていた。
「そう! ワカンダ君を飼ってる感じ、テイマーのモンスターへの強制力って相当なもんなのよ。だからより人に近いモンスターをテイム出来ればそういうこともやってもらえると思うんだけど……試してみていい?」
僕は思った。
天才的だけど浦島先輩ってバカかもしれないと。
思わず飲み物を取り落としそうになって、カランとジョッキの中の氷が音を立てた。
動揺してしまったが……まったく、浦島先輩は無茶をどうにか出来そうな範囲で言ってくるから人が悪いとそう思った。
「……うーん。なんか人型だと良心が痛みません?」
「そこは全モンスターそうでしょうが。それにうまくいったら、私らがめちゃくちゃ苦手な整理整頓がどうにかなるってデカくない?」
「…………」
人型……人型か。確かに限りなく人に近いというと悪魔は実にピンとくる。
今のところそんなモンスターには遭遇していないし、この階層に来た以上、最も可能性が高いと言えば高いのか?
守護者の悪魔も剣という道具を使って、見た目も人寄りだった。
服でも着てもらえれば給仕として横に立たれても……なんとか行けそうな気配はあるかもしれない。
「いや……人魚とか……でも水がなぁ」
「検討の余地……あるよね? で? どうやるの?」
ズズイと浦島先輩に詰め寄られる。
僕はすでに頭の中で想像してしまって、攻略君から実現可能な方法を聞いてしまう。
そして残念ながらその案は僕にとっても十分魅力的だったわけだ。
「……あんまり変なことに使わないでくださいね?」
「わかってるよ!」
だが話が纏まってしまいそうな時、突如乱入者は現れた。
彼女はダンとテーブルに自分のコップを勢いよく置いて、僕らの話に割って入る。
「……ちょっと待ってください。悪魔を使役? そいつは聞き捨てなりません」
「……何だね? レイナちゃん? 不満かね?」
「不満ではありません。大いに賛成です……しかしその役目、このネクロマンサー、レイナ・トーレスが適任ではないでしょうか!」
そして立候補を宣言するレイナさんもまた、やっぱり大馬鹿野郎だなと大馬鹿野郎の筆頭である僕は深く確信した。