第64話ペンギン楽園
47階層は氷山と海のある、恐ろしく寒いエリアである。
鳥のモンスターが警戒対象である階層の中で、ここではレベル違いの寒さと体温を奪う海風にも警戒を強いられる。
だから防寒は必須なのだが……この展開に一番落ち込む、というか泣いているのは桃山君だった。
「ウッウッウッウッ……ひどいでござるよ。何で最初が厚着必須の階層なんでござるか? せっかく衣裳を作ったのに」
「……正直すまんかった。でもここがちょうどいいんだよ。うん……まずここに穴を掘るよ。だいたい2mくらいの深さで」
指定した地点は氷ではなく地面のある場所で、それなりの広さがある。
そして穴を掘るのは僕でもいいが、今回は新兵器を使ってもらうことにした。
「では浦島先輩よろしくお願いします!」
「おー? やっちゃうー? 仕方がないなぁ」
楽し気な声を上げた浦島先輩は、手元のスイッチを押してフルフェイスヘルメットに光の文字を灯した。
その文字は魔法文字。
そして目で文字を追って魔力を流すと、一定の効果のある魔法が発動する。
「この辺り全部?」
「かなり広くて大丈夫です」
「心得た! ホイ!」
軽い声の後ズズンと地面を揺らして大きな穴を空けたのは、そのままズバリ落とし穴を掘る魔法である。
「なんですこれ!?」
「落とし穴を掘る魔法……だそうでござる」
「落とし穴限定ですか?」
「そう。何でもワタヌキ氏曰く、落とし穴はトラップの原点にして頂点だとか」
まぁ、地形を強制的にえぐるとかめちゃくちゃ役立つだろうなって思ってる。
採用理由は攻略君である。
レイナさんは驚いていたがそれはそうだろう。
ごく狭い範囲の効果に限定されるが、手軽に魔法を使えるアイディア装備は我がことながら画期的だった。
そして今回は初使用という事もあって浦島先輩の得意属性に寄せているが、やろうと思えば自分の得意属性でなくても一定の効果を発揮できるアイテムの可能性は無限大である。
「こんなもんでいいの?」
「はい。ダイジョブです。後は地面を乾燥させたいので、これ穴の中に張っといてください」
「なにこれ? また魔術文字?」
「そう。熱の魔法ですよ。1階で捕って来た豚肉は僕が積んでおくんで」
「えーこれおいしいでござるよ?」
「まぁ大物を釣るための餌だから。終わったら今回の獲物を見に行こう。レイナさんはここで待機してて。すぐに追い込んでくるから!」
「心得ました!」
レイナさんは何が起きるのか期待に胸を膨らませている様子だが、今回の狩りもかなりおいしいはずだ。
ただ、一つ懸念もあって、それは実際見てみないとわからない事だった。
「か、かわいぃー」
まず声を上げたのはかわいい動物好きの浦島先輩である。
普段割とハスキーボイスな先輩が歓声を上げると中々ギャップがあるが、そう言いたくなる気持ちもわかる。
ものすごい数ひしめいている黒い奴らはどう見てもペンギンにしか見えないからだ。
愛くるしいフォルムが水族館でも大人気なアイツは、今は氷の大地の上でみっちりくっついて立っていた。
「あれがダンジョンペンギンですよ。今回のターゲットです」
「えぇ……アレがターゲットかぁ……なんていうか、こんな深い階層なのに平和な感じね」
「分かったでござる! 階層の割に楽に倒せるから狙い目なんでござるな!」
閃いたと声を上げる桃山君だが、僕はいやいやと首を横に振った。
「あいつらは……弱くないよ」
聞いた話、あいつらは相当に厄介なモンスターだ。
丁度いいところにバサバサと飛んでやってきたのは巨大な鳥のモンスターだった。
しかし鳥がペンギン達のテリトリーに入った瞬間、ペンギン達は一斉に水に包まれてゆく。
「え?」
とたん地面から発射されるのは水流に包まれたペンギン達である。
すさまじい速さで飛んで行くペンギン水流ジェットはとんでもない威力と数で、巨大な鳥を穴だらけにして撃ち落としてしまった。
ほぼ一瞬でバラバラになった鳥を見れば、その威力の高さがよくわかる。
青くなった浦島先輩と桃山君に、僕は頷いて言った。
「あれがあいつらの能力です。水を纏っての体当たりはまるでミサイルのそれですよ。必ず群れで行動するアイツらのテリトリーに入った瞬間、水のミサイルで狙い撃ちってわけです。そして……」
撃ち落とした巨大鳥は墜落した瞬間、ペンギンに群がられてあっという間に骨になってしまった。
「あいつらは常に腹ペこで、肉食なんですねぇ……」
「うえぇ……」
ダンジョンペンギンは決して狙われるだけの獲物ではない。
むしろ群れで愚かにもテリトリーを犯す外敵を集団で狩る恐ろしいハンターだ。
「まぁだからこそ……都合がいいんですけど」
「……ちょっと。なにするつもりでござるか?」
「……今回の目的はレベリングだから」
僕はスッと右手を構えると、警戒の気配。
浦島先輩と桃山君は心得たもので、例の穴のポイントにわき目も降らずダッシュした。
「じゃあいこうか」
よーいと魔力を手のひらに集中。ドンと放つと、水流ミサイルは群れの数だけ放たれた。
「うおおおおおおお!」
「ぐおおおおおおお!」
「ぬあああああああ!」
空を泳ぐペンギンを見たことがあるだろうか?
それはパッと見、とても夢のある光景だが、今それが僕らを狙ってすさまじい数が飛んできていたら悪夢か何かの類だろう。
僕らに出来ることはただただゴールに向けてダッシュすることだけだった。
ドッカンドッカン氷山を爆砕しながら飛んでくるそいつらから逃げるのは、それだけで度胸を試された。
「……先行するでござる!」
「頼んだ! 今回挑発は使えない! 穴の近くまで行ったら、勝手に引き付けられるはず!」
「心得た!」
まず桃山君は空中に煙球を放り投げる。
本来それは逃走のために使う目くらましだが、今回は僕と浦島先輩離脱のためのものだった。
煙の中から一人、桃山君は飛び出す。
さすがスピード特化の忍者経験者。
グンと一気に加速した桃山君は赤い残像を残しながらレベルの違う疾走を見せた。
「伏せて!」
「……!!」
僕と浦島先輩はいったん離脱してその様子を見ていたが、次々降り注ぐミサイルをかいくぐる桃山君はアクションスターも真っ青な動きを披露していた。
だがそんな強力無比なそいつらの狙いはすぐに逸れる。
なぜならこいつらはみんないつだって腹ペコだからだ。
次々水流ミサイルが着弾したのは、全て肉が置いてある穴の中である。
みっちりと穴の中に詰まり、程よく焼けた肉を喰らい尽くすダンジョンペンギンは、中に放り込んだお肉に夢中だった。
僕らはその様子を急いで確認しに行って、ゴクリと喉を鳴らした。
「おおお……全弾命中でござるな」
「で、でもあれ食べ終わったら次はこっちの番じゃない?」
「いや。それは大丈夫ですよ。もうあいつらはここから出られない」
だがトラップに飛び込んだのなら、もはや勝ち確定だ。
カラカラに乾いた地面と、熱の魔法陣はあいつらの武器をあっという間に蒸発させてしまっていた。
「念入りに乾燥させてますんで。あいつらは周囲の水を操って水流を作ってるんですよ。氷やら海やらだとやりたい放題ですが、今はただの肉食ペンギン。たった2メートルの穴も抜け出せない飛べない鳥ってやつです」
肉を食べ終え、しきりに羽根をバタつかせているペンギンは、もはやまな板の上にいるのと大差ない。
「そしてここに水風船に入れて来た油を投げ込んで……」
「あ、油!?」
「今回もまたえげつない感じでござるなぁ」
「後は魔法で火の玉でも投げ込んだらレベルアップです、さぁ先輩火をお願いします」
そう振ると、ジッと穴の中でみっちり詰まっているペンギンを見ていた浦島先輩は悲痛な表情を浮かべて首を横に振った。
「だ、ダメ。わ、私にはできない……! だってあんなに可愛いのに!」
「かわいくないですよ先輩! あいつらペンギンのフリしたミサイルです!」
「ミサイルでもペンギンでしょお!?」
「モンスターでござるよ! 肉食っぷりがペンギンじゃ無かったでござる!」
「ノーマルペンギンだって魚食べるんだから肉食でしょお!?」
「先輩がダメだ! 桃山君! 行くぞ!」
「……仕方がないでござる。ええい! ペンギンぐらい我が刀の錆びにして見せるでござる!」
獲物を構え、狩りに行こうとしたのだが一斉にペンギンがこっちを向く。
ぐぅ、かわいい。
一瞬手が止まってしまったが、その時ギターの旋律が轟いて、情け容赦ない雷撃の一撃が穴を直撃した。
「イヤッハー! なるほどさすがマスターワタヌキ! この効率は半端ないです! 革命的です!」
ジャカジャカギターをかき鳴らすレイナさんは最高にハイって感じだった。
そして雷属性の全体攻撃はペンギン特効だ。
「ん? どうしましたか?」
「……いや。ナイスゥー」
「……あっぱれでござるぅー」
「……ああうん。なんの問題もないよぅー」
「? あ、まだ生きてるのいますね! もう一発行きます!」
ズドンと先ほどとは比較にならない一撃は、最初の一撃分の経験値でレイナさんのレベルが大幅に上がった証拠だ。
情け容赦が一切なくなった追撃は、ダンジョンペンギンを一掃して僕らのレベルも総じて上がる。
ああうん。予想通りここの経験値はバカウマだった。
「……じゃあ僕らも頑張んないと」
「……そうでござる。レイナさん一人に任せたらダメでござるな」
「……ぐぅ。そうね、そうだった」
「ひゃっほー! 力が溢れてきます!」
レイナさんは人生初の急激なレベルアップでテンションが壊れている。
まぁそれでなくても高レベルの無抵抗なモンスターを一撃で葬り去るのはそれはそれでテンションが上がりそうではあった。
うーむ、僕も何か遠くから一掃出来る魔法、覚えようかな?
あの可愛いのを近くで見るのがまずいんだ。この先心理的に揺さぶってくる敵の事も考慮しないと。
想像だが攻略君はその辺り配慮してくれない予感はあった。
だがペンギンを選んだのは他でもないこの僕だ。
レベルアップしに来たのならこんなことじゃいけない。
倒すどころか素材を集めて食べてみるくらいの気概を見せないとまずいまである。
「……そういえばペンギンっておいしいのかな?」
「え!……マジかー」
「味が……気になるんでござるね?」
「気になりませんか? 味?」
信じられねぇ!って顔で見られたがやっぱり気になるじゃん?
どっちの気持ちも僕の中から零れ落ちた本物だって思うんだよ僕は。