第61話まさかのルート
何この状況? ちょっと誰か説明してくれないだろうか?
いきなりクラスメイトの女の子から睨まれて、意味の分からない説明を求められているのだが?
「……」
チョット何か助けを!
有力候補のレイナさんを振り返ると、なんか―――表情が楽しそうなのを隠しきれていなかった。
いや、まぁ彼女自身にも事情は聞いてみない事にはわからないんだろうけれども、まるで漫画みたいな一幕なんだものね……マジかー。
ああ、でもちょっと気持ちがわからないでもないのが嫌だった。
「ちょっと聞いてるの!?」
「……はい、もちろん。ええ、レイナさんとは友人でして……」
「はぁ!? そんなわけないでしょ? 海外から来た有名探索者のレイナさんと、クラスド底辺探索者のあんたと接点なんて何があるっての?」
「……」
おやおや、こいつはヒドイ言われようですね。
まぁ、接点あんまりありそうにないっていうところは僕もそう思いますが。
「いい? レイナさんはね? すっごい小さな時からとんでもない魔法の才能と、超美しいビジュアルで注目されてるグラビアでも引っ張りだこの有望探索者なんだから! この国に来てくれてるだけでも奇跡! さらには同じ学校に通えてるなんて最高の栄誉なの! なのに足引っ張るなんて論外中の論外なんですけど!?」
「……なるほど?」
そしてすごい早口で語るこのクラスメイト、完全にレイナさんのファンである。
こいつは真実をうっかりでも話してしまったら、それこそ戦争が始まりそうな予感があった。
攻略君……どうすればこの場を切り抜けられるか助言をくれないか?
心の中で相談してみると、攻略君はこう言った。
『うーむ……レイナルートかマキルートかで選択肢が違うがどちらがいいかね?』
この攻略君使えねぇ!
何で恋愛方面にそんなに妙なバイアスかかってんだ。
ちょっと本気でイラっとしていると、ため息が聞こえそうなテンションで追加情報がやって来た。
『なら、何もしなくていい。助けが来るよ……おすすめはしないが』
本当に?
当ては思いつかないが、確かにすぐに助けはやって来る。
天音さんを止めたのは、こちらは少しだけ面識のあるクラスメイトの月読さんだった。
「やめなさい。邪魔をしてはダメよ」
パーティメンバーではなく僕の方の肩を持っているようにも聞こえる月読さんに、僕は女神を見た気がした。
「……なんでよ?」
「彼は1階で、彼にしか出来ない挑戦をしているの。うまくいくかはわからないけれど、それを邪魔するなんて許されないわ」
「?……あんたはこいつが何をしてるか知ってるの? 私には雑魚相手に時間潰してるようにしか見えないんだけど?」
「もちろん。調べたもの。私はレイナさんの気持ちがよくわかるわ。生徒会に所属していると聞いているし、護衛をしてくれていたなら応援したいくらい」
「……じゃあ、こいつは一体何をしてるって言うの?」
いよいよ本格的に理解が及ばないと困惑している天音さんに、月読さんは真顔で僕について語ってくれた。
「ええ……彼はね。ダンジョンにトイレを作っているのよ!」
「へ?」
ちょっと待ってください月読さん?
まぁ、間違っちゃいないけどね。ここでそれを出して来るか……。
ついつい笑みも凍り付くが、口を出したらこじれそうだから何も言えないという地獄である。
「ト、トイレですって?……え? 何それ意味わかんない」
「だからトイレよ。ダンジョンの中に壊れない建築物をどうにか作れないか試してるって言ったらいいかしら? それって画期的な事でしょう?」
「……そんなこと出来るわけないじゃん。出来るなら先輩探索者がもうやってるでしょ?」
「探索者だから出来ないのよ。まだダンジョンが地上に現れてから10年程度。まともに潜れるようになってから5年も経っているかどうか怪しいわ。スキルを持っていない一般人にはダンジョンは危険すぎるし、探索者はダンジョンの全容を解き明かすのが使命だから当然探索を重視するでしょう?」
「そ、そうね」
「でも奥に進めば進むほど……その、困るでしょ? 人間だもの、衣・食・住が……」
「…………それはそう」
天音さんがスンとなった。
ああ、うん。果敢にダンジョンに挑んでいる層はその辺大変になっていくのはよくわかる。
だからこそアイテムボックスみたいなアイテムが重要視されているわけだし。
しかし、あれほどまでにヒートアップしていた天音さんが一瞬黙るほどとは、よほど苦労しているのが窺えた。
「で、でもだからってレイナさんみたいなトップ探索者を1階で連れまわすなんて世界の損失よ! 絶対ダメ!」
しかしすぐに正気に戻った天音さんは主張する。
そこには断固とした意志とこだわりがあった。
まぁ一般的に考えて、最上級の実力を持った探索者を1階で遊ばせておくなんて彼女だけではなく、色んな人が一言物申したいかもしれない。
「ね? レイナさんもそうでしょう? 誰かに何か言われているなら私が……!」
「ナルホド……」
天音さんが言いかけたところで、ついにレイナさんが動いた。
うんうんと頷き、彼女はコホンと咳払いしてニッコリ笑うと天音さんの肩を叩く。
「余計なお世話です。おととい来てください」
「……んが!?」
そしてものすごく強烈な拒絶の一言を放った。
効果は抜群の様だ。
「ええっと……今のは? 結構きつめのニュアンスだけれども、大丈夫?」
思わず、僕がクッションになりに入ってしまったが、レイナさんはすまし顔でプイっと顔を逸らした。
「きつめの拒絶です。ワタシ好きでここにいますから。邪魔はダメ」
「……! 覚えてなさいよ!」
耐えきれず涙目で逃走する天音さんは捨て台詞がみごとなテンプレートである。
いっそ言ってみたいまである彼女の様子に反応したのは僕とレイナさんだけだった。
でもなんなんだろうね? 特に僕は何もしていないのに悪いことをした気分だ。
「じゃあ、ごめんなさいね。あなたのトイレ楽しみにしてるわ」
「……」
そしてこの娘のトイレの作り手に対する期待感なんなんだろう?
月読さんはやけに優し気な瞳で手を振って、天音さんを追いかけて行った。
レイナさんは今のやりとりをさして気にした様子もなく妙に感心して僕を見ていた。
「トイレ作れるんですか? いや、でもアレを作れるなら当然? ……ちょっと見せてもらいたいです」
「……え? それってトイレ見たいってこと?」
「そうです。なんならホントに作って欲しいです」
なんだろう? これって僕がトイレを大量に作らなきゃいけない流れなのか?
『だからお勧めしないって言ったのに……』
攻略君の呟きは聞こえたけれど、いくら何でもそいつは無茶ってものだった。
いや、だってさまさかトイレ設営ルートなんて思わないじゃん?
しかし、妙に今の話題に加わった女性陣の眼差しがすべて期待に満ち溢れていたところを見ると、ダンジョンでのその手の衛生的な状況はかなり悪いのかもしれないようだった。