第43話相変わらず10階飛ばし
『いいかね? 次は50階に向かうわけだが……』
「あ、うん。そうなるよね。じゃあ早く行こう。覚悟は出来てる」
シュッシュッとシャドーボクシングなんてしてみて、やる気をアピールすると攻略君は言った。
『50階の守護者にはどうあがいても勝てない』
「ダメじゃん。終了終了」
残念。僕に行けるのは50階までだったか。
攻略君が言うのなら仕方がない。
『切り替えが早すぎだよ。覚悟はどうしたの?』
「全幅の信頼があるからこその切り替えだよね」
自分の力だけで50階は無理! もしもノーヒントで放り出されようものなら赤子の手をひねるように死んじゃう。
だというのに攻略君はまた意味が分からないことを言う。
『だが……いっそ挑むのもありだと思う』
「参考までに、どうしてそう思ったのか聞いていい?」
『簡単なことだよ。戦っても勝てないなら戦わなければいいだけのことだ』
「? 具体的には?」
『捕獲すればいい』
「……どう考えてもそっちの方が難しいと思うんですけど?」
殺さないで捕まえるなんていうのは、強者の戯れだろうに。
相手がモンスターともなれば戯れというよりも狂気の沙汰だった。
『普通ならそうだろうが、君がモザイクの魔法と一緒に作っていたアレがあればどうにかなる』
「まぁそうじゃなきゃおかしいしね……で、何なのこのひょうたん?」
なぜか部室に転がっていたひょうたんで作ったアイテムには、ビッシリと魔法文字が刻まれている。
それは攻略君の指示で錬金窯で生み出した、魔法文字を刻んだ魔力を帯びたひょうたんだった。
「たぶん桃山君のやつ使っちゃったんだよ。……桃山君捕まらなかったんだよな」
『彼ならダンジョン探索にずいぶん入れ込んでいるようだ。今日も元気にジャングルクルーズだよ』
「そんなことまで分かるの? なら桃山君、ずいぶんレベル上げてそうだなぁ」
『まぁ理想のジョブにたどり着けたなら、上げられるだけ上げてみるといいと思うよ』
確かにそうだ。桃山君も頑張っているってことか。
しかしどこにいるのかわかっているというのなら、ちょっと様子を見に行くのもいいかもしれない。
「よし……顔見に行ってみようか。事後承諾でひょうたん改造しちゃったからせめて一言言っておかないと」
では僕もそのまま攻略に行く準備をして、いざ20階を目指した。
「……」
そこには夥しい戦いの跡があった。
ゴムボートを沼に浮かべ、ひたすらモンスターを沼に沈め続けたガスマスクの男は全身に泥の跡をくっつけてゴムボートの上に立っている。
その姿は鬼気迫るモノがあって、つい声を掛けるのをためらってしまった。
しかし彼は僕に気がつくと、爽やかな口調で語りかけてきた。
「おや? ワタヌキ氏。どうしたんでござるか?」
「ああいや……僕も攻略で。なんかすごい頑張ってんね」
頑張っているというか、順調に修羅の道を邁進しているようで精神が心配だ。
ただ桃山君はかなり高揚していて、やる気も十分みたいだった。
「ふっふっふっ。せっかく侍になれたんでござるから……そりゃ育てるでござろう? こんないい狩場を紹介してもらってやらないのは嘘でござるよ」
ビュンと刀についた泥なのか血なのかよくわからないものを払う桃山君は、ずいぶん手慣れてきているようだった。
「しかし……やはり、レベルが近づくとジョブの熟練度は溜まりにくいようで……この狩場を使いすぎるのもどうかと思っていたところでござるよ」
「ああ、確かに。でも桃山君は攻撃力と敏捷性特化だから、ちょっとソロは怖いかもね」
「そうなんでござるよ。言って紙装甲でござるから。格上相手にまるで被弾しないかというとそこまでの自信はないでござるし」
「近いうちにパーティ組んで潜らないとだね。今準備中だから、ちょっと待ってね」
「準備中でござるか?」
「そう。部長の方針、結構本気でやってみてるよ。なるべく深い階層に潜ってそれからってやつ」
「てことは……そうか」
「桃山君?」
「いや、今からじゃあもっと深い階層に潜るんでござるね、ワタヌキ殿は」
「そうだよ。ああ、後このひょうたん、部室に転がってたから勝手に使っちゃったんだけど大丈夫そう?」
「ひょうたん? ああ。それコスプレ衣装を作る時、小物にどうかと思って持って来たんでござるよ。全然使っちゃって大丈夫でござる。……ちなみに一体何に使うか聞いても?」
「それは……この後攻略に?」
守護者を捕獲するために使うとは聞いていたが、どうやってひょうたんで捕まえるのか、まだ僕の中でもビジョンが浮かばないのが悩みどころだった。
最低限の情報で僕がそう言うと桃山君は考え込んで、しばらくしてから顔を上げた。
「……ワタヌキ殿。少しいいでござるか?」
「なに?」
突然そう切り出した桃山君は、ガスマスクの奥の目を光らせて言った。
「その攻略……拙者も参加させてもらうことは出来ないでござるか?」
声色が強張っているのを聞くと踏み入っていい事なのか距離を測りかねている印象である。
しかし僕としては積極的には誘い辛いところだ。
「……死にかけるよ? いや、ミスると死ぬよ?」
おそらく高確率でとも付け加えたが、桃山君はそんなことは覚悟して提案してくれたようだった。
「百も承知。でもワタヌキ殿はやるんでござろう?」
「まぁやるけど……。じゃあ、どうしても一緒に行きたいって言うのなら一つだけ約束してくれる?」
「もちろんでござる」
「この後の指示は絶対厳守。疑問があっても一切考えないで従う事。一瞬のタイムラグが、生死を分けるから……」
「……」
これは必須で、そして絶対守らなければいけない生き残るための条件だ。
はっきり言って正気とは思えない発言だと我ながら思うが、桃山君はシュコーと空気を大きく吐いて、それでも頷いた。
「……心得た」




