第247話恐怖の化身
「……大丈夫、アレは領域内に入らないと攻撃してこないから」
沢山の柱が立ち並んでいるが戦闘には十分な広さがある広場で、そいつは丸いビッシリと魔法文字が描かれた妙な床の上に陣取っていた。
だがこちらに気が付いた様子もなくまったく動かないのは、そういう性質のモノだかららしい。
ただ―――正直に言ってしまえば、僕はハッキリとそいつの形を視認できなかった。
なんだアレ? と疑問符を浮かべていると攻略君は情報を捕捉する。
『アレは見るものによって姿を変えるよ。アレ自体は概念のようなものだ。物理攻撃は一切効かず、魔法で少々ダメージを与えられるが、滅ぼす事なんて到底できない』
それ倒せないじゃん? 帰る?
『帰ろうとしないで? だがそんな相手に身体を与える方法を、君達はすでに体験しているはずだ』
そう問われ、僕はなんとなく視線を誘導されているように感じて、撮影中のカメラ君に目をやる。
身体を与えるっていうのは、カメラ君みたいなことか。
だけど、何時ものようにそう簡単にはいかないんだろうなとは想像がついた。
『そうとも。だからこそのさっきのアイテムだ。アレは世界卵という。アレが収まる器となりうるアイテムだとも。世界卵を何か適当なものに入れて、封印処置を施す。そうすれば少なくとも討伐可能な対象に堕とすことはできるはずだ」
なるほど? 意味が分からんけど、あの卵を使えば勝負になるならそうしよう。
つまり戦闘を始める前にここでやるべきことがあるみたいである。
適任は間違いなく桃山君だった。
「じゃあ。桃山君、頼んでいい? これがさっき拾ったアイテムだ。これを中に入れて、なにか……そう。ぬいぐるみを作って? あいつを中に閉じ込めたい」
「えぇ? これから守護者を討伐しようってタイミングで? ……わかったでござる」
なんて言ってる間に桃山君はスキルを発動。
大量に持ち歩いているらしい布切れと綿を駆使しつつ、作業を開始した。
あの様子なら数分もかからないだろう。魔法って不思議である。
僕はその間に守護者についての情報をみんなと共有することにした。
「あいつは魔力の塊みたいなものみたいです。今の状態だと物理攻撃はほとんど効果なしで、魔法も不快感程度が関の山。まぁ所謂無敵状態ってやつですね」
解説されたことをそのまま伝えると、全員僕と同じ感想のようだった。
「流石に絶望的じゃない?」
不安そうな浦島先輩に僕は頷いた。
「だから先に、攻撃できるようにします。理屈は精霊と同じ、ボディを作って中に閉じ込めることで、実質封印に近い状態にするわけです」
「それでどうにかなるの? いくら中に閉じ込めても、殻が割れたら中身が飛び出して来るんじゃない?」
「あの手のやつは倒されたって自認が大事なんです。精霊にも似たようなところがあるでしょう? ボディが壊れたら契約が切れて、その場は雲散霧消です」
それはある意味では僕らだって同じことだ。
肉体が破壊され、魂が残ったのだとしても死んだという自覚は生まれる。
ああいう形のない存在にはそういう概念がテキメンに効くらしい。
レイナさんは自分の相棒を眺めて軽く頷いていた。
「なるほど……うちのスピーカー達と同じ感じですか」
「そう。それと注意ね。今回レイナさんは補助に徹すること。あいつは強力な魔力に強く反応する。特にネクロマンサーの戦い方は扱う力が大きすぎる」
「えぇ!? ……いや、了解です」
レイナさんはものすごく不服そうだったが、不満の言葉を吞み込んだ。
「本当に気を付けて? ちなみにあいつは人によってどう見えるかが変わるみたいだよ? 所謂嫌いなものに見えるらしい。威圧する効果もあるかもしれないから、心を強く持ってね?」
そして僕が最も重要な注意を促すと、なんと! と仲間達は息を呑んでいた。
「だ、だからあんなに気持ち悪いのか……そりゃ仕方ないわ」
「ちなみに……シノはなんに見えました?」
「私はでかい昆虫だね……」
「……ワタシは戦車っぽく見えます。昔戦ったことがあるんですよねぇ」
「めっちゃ強そう。ちなみに先生は?」
何となく気軽に浦島先輩が龍宮院先生に訊ねていたが、そのとたん先生の目は泳ぎ、すさまじく眉間に皺を寄せると、ポツリと呟く様に言った。
「……トレンチコートを着たパンツのおじさん」
「……なんかすみません」
「春とかおかしな人いたりしますか……」
「……大詰めだっていうのに最悪だ。今すぐひき肉にしたい……というかトラウマの元はもう拳の錆にはしたんだけどさ」
いろんな意味で残念過ぎる。
龍宮院先生が事件性のあるトラウマを呼び起こしているみたいだが、絵面は割と最悪そうだった。
「えー……苦手意識があるものですから、冷静にお願いしますね?」
僕は気遣いながらもやんわりと釘を刺す。
ただいつの間にか、視線は僕に集まっていて何を言いたいかは手に取るようにわかった。
「ちなみにワタヌキ後輩は何が見える?」
実に興味深々の浦島先輩だけど、正直に言ったら興ざめになりそうだ。
しかし全員が告白している以上不誠実な気がして、僕は素直に見たままを白状した。
「形が安定してないです……こうウネウネと……」
「えぇーうそだぁ」
「いや待ってください……ひょっとしてそれは怖いものなしってことですか!?」
レイナさんはなんだか変な過大評価をしてくるけど、そういうことではないと思う。
だって、実際僕はあのもやもやに言い知れぬ不安を感じているからだ。
「……いや……たぶんこれは……」
そして言語化しようとすると、この意味不明な見え方に一つ引っかかる心当たりはあった。
「……訳が分からないものがこわい」
ああ! わかっていたけど、きょとんとした視線が痛い!
この空気どうしようかと思ったが、龍宮院先生は一人納得していた。
「なるほど……未知のものへの漠然とした恐怖ってところかな?」
「……そうですね、たぶんそんな感じです。つかみどころがなくてなんか申し訳ない」
頭を掻いて謝るが、僕の頭の中の攻略君が大いに楽しそうな感情を持っていることに、僕は気が付いていた。
「まぁ見た目はともかく、攻撃手段はえぐいです。一番ヘイトが高い誰かの恐怖をベースにあらゆる魔法が飛んでくると思ってください。攻撃は基本的に僕が防ぎます。ヤバそうなら遠慮なく僕を盾にすること。そして攻撃できる時は容赦なく、でも防御主体で行動すること。桃山君の人形が出来上がり次第、攻撃開始です。レイナさんと浦島先輩は、まずは大量のバフを全員に撒いて、その後敵にデバフのイメージで。今回は全力だから役割を大切にいこう」
「……そうですね! こういうの久々です!」
元気なレイナさんの台詞を最後に、おおよそ伝えるべきことは伝え終え僕らは黙り込む。
ここが大詰めだとこれほどまでに分かりやすいと、気の持ちようも変わっていた。
しばらくシンとした後、浦島先輩が沈黙を破った。
「そうだ、今更なんだけどさ。このパーティに名前ってなかったよね?」
「? サブカルチャー研究部でしょ?」
急にどうしたんだろうと、僕は浦島先輩の顔を見ると先輩はフフンと鼻を鳴らした。
「まぁそれはそうなんだけど、普通はパーティ名って別なんだよ。ダンジョン探索部所属のなになにみたいにさ」
理解を示したのは龍宮院先生である。
「ああ、そう言えばそうか。この先もっと部員が増えて、君達に後輩ができたら何かないと不便かもね。パーティはだいたい5人1組だから」
「ああ、なるほど」
僕はようやく意図を理解した。
そう言えばパーティは5人一組の集団で、同じ学年のパーティが集まった集団をクランと言ったりする。
学年問わず集まる部のような集団の中でもパーティは個別に名前を付けたりする場合もあるか。
「100階層を攻略しようってパーティに名前もないんじゃ締まらないでしょ? どうよリーダー? 何か命名してみる?」
ただ浦島先輩に訊ねられて、僕は首を傾げた。
「えぇ? リーダーって言ったら、浦島先輩でしょ? 部長なんだし。先輩が決めてくださいよ」
だがそう言うと、それはないと全員からヤレヤレムーブが飛んできた。
「いやいやどう考えても、リーダーはワタヌキ君でしょ? ねぇ?」
「……そうですね。ワタシ達をここまで引っ張った自覚がないとは言わせません」
「そうでござるよ。パーティのリーダーと言ったら、ワタヌキ氏で違和感ないでござるなぁ」
「……うぐぅ」
まさかの満場一致である。
ここで怯むのは下っ端気質故何だろうけど、やはり部長の先輩を差し置いてというのは気が引ける。
「まぁ端から見てても君がリーダーなんじゃない? いいじゃない、いい名前サクッと付けちゃえば」
でも担任の先生にまでお墨付きをもらえたら、もう観念するしかないか。
しかし命名なんて言われても、困る話である。
「カンタンに言いますけど、サブカルチャー研究部が馴染み過ぎてるから新しくと言われると違和感が……」
だがそこまで口に出して、僕は口ごもった。
いや、サブカルチャー研究部が本当にしっくり来ているかと言われると、大いに違和感があった。
それはそうだ。僕らは元々そんな呼び方ではなかったはずだ。
「……サブカルチャー同好会」
ポツリと呟くと、全員の目が点になる。
うん。どう考えてもこっちの方が思い入れがあるんだからちょうどいいじゃないか?
口に出してあまりにもしっくりきて、自分でも驚いてしまった。
「サブカル同好会にしましょう。というかこれしか思いつかない」
「えぇ? いいのそれで? また同好会に逆戻りじゃん?」
浦島先輩はそうはいうけれど、実に楽しそうだ。
桃山君も、マスクの中からくぐもった笑いが聞こえて来た。
「まぁ確かにしっくり感がすごいでござるが」
でしょう? 桃山氏わかってる。
レイナさんもこの呼び名に、笑いながら頷いた。
「エキスポの時もサブカル同好会でしたからね! フリーな感じでいいんじゃないですか?」
「まぁ活動内容フワフワしてるし……部と言うよりも同好会っぽいなとは思う」
うぅーんと微妙な反応だが龍宮院先生も認めた通り、僕らの行動指針は部活動ほどストイックに社会的な物ではなく、もっと欲望に忠実なものだ。
「でしょう? 同好の士が集まって、好きな事やってるわけですから同好会が最強です。たとえこの先サブカルチャー研究部がなくなったとしても、サブカルチャー同好会は生き残る事でしょう。 ようやく我々は真のサブカルチャー同好会になるんです……」
思えばよくもまぁここまでやったものだった。
きっかけは些細なものだけど、3年ひたすらに我慢し続けるはずだったことを考えると、やってよかったとさえ思う。
今だから言えるが―――思えばダンジョン学校というのは実に魅力的な字面に対して最高にクソだった。
猛獣の跋扈する中で最低限の装備で狩り三昧。
トイレに行きたきゃ野グソをし、腹が減ったら保存食をもそもそ食べる……そしてなによりスマホもネットも使用禁止で、家電の一つもまともに使えない地の底は、原始時代よりタチが悪い。
そんな中、唯一の希望であった文明の光。それが部室付きの同好会だったのだ。
「そうです……考え出したら腹立ってきました。ダンジョン内のこの最底辺の生活環境を我々文明を愛する現代人が楽しめるわけがない! だが我々はやってやりました! ダンジョン内での食事を可能とし、いつでも飲める水を用意し、トイレもいつでも入れるようにし、安全な寝床を作り上げた! ネットも家電ももう使えます! しかしここまでやってもスタートラインにすら立てていなかった……あえていいます! ダンジョンの中はカスだったと!……しかしこれからは違います!」
「お、おう」
「なんか火が点いたちゃいましたね」
「……鬱憤が溜まっていたんだろうなぁ」
僕はぐっと拳を握り締めてタメると、どんと自分の胸を叩いた。
「我々はもはや、ダンジョン内部すらゲーム感覚で歩き回れる力を手に入れました! 言ってしまえば新たな娯楽の開拓……いや! 我々同好会は今回のダンジョンアタックで豊富な資金をゲットすることでしょう。それこそあの大好きなアニメの続編を作ってもらうことも、あのゲームを再開発してもらえることも夢ではありません……」
全員の表情は、未だかつてないほどここで引き締まる。
これが我らが同好会たる所以である。
それなりに盛り上がっていたそんな時、桃山君は作業を終えて立ち上がった。
「よしできた……」
「―――いいね。最高に乗って来たところだ桃山氏」
「……パーティメンバーは若干引いているでござるよ? 演説は計画的にでござる」
「えぇ~」
「……では、ここは拙者が一番槍いかせてもらうでござるよ」
そして出来上がった丸っこい火の玉を模したぬいぐるみを僕らに披露して、桃山君はしかしぬいぐるみを腰に下げたひょうたんの横に結び付けると、ガスマスクの奥の目を光らせる。
しかし桃山君が立候補したその役目は、おそらく今日一番危険な役割だった。
「……今アイツは無敵だから、実質一番危ないよ?」
忠告すると桃山君はポンポンとぬいぐるみを優しく叩いて、任せておけと親指を立てた。
「まぁこの子も拙者の作品でござるからな。失敗するにしてもあきらめは付くでござるよ」
「あきらめないでよ?」
「あっはっはっ! 言葉の綾でござるよ! まぁ―――結果は開けてみてのお楽しみでござるな……」
そういって銃と刀を一本引き抜くと桃山君の気配はスゥっと、空気に溶け込むみたいに希薄になって行く。
そして僕らの準備ができたことを確認して、完全に消失した。




