第231話とあるトラブルの話
「ハァイ。ありがとうです! 夏が終わる前には絶対帰るので待っていて……いや! 迎えに来てもらっていいですか? 山ほどお土産買っておきますから!」
うにょんと妙な音を響かせて消えるありえない魔法を使いこなす友人を見送ってレイナは手を振って別れる。
そしてレイナは仕事の関係者と合流し、とあるホテルの会議室に向かった。
何でも次は雑誌のインタビューのお仕事で、指定された場所にはスーツ姿の女性が待っていた。
「初めましてレイナさーん。お会いしたかったですー」
「はい。今日はよろしくお願いしますね!」
「ええ。日本語お上手ですね。こちらこそよろしくお願いします! ああ、こちら発売したばかりのお茶なんですが、とてもおいしいのでよかったら試してみてくださいね」
「わぁ! ありがとうございます! いただきますね!」
和やかな雰囲気で始まるインタビュー。
レイナは勧められるがままに椅子に座って、お茶を手に取るとそれをじっと眺めた。
「……」
「レイナさんのご活躍は耳にしていますよ。特にエキスポに突然の参戦にはしびれました」
「ありがとう! 元々は参加するつもりはなかったんですけど、参戦した甲斐がありましたね。沢山の方に注目していただいているみたいで、とても嬉しいです!」
話題は新世代の探索者について。
今注目を集めている探索者として、率直な意見を述べて欲しいのだとか。
ただ、軽く飲んだお茶をゆっくりと口の中で味わって、それをテーブルの上に優しく置いたレイナは楽しげに笑いペロリと唇を舐めた。
「……ふむ。しかし、これが毒の味ってものですか。あんまりおいしくはありませんね」
「!」
瞬間、部屋の外からバチリと閃光と短い悲鳴が響く。
そして突如として室内に現れたのは浮遊スピーカーとステージだった。
「……っ」
表情を強張らせる記者の女性は、レイナの相棒の上位精霊に取り囲まれて、身動きが取れない。
実際精霊たちのご機嫌は斜めだ。
少しでも動けばあっという間に大変なことになるだろう。
「外の三人は見えていました。そして―――室内のもう一人も見えてますよ?」
続いてレイナが手を伸ばして虚空を掴むと、ぐぅ!っとうめき声が響いた。
レイナの手にはいつの間にか半透明の火の玉のようなものが握られていて、記者の女性にそれを弄ぶように揺らして見せると、つまらなさそうにため息を吐く。
「そこそこ強い探索者みたいですけど、魔法耐性が低すぎます。お話になりません」
「……毒が、効いていないのですか? 僧侶系ではなかったはずでしょう?」
「さぁ? どうでしょうね? どこの誰なのか知りませんけど、ワタシはまだこの留学を終わらせる気はないので邪魔しないでもらえませんか? 乱暴は嫌いですよ? そんなの薄い本だけで十分です!」
「?」
一瞬走った困惑を見て取ったレイナは、やっちゃったと舌を出した。
「おっと失敬。一般の方でしたか。まだまだワタシもオタクとしての嗜みが未熟ですね。ああ、ちなみに今回は誰も死んでいませんので安心してください」
女性にそう告げるとレイナは掌の火の玉を解放する。
記者の女性はすでに蒼白で、得体のしれない一連の状況は彼女の理解をとうに超えている様子だった。
それはそうだ。レイナだって理屈のすべてを説明できるような現象じゃない。
こうして力を行使して、初めてマスターワタヌキの言葉がたまに今一歯切れが悪くなる気持ちがほんの少し理解できた気がした。
「……!」
「ああ、外の人を連れて帰ってくださいね。まだやると言うのなら―――容赦しませんが?」
「……わかりました。今回は引きます」
「はい。ありがとうございます。もう来なくていいですよ?」
会議室から出ていく女性を見送って、レイナは背もたれに体重を預ける。
「ふぅ」
そして慌ただしくなる周囲の雰囲気を感じながら、こみ上げる笑みを抑えることができなかった。
突発的なトラブルは、お披露目すると決めた時から予想の範囲内。
まぁこんなにも短絡的な手段を講じてきたのは驚いたし、関係者には厳重注意の上警備の徹底を打診しなければならないだろう。
だけど……それにも増してあまりにも掌の上で状況を把握できたことにレイナはご満悦だった。
しかし魂というやつは、口先と違って正直そのものだ。
敵意も善意も全部丸っとお見通しとなれば、こういう姑息な手段は驚くほど意味を失うのだなと呆れたくらいだ。
いろいろあったし、こういうトラブルが起きたならもう充分だろう。
レイナは携帯を取り出すと、先ほどの履歴からすぐに友人に連絡を取った。
「ハァイ! さっきぶりです! 実はお仕事が早く終わってしまったんですが、迎えに来てもらえませんか? ああ、それとさっきのカエルコイン最高に役立ちましたよ! え? 何があったのかって? スタッフが集団食中毒です。ワタシはもちろん無事でしたが……はい、まぁそういうわけです。ではワタシとっても頑張ったので、優しいサービス希望します! では後で!」
通話を切って、レイナは口元の微笑みを隠すように携帯をそっと唇に当てる。
そしてジタバタと手足をばたつかせて落ち着かない気分を表現すると、レイナは今なんだかとてもダンジョンに潜りたい気分になった。
「くぅー! ホントに面白いです……! こんな楽しい事、すぐ終わらせるなんて考えられませんね」
そしてポケットからキラリと光るカエルの模様の入ったコインを取り出すと、軽くキスをした。




